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67.世界の底に君がいた 1

「て、てめえ! ソクラ・スタウ! 俺にも攻撃が当たってんだよ!」


 左手が欠損し、無精ひげが焼き消え、全身が黒く炭化しているシン・テーゼは、白い煙を吹き出しながら叫んだ。全身の損傷は時間がかかるのか、回復魔法が間に合っていない。


「当ててるのだから当然じゃない」


「莫迦かお前! 魔力砲撃は魔王には効かないだろうが。魔法使いにだけ攻撃を当ててどうするんだよ!」


 「それに」と、シンは背後を指差す。部屋の中心にあるゼンマイ仕掛けの装置の横を魔力砲が通り過ぎたらしい。背面の壁が黒く焦げていた。


「この動力装置に当たったらどうするつもりだ! 誘爆して大爆発が起きるぞ。空島が落ちるだろうが!」


 ソクラはシンが何を言いたいのかわからないと言いたげに首を傾げた。


「だから、魔法使いにだけ当たる魔法で、動力装置を狙っているって言ってるのよ。わかるかしら、シン先生。次は動力装置の真ん中に魔力砲を放つわよ。これは脅しです」


 再び、手のひらをシンに向けるソクラ。冷たく人形のような表情は、彼女が冗談を言っているようには見えない。


 シンはソクラが本気であることを理解したのか、地面に転がったままの黒剣を消滅させた。今度は、彼の手元に再具現化されるようなことはなかった。


 だけれど、同意したわけではない。シンが僕らに向ける表情は怒りに満ちていた。


 僕もまた、シンと同じ気持ちだった。


 何故、ソクラはシンと敵対している。


 まるで、僕の味方のように振る舞うのは何故だ。


 ソクラはそれに答えるように意外な行動をとった。僕の足元に落ちたままだったナイフを屈んで手に取り、僕に渡してきたのだった。


「ヤユ、大丈夫?」


 先ほどまでと何も変わらない表情で、ソクラは僕の隣に立つ。


「おい、おいおいおいおい」


 ついに堪忍袋の尾が切れた。シンは怒気を含んだ声で叫ぶ。


「ソクラ・スタウ! ヤユ・オーケアは魔王認定されるべき存在だ。お前の今取った行動は、魔法学院そのものを裏切る行為になる。わかってやっているのか?」


「何を言っているか、さっきからわからないわ。シン先生」


「それなら、わかるように言ってやる。ヤユ・オーケアは、『吸血鬼』として前世で悪名高い殺人鬼だった。ケプト・ルーゼンを殺したのはヤユであるとされているし、何より、目の前のテラス・ムーアの死体をみろ。誰がどう見ても、どう贔屓しても、ヤユ・オーケアがテラスを殺したのは明らかだ。そうだろ!」


 白い煙が霧散する。喋っている間に、シンの回復は完了したらしい。無精ひげが焦げて消えたのか、中年の渋い男性が姿を現す。怒りで歪んだ表情が、より鮮明に見えた。


 全て、シンの言っていることが正しい。ソクラの行動は理にかなっていない。まったくもって訳の分からない奇行だった。

 何より、彼女が僕に手を差し伸べるほど、僕らの間に関係値があるわけじゃない。



 僕らは、まだ出会って二日しかたっていない。双子のように血が繋がっているわけでも、王族のように主従関係があるわけでもない。それなのに、ソクラは、何故。


 答えるように、重苦しいため息が漏れる。


「あのね。そもそも、シン先生とあたしでは前提が違うのよ」


「はあ?」


「シン先生がどんな目的で晩餐会に参加したかは以前話してくれたわね。異世界の研究の一環、つまりは知的欲求を満たすため。他の招待客も同じようなものかしら。でも、あたしは違う」


 ソクラは一息置く。僕は彼女が何を言おうとしているか何となくわかっていた。


「恵まれた人生で、欲望は何もない。これから先の人生も安定したもので、幸福のままあたしは死んでいく。あたしは、世界の底にいるの」


 「贅沢な悩みだ」と、シンは鼻を鳴らした。


「だから、刺激を求めて殺人鬼側に付くと? 笑わせてくれる。魔法使いの名門スタウ家の血筋というだけで世界の上澄だというのに、それ以上を望むとは。戦争を、魔王の恐ろしさを知らない、子供の発想だ」


 シンの怒りの形相に冷や水をかけるように、ソクラはため息を吐いた。「ほらね」、と呟く。


「シン先生、貴方の言ってることは、きっと正しい。あたしが強欲なのもわかっているつもりよ。だけれど、そんな言葉は聞き飽きた。みんな同じようなことを言うのだもの」


「それが事実だからだ」


「ええ。でも、ヤユだけは違った」


 ソクラは、僕を見る。何物にも染まることがない、純真無垢な瞳だった。


「共感してくれた。初めて、あたしの気持ちを理解してくれた。安い同情じゃない。転生者として、一度世界に見切りをつけたものとして。世界の底で、あたしの隣に立ってくれた。元より、この世界のことなんてどうでもいい。人が死んだとか、昔人殺しだったとか、知ったことじゃない」

 

 赤髪の少女は前を向く。シンへ、魔法使いへ、この世界の正し者へ、手を構える。


「魔王側についたっていい。あたしは、今、ここで、誰が隣にいるか。それ以外興味ないの」

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