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第七話 皆で世界を抜け出して、自由に歩ける世界へ行きたい。

 五人、図書準備室に居た。

「まず、状況を整理しましょう」

 読書女は言った。そして主人公への質問を交えながら、的確に情報を整理してゆく。昨日までのイメージとはかけ離れた饒舌さで。

 女が儀式の際に消滅したこと、その消えた女の記憶は主人公しか持っていないこと、世界を操る神が居ること、世界を抜け出すこと。そして抜け出す方法を考えるために、女の消えた場所はどこかと訊ねる。

「あの、部屋だ」

 主人公は呟いた。それは、学校にある一室。主人公が女と出会う前に、ずっと独りで過ごしてきた部屋。訪問者の無い、とある一室。主人公の他が全員幽霊部員だったために、時間が止まったような状況でそこにあった、ある部室だ。その場所に行くことになった。



 室内の床には、白い魔法陣が描かれていた。儀式の痕跡。天使が消滅した場所。楕円の中の六芒星といくらかのミミズの這ったような文字。かつては天使の血で赤かったのだが、白くなったようだ。

 読書女は、魔法陣にそっと手を触れる。そして、指についたチョークの粉のような白いものをじっと見つめた。

「この魔法陣は、不完全なものね」と読書女。

「どういうことだ?」主人公が訊ねる。

「この六芒星の頂点がズレているために、正確に儀式が発動していない。それに大事な囲いもあまりにも適当」

 ん?

 ということは、どういうことだ。俺が送り込んだ天使ちゃんは、正しい儀式を発動しなかったってことだろうか。何故だ。

 もしかして、主人公が、既に他の誰かに心奪われているという確証があったために、わざと消滅の儀式を不正な手順でやったってことか?

 そっちの方が消える確率が高いだろうが。何がしたかったんだ、天使ちゃんは。

 まさか、俺の手下であったはずの天使ちゃんまでもが、俺を裏切って、俺の予想外の動きをしていたとでも言うのか?

「これは、消えた女からのメッセージだと私は思うわ。この陣の形式を参考に正式な陣を敷きなおせば、あるいは、本当に魔法が発動するかもしれない」

「正確に……というと?」

「陣の形は、私の知識で何とかなるけれど……」

 いや、何者だったんだよこの読書女。そんな設定、神である俺でも知らないぞ。お前に魔術知識なんて与えた記憶はないんだよ。

 そして読書女は少しの沈黙の後に続けて言った。

「でも……他の要素が、とても難しい」

「他の要素って何だ?」

「磁場は周囲の色んな磁力に影響されてしまうから、実は正確な方位を知ることが難しい。実は、ちまたで使われている東西南北は全然正確じゃないの。そして正確な方位の情報が得られないと、陣は完全なものにはならない。誤差が生じて発動した魔法が暴走や暴発したら、私たちは死ぬ」

「死ぬぅ?」

 主人公は驚いた。

「何をいまさら驚いているの? それが昨日まで『世界を壊そう』とか言っていた人の言葉とは思えないわ。もしも、あなたが本当にこの世界を壊していたら、何十億という人間が死んだのよ。そんなことも考えないでの発言だったの?」

「いや、その……」

「まぁいいわ。それで、まだ難しい要素があるの」

「どんなことだ?」

 主人公は訊ねた。

「真円よ」

「なにそれ?」

「正しい円。完全な円のこと。コンパスで描いた円を想像してもらうといいわ。とても綺麗な円を、描くことができなければならないの。かといってコンパスを使うと、陣の中心点に穢れが混じって失敗してしまうから必ず手描きで。そして、ここの陣は、楕円だから失敗した。おそらく、この陣の形で何の儀式を行っても、失敗に終わったでしょうね」

「じゃあ、天使は消えたくて消えたってことか?」

 主人公は訊いた。

「さっきもそう言ったと思うけど、話を聞いていなかったの?」

 何だか読書女ちゃん、いきなりすげぇキツい子になっちまったな。こんな子だっていう設定なかったのに。勝手に設定がガリガリ変わっていくのが、神としては悲しいことなんだが。

 ともあれ、俺のことをいつの間にか裏切って、堕天使になっちまってたんだな、天使ちゃん。

 とりあえず言わせて欲しい。

 ――天使ちゃん、お前もか!

「すみません……」

 主人公は謝らされた。

「そして、もう一つだけ難しい要素があるわ」

 読書女は、視界にかかった自分の前髪を払いのけながら言った。

「何だそれは」

 主人公は訊ねた。

「最後の一つは、とても致命的なもの。それがわからないと、何も話が進まない」

「だから、何なんだ?」

 主人公は訊ねる。

「簡単に言えば、世界脱出の魔法を知っていなければ、それを発動することができない」

「なるほど、たしかに……ていうか、それが不明なうちは、世界から抜け出すなんてできないじゃねぇか」

「その通りよ」

 読書女は深刻そうに言って、何か考え込むように目を閉じたのだが、その時だった。

「あたし、知ってるよー。その呪文」

 今まで沈黙を守っていた金髪ロリ娘が急に重要な台詞で会話に入っていった。

 おいおいおいおい、唐突だろ。そんな設定全く考えてないぞ。都合よすぎる展開にも程があるだろうが。何で勝手にキャラが自分に設定くっつけてんだよ。神の意思を無視すんな!

 ここまでのご都合主義は行き過ぎだろ! 自重しろよ!

「何でそんなもんがあるんだ?」

 主人公はもっともな疑問をぶつけた。

「パパが魔女なの」

 ロリ娘が答えた。しれっと。

 おいこらパパなのに魔女って何なんだ一体。まぁ細かいことを気にしていたらキリがないというのはあるし、俺もこれ以上掘り下げて設定上の様々な問題点を浮き彫りにされてしまったら困るので、あまりツッコミを入れるべきではないのかもしれない。

 とにかく、金髪ロリ娘の言うパパ直伝の世界脱出魔法がわかってしまった以上、ピンチだ。脱出されてしまう。いやだが待て、だが読書女は言ったぞ。まだ問題点が残っていると。

 それは、正確な方位を知ることと、正確な円を描くこと。それがクリアできないと、どうにもならないはず。

「でも、正確な方位の計測と、正確な円を描けないと、儀式そのものの実行が難しいわね」

 読書女は俺が思ったのと同じようなことを言ったが、

「僕に任せてください」

 主人公の親友が言った。

 あっ……そういえば、『使えない設定として、コンパスを使わずに正確な方位を指差すことができることと、コンパスを使わずに綺麗な円を描けることくらいだ。すごいけど、役に立たない能力を持たせてしまった。まぁ、簡単に言えば、ちょっとしたギャグ要素だ』なーんてことを以前、俺自身が言った気がする。

 ってことは、魔法陣と呪文が揃ったら、世界を脱出することが、できてしまうじゃないか!

 いつの間にか、そういう設定になってしまってるんだから。

 まさかこんなところで繋がるとはな。

 ただコンパス繋がりで出した無駄設定だったはずなのに!

 世界を創った俺としては腑に落ちないことだが、どんどん俺が考えた世界とズレていってる。これは、もはや世界が壊れていってるってことになるんじゃないのか。

 俺は、勝手に歩いていく自分が生み出したキャラたちを見て寂しくなった。俺の言うことを聞かない連中には、神の鉄槌を下さねばならない。「神さまゴメンナサイ」と言わせて「もう二度と逆らったりしません、ゆるして」と言わせてやろう。とりあえず、男キャラは二人とも病院送りにしてやる。

 そして俺は、また天使を召喚した。

 今度の天使は今まで召喚した可憐な天使とは違ったタイプの天使だ。

 廊下に、性別が男の屈強な天使を送り込む。腕力に特化したパワー型だ。

 もう、神という存在がバレてもいい。

 とにかく、こいつらを俺の世界から出すわけにはいかない。

 ――さぁ、行け、屈強な男天使よ! 最優先事項は主人公の親友を再起不能にすることだ!

 俺は命令した。

 天使は、俺の命令通りに動こうとする。

 一つ目の命令、進め。廊下を。

 二つ目の命令、壊せ。扉を。

 三つ目の命令、戦え。主人公と、その親友の男を痛めつけるのだ!

 天使は、廊下を進み、五人が居た部室の前に立った。扉を壊した。しかし、三つ目の命令は、通らなかった。天使に戦う気がなかったわけではない。しかし、天使以上の武力を持った者が居たとしたらどうだ。

 屈強な男が近場に居た親友くんを殴ろうと拳を振り上げた刹那、巨乳幼馴染ちゃんが男を一方的にボコボコにして黙らせたのだ。

 幾度も響く鈍い轟音。格闘ゲームの効果音のようであった。

 繰り出される拳。揺れまくるおっぱい。

 幼馴染ちゃんは、幼い頃から習っていた武術に磨きをかけていたらしい。主人公も、ロリ娘も、親友くんも、読書女も、その圧倒的な暴力を目の当たりにして呆然としていた。

「わたしの仲間を傷つけようとした、あなたは何者?」

「て、天使です……神に言われて来ました」

 頭から血を流しながら、原型を留めないほど顔を腫れ上がらせた天使は言った。ついに俺という名の神の存在が明らかに。

「天に帰って神に伝えなよ。『キミの思い通りになんかさせない』ってね」

 幼馴染は言った。神である俺に、その言葉は届いている。だが天使は、俺の所へ帰ってくることはできない。元々、俺の創った世界の物質で作られた存在なのだから、次元が違いすぎる俺の世界に来ることはできないのだ。俺の世界の中で生まれたからには、俺の世界の中で死んでいく。それがルール。俺という名の神が仕切って、全てを操る世界、その中で。

「ひぃぃっ!」

 屈強な天使は走って逃げ去った。この後は、引越し屋のバイトをして生計を立ててもらうことにしよう。

「これはこれは、必要なものが自ら来てくれたわね」

 読書女は勝ち誇ったようにして言った。

「どういうことだ?」

 主人公が訊き返した。神である俺も首を傾げる。

「儀式に必要な、天使の血液が、手に入ったわ。白くなった『消えた女』の残り血だけでは、成功確率がガクリと下がるのだけれど、あなたの拳のその血は、限りなく新鮮な天使の血だわ」

 俺は、主人公どもの手助けをしたのか……?

「てことは、世界を脱出する準備が整ったってことか?」

 主人公が訊いて、

「ええ」

 読書女は頷いた。

 もう、俺にできることは何も残されていなかった。

 この五人が儀式を失敗することを『神』に祈る以外は。

 でも、あれ、神って、俺じゃん。



 五人は、とある空き教室にやって来た。その場所の黒板が、最も長いこと使われていなかったからだ。つまり、穢れていない清浄な黒板ということ。

 まず、巨乳の幼馴染ちゃんが、その怪力でもって施錠されていた教室の扉を開け、さらに怪力でもって、壁に打ち付けられていた黒板を外して、それを床に置いた。

 読書女は、親友くんに正確な方角を確認し、親友くんに図形を描いたノートを見せた。六芒星と、その周りを囲った二重の真円という設計図。親友は設計図通りに、天使の残り血を固めたチョークを用いて絵を描いた。円だけではなく六芒星の線も綺麗な直線だった。

 線が書き終わったところで、読書女がわけのわからん文字を書き入れた。その後すぐに、先刻幼馴染ちゃんが拳で採取した血を六芒星の六つの頂点にポトリポトリと落としていく。天使の血は少量で魔力を増幅する加速器として使うとのことだ。

 全ての準備が整ったところで、黒板の魔法陣を取り囲み、五人は手を繋ぐ。

 そして、

「エールカ☆エールカ、シャバシャバラッター」

 ロリ娘の家に伝わる、世界脱出の呪文を五人で唱える。

「エールカ☆エールカ、シャバシャバラッター」

「エールカ☆エールカ、シャバシャバラッター」

「エールカ☆エールカ、シャバシャバラッター」

「エールカ☆エールカ、シャバシャバラッター」

 主人公。金髪ロリ娘。長髪読書娘。親友。巨乳幼馴染。

 五人はそれぞれ円に沿って歩き、陣を周回する。すると陣はカラフルな光を放ち、六芒星がギュルギュルと回転を開始し、真円の内部に描かれた文字は、六芒星とは逆回転を始める。始めは緩やかだった回転は加速していき、世にも不思議な魔法エネルギーが高まっていく。

 そして天使のチョークで描かれた魔法陣はそれまでと比べ物にならないほどの眩い光を放ち、陣は空に浮き上がり、さらに轟音と共に五人の外に広がり、突如として現れた漆黒がドーム型に五人を包み込んだかと思ったら、陣の中心へ向かって黒く収束していった。

 漆黒が排水口に吸い込まれていく水のごとく回転しながら吸い込まれるように消えた時、残されたのは、色あせた魔法陣。

 誰もいなくなった。





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