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一話目

生まれてこの方私は善人という生き物を見た事が無い。

人間というのは、結局は自分の為に行動する生物という事はどの生物学者も唱える所であろう。

しかし私は勝手が違う。清く正しく正義に生きる、まさに善の塊である。

幾ら見惚れてくれても構わないし、罵詈雑言を浴びせてくれても良い。

どんな批判的な言葉も受け止めるだけの懐の深さが私にはあるのだからと言いたいが

そんな奴はザブンと風呂に入った時に下の方がまだ冷水だったの刑だ。身の程を弁えろ。

そしてそんな私にも過去には愛する女性が居たのである。今私が一人なのは、どの女性にも平等に接する、正義のヒーローの鉄則に則っての事である。断じて出来ない訳ではない。

その過去の彼女もまた私に相応しい、秀麗な女性で、名を秋野みこさんという。

進学の関係で遠距離になってしまい、今は良き友人として連絡を取っている。

確か今は新しい恋人が居たと思う。私に勝る男など居る筈無いからどうこう探った事は無い。

仕事は家業の花屋を継いだと聞いている。

私の仕事は何なのだと問われれば、正義のヒーローと答えておこう。



_ _ _ _



夏はこれからだと言わんばかりに蝉が騒ぎ立てる八月のある日であった。

私は何時もの様に縁側に寝そべりながら好きな小説のページを捲っていた。

飲食店のバイトは午後からで、まだ時間があった。勿論ヒーローなんぞはやっていない。

大学を出たのはいいが、それから何をするでも無く実家にUターンしてしまい、

しがないフリーランス・アルバイターをする現在に至っている。

駄目な事は重々承知しているが、私は完璧であるから、

仕事なんぞあちらの方から私の才能を嗅ぎつけ寄ってくるものだと思っていた。

現在進行形でそう思っているので、今もどっしりと構えているという訳だ。

ふと、蝉の声に混じって騒ぐ電子音に気付いた。家の固定電話だ。

重い腰を唸り声と共に上げ、早足で居間を抜け、食堂の横に設置してある古風な黒電話を手に取る。

はい、もしもしと出てみると、聞き慣れない声が耳に飛び込んだ。

『やあ、いつも辛気臭い声をしているな、君は』

「その声は・・・、・・・・いや全然分からん。すまん、誰だ」

『無理もないよな・・・日々井って言ったら分かるかい?』

「・・・ああ、ショーキか!随分久しいな」

『その渾名も懐かしいよ』

私がショーキと呼ぶこの人物は、本名を日々井 正喜(まさのぶ)と言って、ショーキというのも正喜をそのまま音読みしただけの渾名だ。

「中学以来だから、八年ぶり位か?」

『うん。今は何してんのさ。まあ君の事だからロクな仕事はしてないんだろうけどね』

ショーキは中学時代の友人で、高校進学と同時に連絡を取らなくなった内の一人だ。

にしても、そんな昔の友人が一体何の用であろう。というかこの番号はどうして分かったのだ。

『いや、駄目元でとりあえず実家にかけてみようと思ったら君が居たんじゃないか』

しまった、そうだ此処は実家だった。当時の連絡網も勿論此の番号である。

「それで、要件とは」

『同窓会だよ』

ほう。否、少しそんな気はしていたが。

『夏休みで、仕事してる人も少しは休み取れるだろうってんで、同窓会やるんだって。

取り敢えず日付は八月の二週目の何処からしいけど・・・君、どうする?』

中学時代というのは、あまり輝かしい思い出こそ無かったが、ショーキや、他友人数名と適当に勉学に精を出し、一緒に弁当を広げ、授業中に鼾をかいて涎を垂らし、帰り道に買ったアイスのあたり棒の取り合いをし、夏休みの数学のワークで千羽鶴を折って美術の課題として提出し、夜の学校に侵入して怒られる、下らない毎日を過ごした時間は充分に充実していたと言えよう。

バイトならどうにでもなるし、昔の友人に会うのも悪くは無いだろう。

私は二つ返事で参加者名簿に名前を書いてもらう事にした。

『分かった、又詳しい事は電話するね。・・・あ、それと』

「なんだ?」

『秋野さんも来るらしいよ』

「・・・何故私に其れを言うのだ」

『いやー、君好きだったでしょ?秋野さんの事。きっと美人さんになってるだろうねえ』

ああそうか。中学以来であるからショーキは私と秋野さんが高校まで恋人同士であった事は知らないのだ。今も、連絡は取っているという事も知らないのだろう。

「そうだな、秋野さんは墓場まで寧ろ幽霊になってまで美人だ」

『何をムキになってるんだい』

「もう切るからな、私は忙しいんだ」

『素直じゃないよね君は昔からさ』


チン、と受話器を置き、深く溜息を吐く。

バイトの時間までもう一眠りしようと、私は二階の自室へと向かう為階段を上った。


_ _ _ _

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