75.真犯人は 3
テラス・ムーアを殺した真犯人は、一人しかいない。
現実的な話をしよう。誰も魔法を使っていない状況で、一人の男が死んでいた。アリバイがない『吸血鬼』を除いた全員が二人以上で行動していて、僕が扉を開く前には血の匂いがしていた。
それならばと、僕は当然の結論を導き出した。何も不思議な話はない。ここが異世界であったとしても、物理的に実行可能な人物は……。
「テラス・ムーアを殺した真犯人は、テラス・ムーア自身です。彼は、自殺したのです」
『警察官』テラス・ムーアは、自らの頸動脈をナイフで切り裂き、第二の人生を終わらせたのだ。
これだけが、僕の話で唯一矛盾を引き起こさない答えだった。
彼の死体をみた時から、僕は気が付いていた。首元の切り傷をみれば、どの角度でナイフが引かれたのかはよくわかる。
そして、『吸血鬼』天野ヒトミは自分の経験で理解できた。
第一の人生の最後、警察署の前で僕は自殺した。自らの首にナイフを突き立て、頸動脈から血液を溢れ出しながら吸血鬼の人生を終わらせたのだ。
だから、僕にはこれが自殺だとわかる。わかってしまうのだ。
まあ、勿論。こんな推理で他の招待客は納得できるわけがないだろう。
特に、兄を慕っていた妹にとっては、最大の侮辱になる。
ここから先は博打だった。
震えながら、カラスは僕の肩を掴む。
「自殺、というのは、どういう、意味なの?」
「自らの命を、自らが殺したということです。貴女のお兄さんは、自分自身の首を切って、命を終えたんです。もう一度言いましょうか? テラス・ムーアを殺したのは、テラス・ムーア自身です」
「兄さんがそんなことするわけないだろうが!」
堪忍袋の尾が切れた。放火魔に引火された家のように燃え盛る彼女の心は、注がれた油によって爆発した。
正面に立つカラスは、あの穏やかな青年と双子とは思えないほど歪んだ顔で、僕に指先を向けた。膨張する人差し指は針のように鋭く尖り、弾丸のように打ち放たれる。
狙いは勿論、僕の頭部だった。
僕の両隣に立つアラン王子も、シン先生も動かない。ソクラの抑制をするためにいる魔法使いたちは、判断を彼女に委ねた。
それは、ソクラへの魔法の利用の許可に他ならなかった。
「あのね」
再び、光が差す。
道筋に魔力という資源を通すだけで、魔法を放つことができる。複雑な魔法であるほど道筋は長くなり、必要な魔力量も多くなる。
カラスの魔法は、指を弾丸のように飛ばすと言うものだ。肉体を別の物質に作り変え、決められた方向に勢いよく発射させる。
対して、ソクラが作り出す道筋は単純極まりない。体内の膨大な魔力を、手のひらから放出する。軌道も道筋も一直線だ。
ソクラの魔法は、予備動作が一切なく、放出されるその瞬間まで魔力の乱れもない。誰であっても回避することはできない。
放たれた光の線は、カラスが打ち出した指の弾丸の速度を一瞬で追い抜いた。カラスが「お前」と叫んだ直後には、魔力砲が放たれていたのだ。
カラスの肉体は大幅に欠損し、血液のシャワーと白煙を交えながら回復していく。先ほどと違ったのは、欠損の範囲だった。
カラスの肉体に残された部位は、足首だけだった。殆ど全身が消滅したのは、『事前の打ち合わせ通り』ソクラの魔力砲の大きさが倍増していたからだった。
半径が、である。
人の上半身を消し飛ばす砲撃が、四倍の面積を持つとどうなるか。
特別なことは何もない。巻き込む範囲が大きくなる、それだけだ。
別に、動力装置を狙ったわけではない。そんなことをすれば、溢れ出す魔力で魔王城が落ちる。彼女が狙ったのは、僕である。
再三言うようだが、ソクラの魔法は予備動作がなく、誰も避けることはできない。加えて、ソクラがカラスを止めるために魔法を使うと知っている魔法使いにとっては。
ヤユ・オーケアを打ち抜く魔力砲は、カラスを飲み込み、アラン王子を通過し、シン先生を溶かし尽くした。
「は?」
と、カオルが呆けた声を漏らした。王子が閃光に飲まれた様を、唖然とした様子で見ている。
予想していなかったに違いない。ソクラがこうも堂々と、攻撃をするなんて、と。
それもそのはず。ここから先は博打なのだから、多少のリスクは取らなくてはならない。
部屋一面が回復魔法が動いた白煙の煙で覆われる。
全ての拘束が解けた僕が立ち上がったのは、ソクラが攻撃してから一秒後のことだった。
魔法使い達の回復が終わるまであと四秒。




