卒業パーティーで婚約破棄が流行った結果、冥府の王と最高神が乱入して国が終わる話
初投稿です。
本日は晴天なり。
会場は城の大広間を模した煌びやかなホールで、何百ものシャンデリアが宝石のように光を散らし、学園の制服に身を包んだ生徒と貴族が集まっていた。優雅な弦楽四重奏が流れ、ウェイターがシャンパングラスを運ぶ。どこから見ても完璧な祝祭の夜だった。
立食パーティーのケーキに舌鼓を打つ榛色の髪の少女コレットもその一人である。
「アレス。おいしいよ、このガトーショコラ」
その隣にいるのは赤い短髪の美青年アレス。彼もまた、コレットと共にこの学園を卒業したばかりの若者だ。
「ホントだ。うまいな」
「甘さ控えめでアレス好みだと思ったのよ」
コレットの皿にはガトーショコラの他に、チョコレートショートケーキとチョコレートタルト、フォンダンショコラが乗っていた。
「お前の皿は甘そうなケーキばかりだ。そのミルクティーといい」
「失礼ね、このミルクティーは砂糖を入れていないの。甘いだけじゃ美味しくないじゃない」
「ごもっともで」
そう言ってコレットはロイヤルミルクティーに口をつける。
「やっぱりいいミルクを使っているわね。濃厚でコクがある。砂糖を入れなくてもおいしい」
「さすが豊穣神デメテル様を信仰している国だけあるな」
「……ところで、アレス」
「なんだ?」
「さっきから、あっちの方騒がしくない?」
二人がそんな平和な会話を楽しんでいた、その時。ホールの中心から怒鳴り声が響き渡り、その瞬間、場は水を打ったように静まり返った。
「公爵令嬢リュシエンヌよ、貴様との婚約は破棄する!
貴様のような厚顔無恥な女と結婚なぞできるか!!」
「何? 何が始まったの?」
「王太子による婚約破棄らしいぜ」
「……あれ、婚約破棄って、卒業記念パーティーでやるものなの?」
「知らん。少なくとも俺は初めて見た」
「そうよね。あーお茶が不味くなっちゃうわ」
「そこなのか?」
声の主は、この国の王太子だった。その傍らには、いかにも庇護欲をそそる風情で涙目を浮かべた少女──ミルルが寄り添っている。
「まぁ、それではどなたと?」
婚約破棄を突きつけられた当の本人、金髪つり目美人のリュシエンヌ嬢は、扇で口元を隠しながら冷静に問い返した。完全な冤罪であるため、動じる必要が一切ないのだ。
「ふんっ、決まっているだろう!
ここにいるミルルを妻とする!
ミルルはお前と違って私を癒してくれる!」
ピンクのフリルがふんだんに飾られ、胸元も太ももも大胆に露出したドレスを着たミルルは、王太子に寄り添って、その後ろに宰相の息子、騎士団長の息子、大神官の息子、天才魔道士と他にも何人もの令息を取り巻いていた。
みんな高位の貴族の令息たちである。
「げ。あの女……」
「知っているの?」
「知ってるも何も、胸寄せて強引に迫ってきたことがあったんだよ。
あー思い出しただけでも身の毛がよだつよぅ……」
「アレス、顔はいいのに女嫌いだからねー」
「女嫌いじゃねーよ、女難の相があるだけだ」
「私はなんなのよ。私も女の子なんだけど」
「お前は妹のようなものだからカウントに入らないよ」
私も婚約破棄だ !
我が家から追放だ!
そんな声が壇上から聞こえてくる。
次々と声を上げるのは、王太子の側近である宰相の息子や騎士団長の息子たち。いわゆる「攻略対象」の男たちだった。
「本当になんだこれ」
「婚約破棄、流行ってるの?」
「流行っててたまるか」
アレスが呆れ、コレットが紅茶をすする。
すると、次のターゲットに矛先が向いた。
エレノアの婚約者は言う。
「エレノアよ、貴様もリュシエンヌ嬢の悪事に加担したな!貴様との婚約を破棄する!」
エレノアの兄である次期侯爵は言う。
「我が家からも追放だ!」
エレノアは毅然と前を見据えて微動だにしない。
「……承知いたしました」
「…………………………」
「アレス?」
「ヤベェ……綺麗だあの令嬢……」
「エレノア様ね。リュシエンヌ様の御学友よ」
実の兄にまで突き放されたエレノアという令嬢は、しかし、毅然と前を見据えて微動だに隠さなかった。その凛とした美しさに、アレスの目が釘付けになる。
「ミルル、それで終わりかい?」
「ええ〜っと……」
王太子に甘く促されたミルルは、ロマンス舞台のヒロインよろしく上目遣いで周囲を見回した。
その視線が、アレスと、その隣で絶品チョコレートタルトを口に運ぼうとしていたコレットに止まる。
(え、あ、あれ? ロックオンされた?)
アレスの背中に嫌な汗が流れた。
悲劇のヒロインを気取って涙目になったミルルが、あからさまに不自然なほど胸元を強調した前傾姿勢で、コレットを指さす。
「あっ、あの赤い髪の方の隣にいる、あの人にもいじめられましたわっ!」
「おいおいちょっと待て、コレットが何したってんだよ!?」
アレスが思わず声を荒らげると、ミルルはさらに被害者を装った。
「アレス様を解放してくださいって言えば、アレス様は渡しませんわって、詰め寄られましたわ」
「本当か、ミルル」
ミルルはゲームの「隠しキャラ」だと思い込んでいるイケメン・アレスを攻略するついでとばかりに、完全な濡れ衣を着せてきたのだ。
「それに、アレス様にクッキーの差し入れを持っていこうとしたら取り上げられて踏み潰されましたわ」
「はい、嘘!」
あまりの出来事に、口元にチョコレートクリームを付けたまま呆気にとられているコレットに助けを求めさせた。
「コレット、いいから呼べ! 早く!」
「う、うん!
旦那さま、助けてェ——————————!!」
次の瞬間、ホール中に目も眩むような光が満ち、空間がベリベリと音を立てて裂けた。
光の中から現れたのは黒いセレモニースーツに身を包んだサラスト黒髪ロングヘアの美丈夫。
「……迎えにきた。我が妻プロセルピナよ」
死者の国、冥府の王・ハデスである。
「ピナちゃーん、もう大丈夫だよー」
次に現れたのは光のタキシードに身を包んだ、これまた金髪ロングウェービーの、これまた美丈夫。
全知全能の最高神・ゼウスである。
「ウエエェェン、旦那さーん! おじさまー!」
「おーよしよし、ピナちゃん泣くのはお止め。
ゼウスおじさまがなぐさめてあげよう」
最高神がデレデレと頬を擦り寄せようとした瞬間、黒い影が割り込んだ。
「義兄上、それは自分の役目故、交代していただきたい」
ガシッとゼウスの手首を掴むハデス。
実は、アレスもまた神──最高神ゼウスの息子であり、軍神アレスその人だった。親父の命令で、従妹であるコレットの護衛としてお忍びで学園生活を送っていたのだ。
最高神ゼウスの降臨で、王様以下その場にいた全員が頭を下げる。リュシエンヌも、エレノアも、恐怖に震えた王太子一行もだ。
──が、ここに一人、致命的に空気の読めない女がいた。
「あのう……わたしミルルっていいますぅ……
わたし、コレットさんから本当にいじめられてて……」
ミルルは胸を強調し、腰をくねらせて、上目遣いで新たな「高位のイケメン(神)」であるゼウスとハデスにアプローチを試みる。……が、ハデスが行く手を阻む。
「キャッ!」
「自分は妻一筋故、不要な視界の汚染はご遠慮願いたい」
ハデスは冷徹に言った。
「僕は基本来るもの拒まずなんだけど……君みたいな醜女、タイプじゃないんだよねぇ」
ゼウスは笑顔で言い切った。
「言い切ったな、親父」
「ああいう女は、見目は悪くないけどそこまで言わないとわからないタイプなんだよ」
「そ、そんな……! 私の魅了の加護が効かないなんて……!」
「ああ、そういう加護を持ってるんだね」
ゼウスが淡々と看破する。
「魅了の加護?」
「うん。でもうちのヴィーナスちゃんの加護ではないね。あのアレスに効いてないってことはどこかの下等な神の加護だ」
「……魅了。プロセルピナには不要なものだな」
とハデスはコレットを見る。
アレスも、コレットを見る。
彼女は泣きながら目の前のケーキを片っ端からほおばっている。
手づかみではなくちゃんとフォークを使っている。
「……コレット。いや、プロセルピナ。お前ハデス様と結婚したの?」
「うん……」
「……いつ?」
「数年前……」
「オレ、従兄なのに全然知らなかったんだけど!」
「そのときアレス遠征してたから……」
「何で親父も教えてくれなかったんだよ!?」
「忘れてた。ゴメーンネ♡」
ゼウスが両手を合わせてテヘペロをする。
「いい歳こいてテヘペロすんな親父!!」
コレットはこの間ずっと泣きながらケーキを食べている。ハデスが差し出したロイヤルミルクティーをぐいっと飲み干すと、またぐすぐす言いながら泣いていた。
ハデスはそんなコレットをよしよしと慰めていた。
◇◇◇
「さて、と」
ゼウスが王に向き直る。
「この国は豊穣神デメテル信仰の篤い国って聞いてたんでデメテルの娘コレットとついでにうちのバカ息子のアレスを預けたんだけど、これはどういうことかなぁ?」
王は王冠が落ちるのもかまわず、頭を床にこすりつけながら這い蹲る。
「すみませぬゼウス様! まさかこのようなことになっていたとは我々も露知らず……」
「我が子の有様もわかっていない愚王の言い訳は結構」
今度は王太子が、
「ですが、私たちはコレット嬢がデメテル様の御令嬢とは存じ上げず……」
と言い訳し始めるとゼウスが、
「うん、お忍びだったしねぇ。
でも気付く者は気付くんじゃない?
ねぇ、大神官の息子クンと天才魔道士クン?」
王太子が彼らの方を向くと、二人は冷や汗でびっしょりになっていた。
「……その……」
大神官の息子が、震える声で口を開く。
「コレット嬢が、ただの令嬢ではないことには……気づいておりました」
「え?」
王太子が目を丸くする。
「だって彼女、デメテル神殿の聖域に入ったとき、祭壇の聖火が勝手に明るくなったでしょう?」
天才魔道士が震える手で眼鏡を押し上げる。
「それだけじゃない。彼女の周囲では植物の生育速度が異常だった。魔力を測定しようとしても、規格外すぎて測定器が三台壊れた」
「じゃ、じゃあ……なぜ教えてくれなかった!?」
「言えるわけないでしょう!!」
二人の声が綺麗に重なった。
「神々が身分を隠しているのに、我々人間ごときが『あなた、もしかして女神様の娘ですよね?』なんて聞けます!?」
「僕は、あの方が誰の御令嬢なのかなんて……ミルルに夢中になるあまり、確かめるのを怠って……!」
大神官の息子は涙目になりながら指を震わせた。
「……デメテル様です」
「そうだよ」
ゼウスがにっこり笑う。
「正解」
「ひぃっ!」
「あとね」
ゼウスは人差し指を立てた。
「コレットを預けるとき、僕はこの国の神殿に一つだけお願いしてたんだ」
「……お願い?」
「『この子が平穏に学校生活を送れるようにしてね』って」
にこにこしていたゼウスの笑顔から、ふっと温度が消えた。
「そのお願いを受けた神殿の大神官が、まさか自分の息子たちを野放しにして、僕の姪っ子をいじめっ子呼ばわりしてるなんて思わないよねぇ?」
「……っ!」
大神官の息子の顔から、さっと血の気が引いた。
「……おい、お前たち。嘘だろ?」
王太子の顔から急速に色が失われていく。
彼らがミルルの『コレットはただの平民出身の成金令嬢』という戯言を信じ込み、そそのかされるままにコレットに濡れ衣を着せた。その根拠としていたものが、実はすべて、彼ら自身が『見て見ぬふり』をしてきた結果だったのだ。
「おい……ミルル! お前、あの方はいじめっ子だと言ったな!?」
「え、えぇ~? だってぇ、だって私より可愛くて、アレス様と仲良くしててズルかったんだもん……っ」
首をすくめるミルルの言葉に、もはや「魅了」の術すら吹き飛ぶほどの絶望が王太子たちを襲う。
「神様じゃなくても、人をいじめちゃダメでしょう?」
ゼウスは即答した。
「…………」
「それに」
ゼウスは王太子を見つめる。
「君たちが知らなかったのは、コレットが誰の娘かってことだけだよね?」
「……え?」
「彼女が何をしたのかは、調べればわかったはずだ」
ゼウスの視線が、床に散らばった婚約破棄の証拠品や、怯えて立ち尽くす令嬢たちへと移る。
「でも君たちは調べなかった」
「…………」
「そのミルルって娘の言うことを信じて、婚約者たちを一方的に断罪した」
「…………」
「つまりさ」
ゼウスは笑った。
「神の娘だから罰せられるんじゃない」
その笑顔が、今度こそ完全に消えた。
「人として最低なことをしたから、罰せられるんだよ」
ホールが、しんと静まり返った。
◇◇◇
「それじゃあ、我々はこの辺でおいとまするよ。
ピナちゃん、アレス、来なさい」
ゼウスが促すと、アレスは頷き、そして毅然と佇むエレノアの前にひざまずいた。
「なあ、お前、オレと一緒に来てくれよ」
「は、はい……?」
「お前、名前は?」
「エレノア……」
「エレノアか、いい名前だ。
オレはお前の、追放されてもなお毅然とした姿に惚れた!
オレの妻になってくれ!」
「え、えええ!?」
混乱するエレノアの横から、親友のリュシエンヌがそっと背中を押した。
「エレノア。アレス様は情深きお方。必ずあなたを愛してくれます。……アレス様、エレノアをお任せします」
「リュシエンヌ嬢、任された。代わりと言っちゃなんだが、貴女を含めた罪なき令嬢たちの今後を、愛と美の女神ヴィーナスに約束しよう」
「あ……ありがとうございます!!」
アレスがエレノアの手を取った時、ふと疑問が浮かんだ。
「親父、ところでこの国はどうするんだ?」
「アレス、聞こえないかい?」
地平線の彼方から、大地を揺るがす地鳴りが聞こえてくる。
──うちの娘を泣かせた奴はいねぇがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!
「あ」
「後は彼女に任せよう」とゼウスが爽やかに笑う。
「なまはげ……じゃない、デメテル様怖えぇぇぇぇ!!」
「はははっ」
ゼウスが指をぱちんと鳴らすと、空間が金色に輝き始める。
「待ってください! ゼウス様、ハデス様! どうか……どうか我が国にお赦しを──!!」
王太子の必死の叫びも、神々にとっては風の音と同義だった。
アレスに抱きかかえられたエレノアが、最後に崩れ落ちる元・婚約者と兄を一瞬だけ冷ややかな目で見下ろし、静かに背を向ける。
光が収まった時、大ホールには呆然と立ち尽くす王太子一派とミルル、そして自分たちの運命を悟って絶望に沈む国王たちだけが残されていた。
そして──
ゴゴゴゴゴゴ……!!!
空が黒く染まり、城のガラス窓が一斉に砕け散る。
王太子が涙鼻水を流して懇願する目の前に、極寒の嵐と共に激怒した豊穣の女神デメテルが文字通り「ずい」と現れた。怒髪天を衝くその迫力は、完全に神話の災害である。
「頼む! 許してくれ!」
「お前たちは、うちの娘を泣かせた」
「え?」
「うちの娘を泣かせた」
「は、はい……っ」
「以上だ。この国の加護を剥奪する」
「待ってください!!」
這いつくばっていた国王が必死に叫ぶ。
「王太子は今すぐ廃嫡させます! 処刑でも何でもします! ですから、どうか加護を――!」
「我が愛娘を泣かせた国に、豊穣を与える理由はない。元の極寒の世界へ戻るがいい」
デメテルが冷酷に告げ、地を叩いた。
その瞬間、青々と茂っていた畑は一瞬で凍りつき、作物はすべて枯れ果てた。
王と王妃、そして大神官は「コレットの平穏な学園生活を保証する」というゼウスとの事前の約束を違えた罪により、そして攻略対象の親たちは、息子たちのしでかした愚行の責任をとる形で、迫り来る滅びを受け入れるしかなかった。
ただ、罪なき一般の国民や、真っ先に逃げ出したリュシエンヌの実家などは、デメテルの情け(とアレスの手回し)によって凍りつく前に隣国へと無事に避難することができた。
残されたのは、身勝手な断罪劇に狂奔した王太子一派、ミルル、そしてエレノアや罪なき令嬢たちをを追放した愚かな各家族たちだけだった。
その後、デメテル信仰の篤かったその王国に、二度と春が訪れることはなかった。雪と氷に深く埋もれ、やがて歴史からその名を消し去ったのである。
◇◇◇
後日、ヴィーナスのサロンにて。
「あーアレスじゃん、おひさー!
ウチに何の用?
ふんふん、バカに婚約破棄された令嬢ちゃんたちのアフターフォロー?
ウチに任しときー♡
最高の良縁組んだげる!」
ヴィーナスは世界地図をバサッと机に広げ、振り子でダウジングをする。
「まずはリュシエンヌちゃんね! この隣国の王弟殿下と……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リュシエンヌが慌てて手を上げた。
「展開が早すぎませんこと!?」
「えー? でも相性めっちゃいいよ?」
「まだ私、王弟殿下のお顔すら存じ上げませんわ!」
「大丈夫大丈夫。顔はいいから」
「判断基準が雑ですわ!」
ヴィーナスは楽しそうに笑いながら、巨大な水晶玉をくるくる回した。
「ほら、この人」
水晶玉の中に、隣国の王弟の姿が映し出される。
端正な顔立ち。
落ち着いた物腰。
穏やかな微笑み。
「……まあ」
リュシエンヌが目を丸くする。
「なかなか素敵な方ですわね」
「でしょ?」
「ですが、私のような傷物を本当に受け入れてくださるのでしょうか」
「そこは問題なし。むしろ『あの婚約破棄劇を聞いて、ぜひ一度お会いしたい』って」
「……情報が早すぎません?」
「神様ネットワークなめんなー?」
「そんなものがあるんですの!?」
「あるよー♡」
ヴィーナスはにっこり笑う。
「それにね、リュシエンヌちゃんは自分のことをちゃんと自分で守れる子でしょ?」
「……」
「そういう子にはね。守ってくれる人じゃなくて、一緒に歩いてくれる人を選んだほうがいいんだよ」
リュシエンヌは少し驚いた顔をした。
「……ヴィーナス様」
「なーに?」
「ありがとうございます」
「いいっていいって!」
ヴィーナスはぱっと手を振る。
「じゃ、次!」
「次!?」
「エレノアちゃん!」
「は、はい!」
呼ばれたエレノアがびくっと肩を震わせる。
「エレノアちゃんはアレスがもう持ってったから、今回はスルー!」
「持ってったって……」
「おい」
隣でアレスが顔をしかめる。
「人を物みたいに言うなよ」
「じゃあアレスがエレノアちゃんをお嫁さんにしたってことで」
「そうだよ」
「即答じゃん」
「惚れたんだから仕方ねぇだろ」
「はいはい、ごちそうさまー♡」
「お前なぁ……」
アレスが頭を掻く。
そんな二人を見ながら、リュシエンヌが微笑んだ。
「エレノア、よかったですね」
「はい……!」
エレノアも嬉しそうに笑った。
「では次は……」
ヴィーナスが資料をめくる。
「はい次の令嬢ちゃん!、隣国の公爵家に嫁ぐ!」
「早いです!」
「次!」
「まだ返事してません!」
「次!」
「聞いてくださいませ!」
サロンに令嬢たちの声とヴィーナスの笑い声が響き渡る。
そして、ヴィーナスのサロンでは今日も。
「はい次の令嬢ちゃん! 大丈夫、恋愛運はウチが保証するから!」
愛と美の女神による、婚約破棄被害者救済作戦が続いていた。




