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71.最後の悪あがき 1

 第三回捜査会議が始まったのは、僕がテラスの死体を見つけてからすぐのことだった。


 根回しや入念な下準備をする時間はない。勿論、僕を魔王と決めつけるシン先生を味方につけることもできなかった。


 というか、僕の味方はソクラしかいない。

 味方は、一人いれば十分だ。満たされすぎている。だから僕は、自らの命を交換条件とする取引を押し付ける勇気を得られた。 


 そこから舞台は変わっていない。展示室地下、動力室の中で捜査会議は開かれた。宛ら裁判のような形式で進むこととなっている。

 検察官側は僕とソクラ以外の全員、弁護人は僕自身になるだろう。


 最終弁論、最終陳述で無実の証明を行えなければ、罰が与えられる。


 この世界に死刑という刑罰はない。回復魔法の使えない転生者というイレギュラーに対応したルールは存在しないからだ。

 対して、魔王という存在に対しては死刑以外の対応はされない。存在自体が文化侵略になり得る魔王など、生きている時間が短ければ短いほど良い。


 しかし、ここはオルタ・ルーゼンが主催した晩餐会。捜査会議もうち内に行われているものだ。実際に殺されるかはわからない。


 身柄が拘束されて魔王討伐戦線に連行されるか、それとも西国ダルフの法が適用され、アラン王子に判断が任されるか……。

 まあ、身の潔白を証明できなければ終わりなことに変わりはない。



 晩餐会の前ならば、僕の人生は始まってすらいないから死んでもいいと思っていただろうが、今は違う。

 隣にソクラがいる。彼女の行く末を見届けるまで、僕は死ぬわけにはいかない。


 と言っても、僕の命に価値がないことに変わりはない。交換条件として天秤に乗せることができたのには、司会にティールが選ばれたことが関係している。


 第三回捜査会議は、全ての招待客にとって利がある。


 身の潔白を証明したい僕、

 魔法学院として魔王と敵対するシン、

 被害者親族のカラス。


 第三の難問を別の誰かに解かせたいオルタ、

 それを利用したいダルフ国王族、

 異世界に行きたいだけのソクラ……。


 目的は被っているようでズレている。全員が最善の選択を取ることだってできるのだ。

 真犯人を突き止め、第三の難問を全て解き明かすことができれば、大団円だ。


 とはいえ、物事はそこまでうまくはいかない。僕のように自らの命を賭けに出す人間もいれば、物事を割り切れない感情的なものもいる。


「前置きとか話し合いとかどうでもいいでしょ! わたしが今、この場で殺してやる!」


 僕の正面に立つカラス・ムーアは右手の平に何やら光を集め始める。それが何の魔法なのかはわからない。ただ、明確な殺意だけが僕に向けられていた。


 仲睦まじい兄妹だったことは、この三日間だけでも嫌というほど見ていた。テラスが僕に殺されたと勘違いするカラスの怒りを理解できないものはいない。


 しかし、ここは捜査会議だった。必要なのは感情ではなく根拠である。


 カラスの全身を貫くように、眩い光の大砲が放たれる。部屋の中心にあるゼンマイ仕かけの装置に当たるかと肝を冷やしたが、またも横を素通りし壁に当たる。


 「ダメよ」と、遅れてソクラの声がした。上半身が消滅し、肉が焦げる不快な匂いが地下に充満する。


 下半身のみで直立する肉塊から夥しい量の血液が噴き出す。散布された赤は空中で霧散し、遅れて断面が白煙に包み込まれる。


 回復魔法が起動したのだ。五秒後には、白煙の中から状況を理解できずに呆けたカラスが裸体を晒して現れた。

 僕らの目線に気がついたカラスは、顔を赤くしながら胸元を両手で隠しながら叫ぶ。


「何すんのよ!」


「あたしだってヤユを助けたいのよ。でも、やらない。みんなが譲歩して成り立っているんだから。誰か一人でも破れば均衡が崩れる」


 「それとも」と、ソクラは掌を向けた。


「テラスさんを殺した犯人を見つけたくないの?」


 その一言に、カラスは何かを言い返そうと息を大きく吸ったが、そのまま静止した。テラスを殺したのが僕だと決めつけていた彼女にとって、犯人捜しのフェーズは完了している。だが、それならば僕の弁論が終わるのを待てばいい。


 我慢するだけで、いずれその時が来る。カラスも最初から気が付いていたことだろうが、感情に突き動かされていた。上半身を消し飛ばされ脳が再構築されたからか、ようやく折り合いが付いたのかもしれない。


 カラスは何かしらの魔法で質素な黒いローブを生み出し、それを羽織った。会議を中断させるつもりはないようだ。


 それにしても、ソクラの魔法の破壊力の凄まじさに愕然とする。防御魔法を作る隙も与えず、予備動作無しで肉体を消滅させる魔力砲は魔法使いたちにとって脅威になる。

 回復魔法が起動し状況を理解するまで、五秒以上、はかかる。どれだけ回復魔法が万能でも、五秒も相手に時間を与えるのは致命的だった。


 それと同時に、回復魔法の異常性も浮き彫りになっていた。先ほどのカラスは、下腹部より上が完全に消し飛んでいた。それなのに、五秒もあれば完全回復するとは恐ろしい。魔法が脳味噌や心臓といった肉体に依存しておらず、魂に刻まれているのがよくわかる。


 これは捜査会議が始まる前にシン先生が教えてくれたことだが、僕らがいる動力室の魔力濃度が極端に高いため、回復魔法の出力が上がっているらしい。


 部屋の中心部にあるゼンマイ仕掛けの装置ーー動力装置は通常じゃ考えられない魔力を生み出している。地球でも、島一つ浮かすことができるほどの発電装置は存在していない。魔法技術の真骨頂といってもいいだろう。


 魔力濃度が高く、魔力切れが起きない。動力室の中で、高火力の魔力砲を何度でも放てるソクラに敵うものは、魔法そのものが効かない転生者くらいなものだ。


 故に、僕の首元にはシン先生の黒剣が付きつけられているし、その隣のアラン王子が左手を僕の肩に置いていた。衣装室の扉を物理的に破壊したアラン王子も、転生者に有効打を与える魔法を有している。正面に立つカラスを含めた魔法使い三人によって、僕という人質をもってソクラを抑止しているのだ。


 今回、カラスへの攻撃をしたのにシン先生とアラン王子が僕を殺さなかったのは、捜査会議の意義を二人が理解しているからに他ならない。


 ソクラの言う通り、捜査会議はぎりぎりの均衡で成り立っている。誰かが一歩前に出れば、それだけで乱戦になるだろう。


 次はない。


「他の皆さんも、準備はいいですかね」


 捜査会議の中で唯一気楽そうな顔つきの男、ティール・オキニは場を改める。この会議の司会者として、一歩引いた位置にいる彼の存在は大きい。だからこそ、彼の一言に全員が従う。


「それじゃあ、ヤユちゃん。最初にして最後の弁論の時間だよ。ケプト、テラスの二人を殺していない問のならば、それを証明して見せなさい」


 皆の視線が突き刺さる。僕の発言にここまで注目されるのは、第一回捜査会議依頼だった。


 ソクラを見る。あの時とは違い、彼女は不安そうな目をしていなかった。


 いいだろう。ここで、全て終わらしてやる。


 深く息を吸いこみ、吐く。


「最初に、第二の難問の解答から始めさせていただきます。ああ、安心してください。論点をずらしている毛ではありません。第二の難問の答え自体が、テラス・ムーアを殺した犯人の動機になるので」


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