70.メインディッシュ
「晩餐会も三日目の夜に差し掛かりました。フルコースにしては前菜が長く、まだまだ満ち足りない限りでございます。主催者のオルタ嬢や他の招待客の皆さんも、空腹で苛立ち始めたことでしょう」
シワひとつない白のジャケットに、紫色のシャツ。飾ったらしい指輪を全ての指につけた黒髪赤眼の男は、食堂に集まる面々に一人ずつ視線を飛ばす。
全員を見渡し、それぞれの顔に浮かぶ感情を味わうように頷いた。
「そこで、メインディッシュを提供させていただくこととなりました。本来はオルタ嬢がシェフを担当し、唯の招待客風情の僕としてはスーシェフが関の山、と思っておりましたが、事情が変わりましてね」
招待客の一人、前世では名のある料理人だった彼は、故か慈愛に満ちた笑みを僕に向けた。
宛ら、料理の盛り付けをする時のようだ。
まあ、彼の目線はあながち間違いではない。僕は、晩餐会に配膳される料理といっても差し支えない格好をしていた。
鋏のように首元の前後を黒剣が挟み込み、背中裏に黒の手錠で両手が繋がれていて、身動きが取れないように両足が椅子に縛り付けられていた。
少しでも顔を動かせば、黒剣によって首から血が流れるだろう。逃げ出そう者ならば頭部と肉体がお別れすることになる。
過剰とも思える拘束であったが、無理もない。ここにいるのは地獄の底から湧いて出てきた悪魔。魔法を使わずに王になれる存在なのだから。
「新たに生まれた魔王の存在……、そして令和の日本を恐怖のどん底に落とした凶悪殺人鬼、『吸血鬼』天野ヒトミ! 彼女の罪状は、手が四本あっても両手で数えきれません! ですが、我々は警察でも、FBIでも、魔王討伐戦線でもありません。飽くまでも晩餐会の中で起きた出来事に注目させていただきます。ズバリ、ケプト・ルーゼンとテラス・ムーアに纏わる二つの殺人事件!」
誰一人として、男の言葉を遮る者はいない。彼にタクトを振るわれるのは僕としても面白くはなかったが、今後のことを考えると致し方がない。
だけれど、断頭台に立つ吸血鬼というのはなかなか愉快だ。血塗られた晩餐会のメインディッシュとしては、花丸をつけたいほど傑作だ。
男も僕と同じ意見のようだった。僕を見て、満足そうに頷く。
「この『吸血鬼』天野ヒトミは、魔王城二階、主催者御息女の自室に軟禁されていたにも関わらず、展示室の地下にある動力室で確保されました。密室を突破する未知の力が彼女にはある。まさしく、主催者御息女のケプト・ルーゼン氏が殺害された時に使われた密室トリックです」
僕は何も言わない。
反論するべきところは、他にある。先ほども言った通り、ここは断頭台、僕を処刑するために組まれた場所だ。
一挙手一投足が全員に監視されている。一歩でも間違えれば、死が待っている。
勿論、司会として場を回す男も、僕が『今は』反論してこないことを知っている。
「『吸血鬼』天野ヒトミは、ケプト・ルーゼン氏を殺すだけに留まらず、『警察官』として晩餐会の治安を守ってくれていた我が同士、テラス・ムーアにすら牙を向けた。首を切り裂き、頸動脈から噴き出す血を飲み尽くそうとしたのです! 吸血衝動は、一度死んだ程度では治らなかったのでしょう」
より、美味しい料理を作るために、過激なことを叫ぶ。そこに真実があるかはどうでもいいのだ。
「それだけではありません。『吸血鬼』は薔薇のように全身を赤く染めているのにも関わらず、自らの罪を認めようとしないのです。天野ヒトミであると自白した彼が、今回の殺人ばかりは違う、と。見苦しいにも程があります。天野ヒトミならば、悪魔ならば、自らの命を絶つ潔さを見して欲しいものですが……、そこで今回お集まりいただいたということです。彼女の言っていることは本当なのか、真犯人は存在するのか、皆様と一緒に暴いて行こうじゃありませんか」
舞台役者のように彼は胸を張る。そして、「申し遅れました」と、頭を下げた。
「天野ヒトミや菅原コウと同じ転生者でありながら、全くの無関係者。被害者の二人とも関わりの一切ない推定無罪であるこのティール・オキニがオルタ嬢に変わって司会を務めさせていただきます」
この場を仕切る適任者なんていない。ただ、消去法でティールが選ばれた。それだけのことなのに、彼は嬉しそうに笑う。
彼は予感しているようだ。この先に起こる、本当の地獄を。
「それでは、第三回捜査会議を始めます」




