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69.オードブル

 思考放棄したわけでもなく、


 盲信したわけでもない。


 ソクラ・スタウは、真っ直ぐな目で僕を見ていた。


 同じ世界の底を見た同志として。そして、変わることができた先達者として。


 彼女が『吸血鬼』のような殺人鬼になるのも、『警察官』のような正義の味方になるのも、これからだった。


 それならば、正しい姿を見せよう。


 贖罪としての人生を見て、彼女の世界が少しでも彩られてくれれば良い。


 そんなことを、穏やかな気持ちで思った。


「青春劇は終わりか?」


 いつのまにか、黒剣を握りしめていたシン・テーゼが僕らを睨む。律儀に僕とソクラのやり取りを見てくれていたらしい。


 それでいて剣を向けるということが、彼なりの回答だった。


 魔法使い通しの戦いは回復魔法前提の持久戦になる。剣という線の戦い方をするシンに対して、魔力砲という面の戦いをするソクラ。

 一度に全身を炭化させる火力を持つ彼女に対抗する手段をシンは思いついたのだろうか。


 しかし、シンに勝ち目はない。慢心するつもりはないけれど、転生者と魔法使いの組み合わせは隙がない。ソクラを倒すために剣を手放せば、魔法の効かない僕を相手にすることになる。


 魔法使い特有の頭の硬さか。魔法学院を裏切れない彼は、何があっても僕と敵対する。

 どんな状況でも弱みを見せない。例え、勝てない相手だったとしても、戦う姿勢を見せなければならない。


 故に、僕はナイフをブレザーの内ポケットにしまった。その様子を見て、ソクラも構えていた手を地面に向けた。


「何のつもりだ? まさか、俺がお前を信じるとでも思っていたのか?」


「それこそ、まさかですよ」


 濡れた手で目元を拭う。ソクラに背中を押されるまでもなく、僕は今まで通りの立ち振る舞いに戻ることにした。


 冷静に、背筋を伸ばして口を回す。僕はいつだって、そうやって戦ってきた。


「シン先生。以前僕たちに会ったときに、こんなことを言ってましたよね。『信用できるのは素性が明らかな魔法使いであるお前くらいだ。晩餐会に来た責務を果たせよ』って」


 勿論、ここでいう『お前』は、魔法学の名門スタウ家の出自であるソクラのことである。

 転生者を脈絡もなく背中を刺してくる存在と蔑み、相方であるティールすらも距離を置いて行動するシンの行動は最初から同じだった。


「貴方は、最初から転生者を敵視していた。誰も信用していなかった。今更、僕に剣を向けてどうしたんですか。晩餐会に来た責務を果たしていないのは、貴方の方なんじゃないですか」


「限度がある。殺されたのがケプト・ルーゼンという主催者が用意した駒ならばともかく、テラス・ムーアは招待客だ。回復魔法すら突破してくるのが魔王だからな。次に殺されるのは俺かもしれない。そうなる前に、手を打つのは当然だろうが」


 「特に」と、シンは背後を指差す。ゼンマイ仕掛けの装置がギリギリと不愉快な音を出していた。


「天国の魔王が放った、街一つ覆い尽くす巨大な魔力砲は、魔法使いの回復魔法を貫通させた。原理はわからないが、この動力源から放れたものであることは間違いない。こんな爆弾の前で魔王を放置するほど、善人を辞めたわけじゃねぇ。正義面するのは柄じゃないが、俺もお前らの青春劇に当てられたのかもな」


 自重気味に笑うシンは、少し若く見えた。無精髭が炭化して無くなったからかもしれない。


 シン・テーゼという男は最初から最後まで一貫していた。彼は生粋の魔法使いで、魔法学院側の人間だった。


「僕の話をします。最後まで黙って聞いてください。剣を振り下ろすかはそこから決めてくれませんか」


 シンの反応を伺うこともせず、僕は続きを話す。


「二階で軟禁されていた僕を誘い出すように、扉の鍵が開きました。ケプト殺害の容疑を晴らしたかった僕は、真犯人の手がかりを得るために死体を探しに展示室に来ました。地下への階段を隠す偽装魔法は解かれていて、すんなり入ることができましたが、その先ではテラスさんが死んでいました」


 救えなかったことは、言わなかった。シンにとって重要なのは事実だけだ。


「テラスさんの死因は、首の頸動脈を切り裂かれ出血死、或いはそれに伴うショック死といったところでしょう。凶器は僕が軟禁される際に押収されたナイフでした」


「ヤユ・オーケア。その話を聞いて、お前が犯人であるという確信が強まったぞ」


「シンさん、最後まで黙って聞いてといったでしょう。僕の話は終わっていません」


 一言も口を挟まないソクラの方を見る。彼女は何故か、満足げな笑みを浮かべた僕をずっと見ていた。


 どうやら、彼女の前を歩く姿として合格らしい。僕は自信を持って話を続けることにした。


「真犯人に僕は嵌められたんですよ。軟禁状態から解放したのも、偽装魔法を解いたのも、全ては僕に罪を被ってもらうためです。きっと、僕以外みんなのアリバイは用意されていることでしょう」


 ケプトの時とは違う、犯人を断定させる動きだ。真犯人は、どうしても僕を陥れたかったらしい。


 だが、その行動心理こそが、最大の証拠になり得る。犯人の思考が透けて見えた。


「シン先生。僕が何をいっても戯言にしか聞こえないのかもしれません。貴方にとって僕は魔王で、危険分子でも構いません。ですが、一つだけ言わせてください。僕は、真犯人の正体を掴めています。そして、第二、第三の難問の答えも判りました」


 彼の細い目が開かれる。少なくとも、最後の言葉は戯言とは受け取らなかったらしい。


 「何が狙いだ」と、シンは小さく呟く。大きく胸を張って、大声で返すことにした。


「第三回捜査会議を開いてください。そこで全てを明らかにします。晩餐会を終わらせましょう」


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