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六天楼の宝珠  作者: 伯修佳
第一部 
14/24

 もう二度と会う事もないだろうと、碩有は思っていた。


 だがその機会は予想に反してすぐに訪れた。しかも祖父の私室に側室がいる場面に出くわすという、かつてない状況の下で。

 彼は面伏せて仕事の指示を受けながら、何故戴剋が人払いをしないのだろうと訝しく思った。さらさらと衣擦れの音が遠くで聞こえる。普段は開放されている二つの私室の間には、今日は簾が下りていて、向こう側に色鮮やかな着物の後ろ姿が見えた。

 明らかに女性のものと思われる香の匂いが、辺りに優しく漂っている。水辺に咲く花の様な清清しい空気は、翠玉そのものに思えた。


──此処から、離れた方がいいのかもしれない。


 そんな出来事が何度か続いて、彼は屋敷を離れ遊学する決心を固めた。

 本来は旅行程度の視察でも構わないが、この際外に目を向けるべきだと思ったのだ。

 不可侵なる、祖父の側室。

 同じ部屋にいながらも、決して言葉を交わす機会もなく。

 目を合わせるわけでもない。

 なのにいつの間にか思いは膨らみ、己を持て余している事に気づいて戸惑う。


──相手は祖父の妻ではないか。……きっと、洛を離れれば忘れられるだろう。


 彼は自分がそう情熱的な性質ではないと考えていた。だから桐への出立の当日、祖父の下へ挨拶に訪れた時も冷静に、心の中で別れを告げれば良いなどと思っていたのだった。

 ──戴剋が奥の部屋に向かって、「翠玉も何か言うてやりなさい。許すぞ」と言い出すまでは。

 簾の内、影が動いてこちらを向いたのがわかった。


「……お身体をおいとい下さい。領主補佐としての遊学、立派に果たして来られます様、お祈りしております」


 優しい、愛らしい声に碩有は息を呑んだ。聞くのは二度目なのに、懐かしさすら覚えるのは何故だろう。


「ありがとうございます。……琳夫人も、お元気で」


 全くどうかしている、と思った。政治には冷徹な手腕を評価されるこの自分が、女性の言葉一つに動揺するなんて、と。

 おかげで声が上ずらない様に返事をするのに、意志の力を総動員する羽目になった。


※※※※


──貴女はきっと、ただの形式的なものとしてもう忘れているのだろうな。


 碩有は戴剋の遺言の折、翠玉と言葉を交わした時の事を思い出していた。

 簾越しの会見の思い出話は疎か、「他に思う相手がいるのなら」とまで言ったのだから、恐らくそうだろう。

 けれど出会いから五年経った今、こうして自分は彼女を腕に抱いている。

 帳の下りた寝台の中、安らかな寝顔を見つめる碩有の眼差しが、込み上げる愛しさに揺らめいた。



 代替わりした陶家の青年当主には、西楼に瓊瑶一つのみを抱くと。

 後年貴人には稀に見る仲睦まじい夫婦として、広く領土内に語られる事となる。

 噂は多少の誇張を以て近隣諸国にも知れ渡るが──今はまだ、先の話だった。



        ─了─


ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました。


二人の物語は、一旦は終了となります。


続編がまた次話として入りますので、お付き合い頂けますと幸いです。

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