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幕末へGO!

 雑巾がけをしたあと、道場で素振りをしている。

 物心ついたときには、祖父であるお師匠様……祖父がこう呼べというので……の影響を大きく受けた私は、竹刀を持っていた。

 そのおかげで、剣道の大会ではいつも上位にいた。

 私の両親は、女の子なのに……と、なげいているが……。

蒼良そら!」

 お師匠様がどかどかと道場にやって来た。ここまではいつもどおりだった。

「はい、なんでしょうか?」

 祖父と孫という間柄だけど、お師匠様には常に敬語で接しないといけない。

「お前、新選組好きか?」

 えっ?急になんだろう?

 新選組……結構好きで何冊か本を読んでみたりしたこともある。

 でも、なんでお師匠様の口から新選組が?

「おい! わしの質問に答えろっ! 好きか? 嫌いか?」

「はい、好きです。好きですが……それがどうかしたのですか?」

 私がそう答えると、上から下まで私を眺めたお師匠様は、

「髪型も、ちょんまげみたいだしちょうどいい」

 お師匠様、ちょんまげではなく、ポニーテールです。

 でも、口答えは許されない。

「よし、こっち来い!」

 年寄りとは思えないすごい力で、私の腕を引いて道場の奥の物置へ。

 普段、誰も入らないその物置になんの用なんだろう?

「これから、幕末へ行く」

 とうとうボケたか、お師匠様。

「なんだ、その顔は。何変なこと言ってんだと思っているだろう」

「お師匠様、幕末へ行くには、タイムスリップしない限りいけませんよ。そんな物あるわけないじゃないですか」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。もしあったらどうする?」

 やっぱりボケたらしい……病院はどこに連れていけばいいのだろう。

 お師匠様は物置の戸を開けた。

 すみのほうに、暗い穴があいていた。いつの間に陥没したんだろう?この道場も古いから、陥没して穴もあくよね。

 しかし、穴をのぞき込んでみると、底が見えない。そうとう深いらしい。

「飛び込め!!」

 後ろからお師匠様に力強く押され、私はそこのない穴の中へ。お師匠様!後ろから押すなんて!

 しかし、どんだけ深いんだ、この穴は。


 底についたと思ったら、街の中にいた。

 しかも、普通の街ではない。時代劇のセットのような街。

「お、お師匠様、ここはどこなのです?」

 物置の下にこんな街があるとは……いや、違うだろう!別世界というものがあれば、ここが別世界かもしれない。

「だから、言っただろう。幕末に行くって。幕末じゃ!」

 ということは、あの穴はタイムトラベルの入口で、私とお師匠様は幕末に来たのねッ!って、誰が信じるかっ!ジジイ、とうとうボケたな!

「お師匠様、戯れはこのぐらいにして、道場に帰って稽古をしましょう」

「お前っ! 私のことボケジジイと思っているな!」

 なぜバレたんだ?

「とにかく、中に入ろう」

 お師匠様は、時代劇のセットによくある目の前の長屋の戸を開けて、中に入った。

 中も、本物そっくりだった。良く出来たセットだ。

「ここは、わしの長屋だ」

 えっ、セットでしょ、時代劇の。

「お前、まだわしの言うことを信じてないな」

 信じられるわけないだろう。そもそも、タイムマシンなんてもの自体ないだろう。

「よし、これからのこともある。詳しく話してやる」

 という訳で、お師匠様のあまりありがたくないお話が始まったのだった。


 お師匠様の話によると、お師匠様の弟子の中にタイムトラベルとかタイムスリップとかに興味ある人がいて、その人が色々と研究をしていたらしい。

 そして、とうとう、タイムマシンが出来たらしい。私が飛び込んだ穴がそのタイムマシンらしい。

 何で幕末かというと、お師匠様も新選組の大ファンらしい。で、出来ることなら、幕末に行って、新選組を助けたいと思っていたらしい。

 願わくば、その新選組の人を現在に連れて帰りたいらしい。

「ただ、捕まえて連れて帰るのではダメなのだ。できるだけ自然に、消えるように連れ出さないと、タイムマシンは壊れてしまう」

 そりゃ大変だ。

「そして、このタイムマシンは、何回も使えん。何回も行き来してしまうと、壊れてしまう。いつ壊れるかはわからん。だから、しばらくは帰れんだろう。そして、壊れたからといって、すぐにできるものではない。多分、これが、最初で最後のタイムマシンだろう」

 そりゃ、すごい。

「お前、信じてないな」

 信じられるかっ!どこをどう信じろって言うんだ!あんたが未来から来たロボットだというのなら100%信じるが、あんたは、ただのジジイだ!

「お師匠様、私はお師匠様の戯れに付き合うほど暇じゃないのです。先に帰って稽古をするので、後から来てください。」

 私は戸を開けて外に出た。

 それにしても良く出来たセットだ。太陽まである。野外なのか?それにしても、カメラはどこにあるの?

 見回してみても、カメラなんてものはなかった。

 どこまでも、良く出来たセットと、時代劇に出てきそうな人たちがいるだけだ。

 いや、ドラマじゃない。ドラマは、みんな同じ髪型で、きちんとした格好で出ているけど、ここにいる人たちは、ちょんまげはしているけど、形はみんな違う。もちろん女性も。

 

 目の前に、男性の三人組が通ったので、きいてみた。

「すみません、今は何年ですか?」

 男の人たちは、えっと驚いた顔していたけど、

「文久三年ですよ」

「ありがとうございます」

 文久三年……って、何年なのさっ!

 

 もしかして、お師匠様の言っていたことは本当のことなのか?

 そうすると、すべてのつじつまが合う。文久三年も合う。何年か知らないけど。

 私は、再び長屋の中に入った。

 そこには、お師匠様がのんきにお茶をすすっていた。

「お師匠様、ここはどこなのです? 本当にタイムスリップしたのですか?」

「そうじゃといっているだろう」

「文久三年って、何年ですか?」

「文久三年じゃ」

 このジジイ!殴ってやろうかっ!

「まぁ、そう怒るでない。1863年じゃ」

 年を言われても、ピンっと来なかった。1863年?

「江戸時代末じゃ。だから、幕末に行くっと言ったであろう」

「なんで、また幕末なのですか。私なら、未来に行きますよ」

 未来に行って、自分がどうなっているのか見てみたい。なのに、なんで過去も過去、しかもものすごい古い過去じゃないか。

「それは、お前が若いからじゃ」

 そうだ、お師匠様には未来が……これ以上、考えないほうがいいかも。

「お前、今、変なこと考えただろう」

 なんでわかったのだろう。

「まあ良い。幕末に来たのには訳がある」

 なんか、新選組がどうのこうのって言っていたような。

「新選組を助けたいのじゃ」

 ああ、やっぱり。

 できれば連れて帰りたいとか言っていたような。そんなことできるのか?

「歴史を変えるということは、とても大変なことだ。やたらめったなことでは変わらん」

 そりゃそうだろう。そんなにしょっちゅう変わっていたら、歴史のテストが大変だ。

「それでも、わしは変えたいのだっ!! 蒼良そらよ、協力してくれるか?」

 さよなら……

 私は長屋から出ようとした。

「おいっ! なんで、出ていく。お前は嫌でもわしに協力しなくてはならない」

 えっ、なんでっ!

「お前、どうやって元の時代にもどるのだ?」

 あっ、そういえば……。

「タイムマシンの鍵はわしが持っているから、お前は一人では帰れん。しかも、わしに協力しない限り、お前を元の時代には戻さないぞ!」

 うっ、ずるいぞ!ジジイ。

「さぁ、わしに協力しろ」

 これだから、お師匠様には逆らえない。

「わかりました。何をすればいいのですか?」

 もう、なんでもやってやろうじゃないのっ!

「そうやけになるな。わしは、かなり前から準備をしてきた。しかし、どうしてもこの計画はひとりじゃ無理だ」

 当たり前だ。歴史を変えて、人を連れて帰るなんて、道理に反している。

「だから、お前には、新選組に入って、中から助けてくれ」

「あの、お師匠様、新選組に女は入れるものなのですか?」

「おおっ、お前は女だった。」

 この、クソジジイ!殴るぞっ!

「そう怒るな。冗談だ。お前みたいなイイ女はいないぞ」

「冗談行っている場合じゃありません。新選組って、最も侍らしい者を目指した組織だから、女は入れないと思いますが。ああ、残念です。せっかく協力しようと思っても、私は女なので無理ですね」

「お前……ずいぶん嬉しそうに言うじゃないか」

 ば、バレたか。

「男なら入れるだろう。だから、お前は男装して入れ」

 ええっ!そんな、男装して入れるところなのか?

「お前なら、幸い剣の腕もいい。性別さえごまかせばなんとかなるだろう」

 一番ごまかせないところだろう!

「お師匠様、それは無理です。ばれたら多分、切腹ですよ」

「大丈夫、お前ならできる」

「いや、無理です」

「じゃぁ、元の時代には戻れんな。鍵はわしがもってるし」

 うっ、そうだった。一番の弱みを握られている。

「そもそも、なんで私なのですか。剣の腕ならお師匠様の方が上ではないですか。お師匠様が入ればいいじゃないですか、新選組に」

「お前……ずいぶん残酷なことを言うなぁ……そんな子に育てた覚えはないぞ」

 残酷なのか?

「新選組に年寄りがいたって話、聞いたことあるのか?」

 あっ……確かに、ないかも。

「でも、それを言うなら女がいたって話も聞いたことないです」

「それは、男装できるだろう。わしは、若くなれん」

 そうだ。70代のじいさんを20代にはできないもんね。ぷっぷっぷっ

「お前……顔が笑っているぞ」

 ちょっと、いや、かなり愉快になってしまった。

「まあいい。お前も協力してくれそうだし」

 いや、誰も協力するとはいってないし。

「よろしく頼む」

 いや、頼まれても困るから。

 しかし、お師匠様は外に出てしまった。私も慌てて外に出る。

「ここは江戸じゃ」

 あれ?新選組は京都じゃなかったか?

「まだ、京都に行く前、新選組になる前なのだ」

 そうなんだ。

 お師匠様が、目の前にある道場を指さした。

「あそこが天然理心流の道場、試衛館じゃ」

 天然理心流と言えば、やっぱり新選組だ。おおっ!本物の道場だ。

で……ここで何をすれば?

「とりあえず、門下生になりたいと言えば入れてくれるじゃろう」

 そんな簡単に門下生になれるものなのか?でも、うちの道場も、やりたいって気持ちがあれば即入門歓迎だもんね。

「分かりました。門下生にしてくださいと頼めばいいのですね」

「頼んだぞ! 蒼良そら


 私は、試衛館道場の入口に立った。つい癖でインターホンを探したけど、そんなもの、この時代にある訳がない。

「すみません!」

 という訳で、入口で大声出して中の人を呼んだ。

 一人、男の人が出てきたので、

「門下生になりたいのですが」

 と言ったら、ちょっと待ってください。といったあと、中に入っていった。

 きっと道場主である近藤勇を呼びに行ったのだろう。と思いつつ待っていたら、ドタドタドタと数人の駆け足の足音がして、強そうな男の人たち数人が出てきた。

「門下生になりたいのですが……」

 と言い切る前に、まぁ、中に入れ。さぁ、来い!って感じで、数人に囲まれて道場の中へ入った。

 やっぱり、どの時代もやる気があれば大歓迎なのだなぁ。こんなに歓迎してくれるとは。

 しかし、それは歓迎じゃなかった。道場の中に入ると、みんなで私を見始めた。

「なんか、弱そうだな」

 えっ?

「女みたいだしな。大したことなさそうだな」

 どきっ!もうばれたか?

「とりあえず、試してみるか」

 何を試すんだ?

「相手は……平助がいいかな。小柄だから、ちょうどいいだろう」

 平助って、藤堂平助?新選組八番隊組長の?いや、ちょうどよくないだろう。向こうの方がかなり強いと思うけど……

「私ですか? わかりました」

 そう言いながら、木刀を持って、周りの人たちと比べたら確かに小柄かもしれないけど、私と比べると、やっぱり男性だから背も大きい人が出てきた。

 この人が、藤堂平助なんだ。

 気品のある美男子という感じでかっこいい。

「そんなに私の顔見て、何か付いていますか?」

 あっ、思わず見とれてしまった……。

「あ、いえ、すみません」

「これ、木刀です。私が相手します。よろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いします」

 木刀を受け取った。その木刀の重いこと!なんでこんなに重くて太いのだろう。

 軽く振ってみる。

 確かに重いけど、大丈夫そうだな。

 それにしても、なんでここで木刀を持っているんだろう……。

 門下生にしてくださいと言えば簡単に入れるようなことをお師匠様は言ってなかったか?

 もしかして、騙されたか?

「準備はいいか?」

 体の大きい人に言われ、はい。と返事をすると、試合が始まった。


 最初は、彼が微笑んでいたので、こいつ、手を抜いているな!とむっとして攻めまくったけど、向こうも本気出してきたのか、こっちもなかなか決まらない。

 彼の木刀をよけるだけで精一杯だ。とにかく強い。

 どれぐらい打ち合っていたのだろう。

 結構打ち合っていたと思う。 

 一本取られ、私が負けた。 

 かなり打ち合っていたせいか、息が切れている。

 終わってから座り込んでしまった。

 お師匠様、負けてしまいました。

 っていうか、勝てないだろう!強すぎる!という訳で、門下生になれそうになかったと言えば大丈夫かな。

 目の前に手が差し出された。

「こんなに本気出してやったの、久しぶりだったよ」

 藤堂さんが座り込んでいる私に、手を差し伸べてきたのだった。

 その手を借りて立ち上がった。 

 すると、私たちの試合を観ていた一人がこっちに歩いてきた。

「おまえ、名前は?」

 えっ、名前?

天野蒼良あまのそらです」

「そら、か。変わった名前だな」

 そりゃ、江戸時代から見れば、変わった名前でしょう。

「さっきの試合、見せてもらった。お前、相当剣が使えるな。流派はなんだ?」

 えっ?流派?そんなものあるのですか、お師匠様、うちの流派はなんですか?

「あ、あの……真剣天野流……かな……?」

「真剣天野流? 聞いたことないなぁ」

 そりゃそうでしょう。

 今、ここで私が作ったのだから。

「ずいぶん賑やかだな」

 その声で、みんなの注目が私から声の主に行った。

「近藤さん、おかえりなさい。どうでしたか?」

 道場にいた人たちが、みんなその人のところに集まってきた。

 私も行ってみると、近藤さんの他に2人いた。

 一人は若い人で、もう一人は強そうな人。

 ……って、この人たち、私が今は何年かって聞いた人たちじゃないの!

 そして、その人たちの後ろから、見たことある人物が出てきた。

「お、お師匠様!」

 思わず、声を上げてしまった。

「なんで、ここにいるのですか?」

「あれ? 君は?」 

 近藤さんが私を見た。

「わしの孫で、一番の弟子でもある蒼良そらだ」

「ああ、この人が、天野先生のお孫さんでしたか」

 なんで、近藤さんはお師匠様を知っているんだろう……私、いつから一番の弟子になったんだ?

「なんだ、天野先生の孫か。なるほど、強いわけだ」

 私に流派を聞いてきた人が言った。

「なに、強いって、何をやったんだ? 歳」

 歳…ということは、この人は、土方歳三だぁ!写真が出ていたけど、写真以上に優しげでかっこいい。

「いやぁ、門下生になりたいって来たから、腕試しに平助と試合させた」

「そうなのか? 門下生の件は、天野先生が私に頼んできたから、門下生にするつもりでいたが……蒼良君大丈夫だったか?」

 近藤さんが私をのぞき込んできた。

「試合に負けたので……」

 私には無理そうですと言おうと思ったら、

「蒼良! よかったな! 門下生になれるぞ! あんなに試衛館に入りたがっていたじゃろう」

 えっ、そんな話初めて聞きましたが……ていうか、お師匠様が最初から私と一緒に来てくれたら、こんな遠回りなことをしなくてすんだのでは?それに、いつの間にか、門下生入り決まっているし……

 手回しが良すぎるぞ!ジジイ!

「で、話はどうだったんだ?」

 土方さんが、近藤さんに聞いてきた。話って、なんだろう?

「おう、そうだった。浪士組の件、浪士取扱 松平主税助まつだいらちからのすけ殿に聞きに行ったところ、家茂公が上洛するにあたり、京の治安が良いものでないから、浪士を集めて浪士組を作り、京の治安を安定させるらしい。浪士組に入ると、京に行く支度金も出るみたいだぞ。そして、功労があったものは幕臣になれるから、今回はいい機会になるぞ」

 近藤さんが言うと、その場にいた人たちはとても嬉しそうに騒いでした。

「二月に出発らしいから、京に行くやつは準備をしておいたほうがいい」

 よし、京へ行くぞ!と盛り上がった。

「という訳で、蒼良君。京に行くことになったが、道場はこのまま残るし、天然理心流もここで習うことができる。だから、心配することはない。安心して門下生になるといい」

 近藤さんの後ろで、お師匠様が何か合図を送っていた。

 えっ、お前も行けって?早く言えって?鍵はわしが持っているんだぞ!って脅迫してるし。

「あの……。私もみなさんと一緒に京へ連れていってください」

 お師匠様は、うんうん、とうなずいていた。

「そうか。天野先生は、孫で一番弟子である蒼良君を京に連れていくことに賛成しているのかい?」

 あなたの後ろで京へ行けっ!って脅迫してましたが……。

「わしは、構わん。孫が京へ行きたいというなら行くといい。蒼良、わしのことはいいから、行ってこい。これはいい機会になるぞ」

 孫思いのお祖父さんになっていましたが、絶対にこれは演技だ。

「じゃぁ、蒼良君も一緒に行こう。今日からこの道場で過ごしてもいいし、通ってもいいが、どうする?」

 そりゃ、みんなと一緒に寝れないし……通いますと言おうとしたら、

「この道場で過ごさせてもらえ。いろいろ勉強になるだろう」

 と、お師匠様が言った。

 っていうか、本気でそう思ってる?私が女であること忘れているだろう?

「それでもこちらは構わない。蒼良君以外にもここで寝起きをしている者はたくさんいるから」 

 いや、たくさんいたら困るのです。

「遠慮なく、ここで過ごしなさい」

 近藤さんは私の両肩に両手ぽんとのせ、笑顔で言ってくれた。

 なんていい人なんだろう。

「ちょっと待て、こいつは俺が預かる」

 と、土方さんが出てきた。

「道場も人がたくさんで手狭だろう。それに京へ行く準備もしないといけない。だから、俺が預かる」

 これは、助かったのか?

「蒼良君は、いいのか?」

「はい、私は居候になるので、ぜいたくは言えません。近藤さんにお任せします」

「じゃぁ、蒼良君は、歳に頼もう。よろしく頼む」

 近藤さんが言うと、お師匠様も、

「ふつつかな孫だけど、よろしく頼む」

 といった。

 それは嫁に行くときに相手に言うセリフじゃぁ……。

「わかった。じゃぁ、蒼良、行くぞ」

 土方さんはそう言いながら外に出たので、私も付いていった。

 お師匠様も、外まで一緒に来た。


 外に出ると、前にいた土方さんが振り向いた。

「天野先生、あなたの孫を入れるのは構わない。だが、女を入れるとなりゃ、話は別だ」 

 ば、バレてるし……。

「お、お前、なにかしたのか?」

 こそこそと私に話しかけるお師匠様。

「そんな、何もする暇なかったですよ。試合したぐらいで」

「じゃぁ、なんでバレとる」

「し、知らないですよ~」

「そこでコソコソしてないで、こっちへ来い」

 土方さんがそう言ったので、ビクビクしながらお師匠さんと一緒に行った。

「で、天野先生、これはどういうことですか?」

 どうするお師匠様。

 やっぱり女はダメですよね~。

 すみませんでした。 

 と謝ってここを去って、さっさと現代に戻ろう。

 それを実行に移そうとしたとき、お師匠様の目から涙がでていた。

「うちの孫は武士になるのが夢なのだ。武士になるために、剣の腕を磨いた。しかし、身分でなれないのなら仕方ない。けど、女に生まれたからなれないというのは、酷じゃないか?」

 ほう、武士に……って、私の話なのよね。

 私、そんなこと思ったの一回もないから。

 話も作りやがって。

 しかも涙まで流して演技してるし。

 土方さんが、そんななんちゃって演技に騙されるわけ無いじゃん。

「頼む、土方さん。わしの孫を武士にしてくれ」

 涙流して頼むお師匠様。

 土方さん、こいつは演技だ、騙されちゃいけないですよ。

「わかった! 天野先生には何かと世話になってるし、そういうことなら引き受けよう。ただ、他の者に女と分からないようにしないとな」

 土方さん、騙されてるし……。

 結局、私はこの流れで新選組に入ることになったらしい。

 ところで、お師匠様に世話になったと言っているけど、何を世話したのだろう。お師匠様に聞いてみると、

「石田散薬の上お得意様じゃ」

 もしかして、最近妙に薬を飲ませたがっていたけど、しかも、学校へ行って帰ってくると疲れがとれるぞ!と言いながらくれたあの薬は……石田散薬だったのね。

「お師匠様は、その薬を飲んだのですか?」

「お前が飲んでどうなったか見てから飲もうと思って」

 私は毒味かっ!

「蒼良、行くぞ」

 土方さんに呼ばれたので、私は行った。

 行く前に

「わしも後から京へ行くから、安心せい。なにかあったら、メールでも電話でもしてくれ」

 とお師匠様は言った。

 いや、こなくていい。私はそう思ったのだった。

 しばらく土方さんと歩いていると、突然話しかけられた。

「おい、でんわとかめぇるってなんだ?」

 その時に気がついた。

 ここは江戸時代。

 電話どころか携帯もないのでは?ちらっと、懐に入れた携帯をのぞくと、思いっきり「圏外」という文字が出ていた。

 当然、電気もないから、充電もできない。

 お師匠様、どうやって電話すればいいのですか?あなたには特別な電話があるのでしょうか……。

「おい、でんわってなんだ!」

 再び土方さんが聞いてきたので、

「でんわ? なんでしょう?」

「天野先生が言っていたのだぞ! 知らないのか?」

「お師匠様は、たまに……いや、もうボケ老人なので、変なことを言うのです。気にしないほうがいいですよ」

「ボケ?」

 もし、これが漫画になっていたら、土方さんの頭の周りには?マークが飛んでいただろう。   

浪士組

家茂公が京に上洛するときの警護のために作られた組織。

清河八郎が幕府に提出した『急務三策』という建白書(1攘夷を断行する。2大赦の発令。3文武に秀でたものを重用する)を元にして作られた。


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