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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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ただ幸せになりたかった

作者: ダル
掲載日:2026/11/06

「なんなんですかねぇ?」


思わず声がもれる


まぁ、こんな状況になったら誰だって俺と同じ行動をするだろう


都内にあるタワマンで仕事の為にスーツを着込み、革靴を履いて愛する妻から鞄を受け取り、自宅のドアノブを持ってドアを押し開けて外に出たと思ったらそこは別の部屋へと続いていたのだから


そう言えば今朝の妻は何かおかしかったな


妻の怪訝な顔を思い浮かべる


だが、仕事に遅刻する訳にはいかないと急いで家を出たらこれだ


遅刻確定だな


しかし、ここは一体どこで何が起こっているのか?


室内になにかヒントはないかと視線を巡らす


ぱっと見は古びた質屋のような狭い部屋

カウンター越しにこっちをじっと見てくる女


なんとなくニヤニヤしているような

それでいて憐んでいるような複雑な視線


そして、さぁ早く声を掛けて来なさいよと言わんばかりの態度


むかつく女だ


歳はおそらく俺と同年代、30はまだ超えてはいないだろうその女は長い髪を無造作に束ねながらまだこちらを伺っている


既にこの状態になってどのくらいの時間が経ったのだろうか?


背後のドアを開けようとはしたが、そもそもドア自体が存在していなかった


このまま睨み合っていても何も解決しないだろう


沈黙にもそろそろ飽きて来た


意を決して女に声をかける


「それで、ここはどこであんたは一体何者だ?」


俺が絞り出した声はなぜだか少し上擦っていた


なぜだ?


体が上手く動かせない


呼吸も浅く、まるで全力疾走した後のような息苦しさ


全身から滲み出るねっとりとした汗がYシャツを薄く濡らす


緊張?


いや、これは恐怖?


なんの変哲もない同じ歳くらいのこの女に?


その女をもう一度良く見ようと視線を向ける


その瞬間に心臓が早鐘を打つ

まるで何かに鷲掴みにされたかの様に鋭い痛みが走った


「あ、がががが」


意味のない言葉が口からもれる

まるで蛇に睨まれたカエルのように何も出来ず、ただうめくことしかできなかった


どのくらい時間が経ったのかわからないがその重圧が不意に軽くなった


「まったく、ご挨拶だこと。私が誰だか忘れるなんて、とんだ恩知らずなのね、貴方は」


女が言う


忘れた?


恩知らずだと?


俺はお前なんて知らない


「私はね、貴方との約束を果たすためにきたのよ」


「知らない!お前と会った事もない!」


即座に反論する


「やれやれね。完全に忘れるなんてね。でも……これを見たら思い出すかしら?」


女は右手に持った何かを差し出して来た


それはこの場に全くそぐわないものだった


ソレは女の手のひらの上でこっちを見ている


「思い出した?」


女が右手を少しだけ上げる


その動きを感じたのかソレは僅かに動き俺をじっと見つめる


言葉を発することはない


当然だろう


女の手のひらの上に乗っているのは人形なのだから


女はその人形を掲げたまま俺の方へと近づいてきた


「やめろ!なんなんだよお前は!」


途端に尻餅をついて後ずさってしまう

俺は何故こんな女を怖がっているのだ?


いや、女ではない。あの人形だ。

人形の俺を見つめるあの視線、そこに恐怖を感じている


身体中がガクガクと震えだす


手のひらの上の人形が何よりも怖い


「うふふ」


女は薄く笑い、歩みを止めようとしない


足を使い、尻をついたまま後ろに下がる


それでも女との距離は広がらない


そして無情にも背中が何かに当たり後ろへ下がる事が出来なくなった


思わず後ろを振り向くと壁がそこにあった


狭い室内をここまで恨んだ事はない


辺りを見回しても出口はない


女は近づいてきて俺の目の前でしゃがんで右手のソレを差し出してくる


蠢くソレが俺の恐怖を更に煽る


「頼む……やめてくれ」


俺のその心からの願望を女は聞いてはくれなかった


「ダメよ。約束なんだから」


そう呟きソレを俺に向ける


ソレは歓喜しているように手のひらの上で踊り出した


そして何かを呟いている


「カエ……シ…」


なんだ?


何故人形が喋るんだ?


そもそも何を言っているんだ?


「貴方は私との約束を破ったの、だからここでおしまいなのよ」


「何の事だ!お前とは初対面だと言っているだろう!」


俺が何を言っても女は聞く耳を持たない


そして右手に人形を乗せたまま、左手を上げる


その握られた左手が開く


開かれたその左の手のひらには切れ目が入っていた


その切れ目がゆっくりと開いていく


女の手のひらには瞳があった


その瞳が俺を見つめる


じっと見つめてくる瞳はいつかどこかで見た様な……?


目を離す事ができないその瞳が軽く光を放つ


途端に視界がぐにゃりと歪む

それと同時に体に痛みが走る


「痛い痛い痛い!」


その瞳を中心に世界が渦を巻き、吸い込まれていく

俺の体がその渦に巻き込まれてそこかしこから軋む音と全身に広がる痛みで意識が薄れていく……


ふと、気がつくと俺はどこかに座っていた


体の痛みも無い


辺りを見回して何があったのか確認する

あれは一体何だったのだろうか?


と、そこで異変を感じた

体が全く動かないのだ

さっきまでは確かに動けていたはず……


なのに今は視線を動かすことすらできない

俺の視界に入るのはどこかの書斎?


机の上に無造作に置かれた鞄

その周辺にはなにかの資料が山積みになっている

そこから目を離せない


離せないと言うよりも動かない


身体が拘束されているのか?

ジタバタともがこうとしても一向に反応しない俺の身体はどうなっているのか?


そんなことを考えているとガチャリとドアの開く音がした


誰かがこっちに歩いて来ている様だ


誰かが助けに来てくれたのか?

そう思考を巡らした時に右腕を掴まれる


そしてそのまま上に持ち上げられる

まるで重機に引っ張られる様に上に体が持ち上がる


急に吊り上げられた俺の右腕は、関節が悲鳴をあげている


右腕を持たれ吊り上げられてなお、身体が動く事はない

ただ鋭い痛みだけが俺を生きていると実感させる


吊り上げられた先は人の顔の真ん前だった


自分より遥かに大きい人間


巨人?


なにが起こっている!


言葉を紡ぐことができないまま痛みに耐えていると、その巨人がなにかを喋り出す


「やっと帰ってこられたよ。やってくれたな?」


何の事だ?俺は何も知らない!


そう叫んだつもりだったがやはり声は出ない


「お前はもう用済みだよ。諦めるんだな」


そうしてその巨人は俺を大きな袋に詰める


ガサガサと音を立てて袋に詰められた上に袋が縛られたのだろう、閉じられてしまった


どこかに運ばれているようだ


そしてしばらくすると袋ごとどこかに投げ捨てられたのか頭をぶつけてしまう


痛みで朦朧としたがやはり俺は動けない


巨人が何かを呟く


「人形のくせに生意気なんだよ!」


全身が押しつぶされる


巨人が俺を踏みつけているのか?


何度も繰り返される痛みに涙が出そうだったがそれすらも出ない


ただひたすら続く痛みをなんとか堪える


「ふぅ、スッキリした。じゃあな」


巨人は去っていく様だ


俺はどうなるんだ?


動けない上にどこだかわからない場所に放置されているんだぞ?


足がおかしな方向を向いている


いや、足だけではなく腕も、首もあってはならない方を向いている


それでも俺は生きてる


生きているのか?


こんな状態で?


「こんな所にいたのね」


あのおんなのこえがする

ガサガサとおとがなりきゅうにしかいがひらける


「たすけてくれ」


「甘い事言ってるんじゃ無いわ。二度目はないの」


にどめ?おれはこのおんなになにをしてもらった?


「忘れてる様だから教えてあげるわ。貴方は私と契約したの」


けいやく……


「そろそろ時間の様だし簡単に言うわ。貴方はただの人形だった。だけど大それた願いをわたしに届けたの」


ねがい……


「人間になりたいってね」


あのきょじん……


「私は貴方の願いを叶えてあげた、でもたった一つだけ誓約を交わした」


せいや……


「誰にも貴方が人形だってバレない様に、これが貴方と私の間に交わされた約束。それがねぇ……バレちゃったのよね。だからおしまいよ」


だれが……


「本人に聞いてみる?」


女が左手を地面にかざすと地面の中からもう1人の女が浮かび上がってくる


つま……


「誰があんたの妻よ!人形の癖に!」


「あらあら、随分と怒っているようねぇ」


得体の知れない女がニヤニヤ笑いながらもう1人の女を見る


「お前が私から彼を奪ったのね?」


うばう?ちがうおれはただ……


「最近、ずっと彼の様子がおかしいと思っていたのよ」


なぜ……


「お前は言ったのよ、何だまだそんな人形を持っているのか?いくら子供の頃から大切にしてるからって流石にもうボロボロなんだから捨ててしまいなよってね」


けさののかいわ……


「最近、彼はおかしかった。話し方も、仕草も、私を見る目も。何かが違うって。でも、今朝のあの言葉でようやく分かったわ。彼にあの人形の話はした事がないわ。大切な物だからずっとしまっていた」


そうか……おれはにんぎょう


かのじょがたいせつにしてくれていたにんぎょう


だからおれは……かのじょと…しあわせに……


「所詮人形は人形よ」


そんな……


「お前なんかよりも彼の方が大切に決まってるわ。彼を奪ったお前を私は絶対に許さない。そこで朽ち果てればいいのよ!」


その言葉を残して彼女は消え去っていった


「どう?分かったかしら?貴方が犯したミスよ」


おれはあいつといれかわった、かのじょをしあわせにするために


おれがにんげんに、あいつはにんぎょうに


「貴方をみていても面白くなかったけど、人形になったあいつを見ているのは面白かったわ。いつもいつもぶつぶつと文句ばかり垂れてたけどね」


女があははと笑う


あいつはなんて……


「絶対に許さない!ぶち壊してやる!だってさ」


おれはうらまれて……


「さぁ、貴方もここで終わりよ。ここが何処かわかるかしら?」


わからな…………


「ゴミ捨て場。哀れな人形の末路にはお似合いよね。それじゃバイバイ人形さん」


まって……くれ

おれはただ……しあわせ……に…なりた……



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