第六話 俺はキサマらを逃がさない。
さて、俺としても少し手を打っておかないとな。念には念を入れておくべきだ。
というわけで、深夜。俺は天使を送り込む。誰のところへ送り込むかと言えば、主人公以外の四人である。
読書女。ロリ娘。親友。幼馴染の四人。
天使といっても、主人公が好きだった消滅した天使ではない。あれはもう消滅してしまったのでどの世界にも存在しないからだ。
深夜に、一人一人のもとに突然現れたピンク髪ツインテールの女天使は、こう言うのだ。
「あの男の言うことを信じるな。この世界は誰が作ったものでもない。壊れることのない世界なんだよ。あの男は、頭がおかしいんだよ」
俺は天使に嘘を語らせた。
読書女は無言を返した。金髪ロリ娘は「そうなの?」とアホ面で言った。主人公の親友くんは「君は誰?」と言った。そして幼馴染は「どろぼー!」と言った。
まぁ、手ごたえは微妙だったが、これで誰も主人公のことを信じないだろう。
ちなみに、この深夜、主人公は何をしていたかというと、自宅で一人、ベッドで膝を抱えて泣いていた。何を泣いてんだよ、女々しいヤツだなと思う。天使ちゃんが消えたのは、自分のせいなのに、何で被害者ぶってんだよこいつは。
天使ちゃんの「うちだけを愛すのだぞ」という意味を込めたいくつものサインを、見逃したわけじゃないだろ。見送った、保留したんだろ。その上で、迷って、最後まで迷って、だから天使が消えちまったんだろ。そしたらキサマが悪いに決まってんだろ。
ふざけんな主人公ふざけんな。
次の日、予想外のことが起きた。
遅刻寸前で登校した主人公が、自分の席にカバンを置いてすぐに、読書女に連行された。その長い黒髪で絡めとられた、というわけではなく腕を掴まれて連れて行かれた。そして図書準備室に連れ込まれる。朝のホームルームはもう始まっているのだが、読書女の予想外の強引な行動だった。こんなことをするような子ではないはずなのだが。
そして、図書準備室で、二人きりになったところで、読書女は言うのだ。
「私は、神は、いると思う。五百四十度考えが変化してしまった結果、あなたと同じような意見になったのだから、昨日あなたに対してひどい対応をしてしまったことは謝罪すべきことだとは思うけれど、どうか許して欲しい」
予想外だった。何で読書女まで俺の存在に気付いたんだ。急に!
「えっと、ああ……えっと……つまり、何だ?」
主人公くんはわけがわからず訊き返す。
「この世界を、自由に動かそうとしている存在が、確かにいると思う」
確信を持って言っているようだった。
「実は、私のところに誰だか知らない女が来た。あなたが言った消えた人間かもしれない」
俺が送り込んだ天使ちゃんのことだ。ただそれは、一人目の天使ちゃんとは別の天使ちゃんだがな。
「どんな、どんな姿だった? こう、茶髪で、色白で、髪は短かったか?」
「そんな感じではなかった。もう少し派手な感じ」
そりゃ読書女のところに送り込んだのはピンク髪ツインテールの子だったからな。
「でも、それは、その女は、あなたが発する言葉を信じるな、と言ったから、私はこの世界を創った神が居る可能性が限りなく高いと結論するに至った」
「おれが発する言葉を信じてはいけないと、女が言ったと?」
「ええ。だから、作為的なものを感じて、神の存在する可能性が高いという結論」
つまり、神である俺の選択が裏目ったってことになるのか。いやだが、まだ修正は可能だ。ここまで気付かせてしまったのは失策だが、まだまだ修正できる。これ以上、この女に喋らせるわけにはいかない。
――行け、学年主任!
「こらぁ! お前らぁ! もう授業始まるぞ! こんなところで何してんだぁ」
教師、しかも学年主任が登場した。さぁ、これで話を中断せざるを得ないだろう。何せ、この読書女は、大人しくて校則を違反しない品行方正な――
プスッ。
って、何か学年主任に急接近して注射しやがったぞ。つーか、どっから出した、その注射器。
「うぐっ……」
そして学年主任が倒れた。
「お、おい……お前……何を……」
慌てる主人公。しかし読書女はあくまで冷静に、
「私が開発した眠り薬を注射しただけ。数分で目覚めるから平気」
何者になってんだ読書女。こんなに異常な子にした記憶はないのに。
そして、学年主任が開けた準備室の扉をゆっくりと閉めて、平然と話を続ける。
「もしも神という存在が居るとして、『世界を壊す』とか危険なことを考えているあなたがこの世界に居る限り、世界はいつ消えてもおかしくない。神が、あなたを野放しにしているのは、不穏分子を、いつでも消すことができる力を持っているからだと思う」
その通りだぜ。キサマらを消すには、俺はこの世界が描かれた紙束を燃やし尽くせばいい。それで全てが終了する。
「じゃあ、ど、どうすればいいんだ」
「私は、この世界を壊すのではなく、この世界を脱出することを考えている。それができなければ、私はあなたを殺すと思う」
恐ろしい女だなしかし。この子は、もっと心優しい娘という設定だったはずなのに……。
「でも、それじゃ、消えたあいつは……」
主人公は消えた天使に思いを馳せた。だから、あれはキサマのせいで消えたんだって何度言えばわかるんだよ。バカか。バカなのか。いい加減気付けっての。
「復活しないけど。でも、あなたには私がいるから大丈夫」
読書女は、愛の告白をした。
「ど、どういう意味だ?」
突然の告白に、どうしたらいいのかわからない主人公。ちくしょう主人公ちくしょう!
「ちょっと待ったぁ! 彼は渡さないわよぅ!」ロリ娘が登場した。
「抜け駆けはずるいわよ!」幼馴染が登場した。
「僕も混ぜてよ!」親友。
ちくしょう主人公ちくしょう!
何でこんなやつに仲間が大勢いるんだよ。
この世界はおかしい!
「あなたが決めて。『世界を抜け出す』か、『世界を壊すのを諦める』か。シンプルな二択」
読書女は回答を迫った。この期に及んで「世界を壊す」などと言ったら、主人公は読書女に殺されてしまうだろうから、この二択なのだ。
僅かな沈黙の後、
「……抜け出す」
主人公は小さな声で言った。
どうやら、あくまで俺に反抗したいらしい。そのまま諦めてこの世界で楽しく暮らせばいいものを。それは幸せなことなんじゃないのか?
とはいえ、操られてる気がして嫌だって気持ちは、理解できるけどな。
だが、よく聞け。
――俺はキサマらを逃がさない!
まぁ、俺の言葉がこいつらに届くことは無いんだけどな。
「さぁ、それでは抜け出しましょうか。この、世界を」
読書女はそう言って、いつも手に持っていた本を机の上に置いた。
抜け出させはしないさ。絶対に。