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66.僕はやってない 2

 シン・テーゼは人間を見る目をしていなかった。冷徹に、弁明の余地すら与えずに、魔王を殺す。

 彼のその姿は正しく魔王討伐戦線として僕が立つ場所だった。


 言い訳を発する権利は僕にはない。

 恨み言を吐き捨てる時間もなかった。


 シン先生が一歩踏み出す。一メートル程度の前進に思えたその所作で、僕らの距離は五十センチほどまで迫っていた。


 何かしらの魔法による五メートルの跳躍。距離を詰め、肉弾戦に持ち込む。宣言した通り、シンは魔王との戦い方を熟知しているようだった。


 天国の魔王を討伐した臨時勇者部隊の一人、ソクラの叔父にあたる魔法使いと同級生とか言っていた。教授という肩書きからインドアな引きこもりだと思っていたが、想像以上に武闘派だ。


 僕は刃渡二十センチの愛用しているナイフを左に持つ。勿論、死ぬつもりはない。死ぬことの価値のなさは、転生したから理解している。

 

 反撃するしかない。


 僕が左手でナイフを向けるのと同時に、シンは黒剣を振り下ろした。右手のひらにナイフを乗せ、黒剣を受け止めようとする僕の全身に強い衝撃が走る。


 ステンレスのような薄い見た目をしているにも関わらず、米俵を投げつけられたような重さがある。とてもじゃ無いが、受けきれない。



 具現化魔法。密度と体積を掛け合わせたときに質量は求められるが、魔法の前に物理法則は沈黙する。仮想の質量を持つ黒剣は、転生者達の意表を突く。


 右手を下げ、ナイフを斜めにすることで黒剣を受け流す。軌道がそれた黒剣は、その重量に従い地面に突き刺り、一瞬の隙が生まれる……、ようなことはなかった。


 僕の肉体を切り裂けないとわかった瞬間、役割を果たしたとばかりに剣が黒い霧になって消えた。


「え」


 思わず、唖然の声が漏れる。視線を上に戻すと、シンが再び黒剣を振り下ろすところだった。


 具現化魔法の真髄は、実在しないことにあるのか。具現と消滅を自由に行う黒剣の動きを予想することはてわきない。


 再具現化も即座にできるのならば、これこそが魔王に対する戦い方の模範解答だ。流石は教授といったところか。


 だけれど、僕だって伊達に魔王討伐戦線として戦い続けてきたわけじゃない。魔王を倒すやり方を熟知しているのは僕だって同じだ。それは、自分の弱点を理解していると言っても過言ではない。


 それこそ、数多の方向から同時に砲撃を受けたことだってある。架空の手を生み出した魔法使いから無数の斬撃を受けたこともある。


 何故、僕がこの世界で生きてこれたのか。


 それは、死の嗅覚を感じ取れるからだ。


 土壇場で加速する感覚は、『吸血鬼』時代に研ぎ澄まされていたものだ。吸血活動を行うために人を殺した。見殺し続けてきた。

 

 生と死ぬ狭間。切り替わる瞬間が僕にはわかる。故に、咄嗟の判断で回避することができる。


 今回も、例外ではない。


 受け流しきれなかった衝撃から左手のナイフを手放す。同時に、振り下ろすモーションをしていた右手で空中のナイフを掴み、勢いを殺さず突き進む。


 直後、黒剣が地面に衝突した。今度は、僕に当たると思っていたからか、消滅させなかったのだろう。苦悶の声がシンから漏れる。既に、その場に僕はいなかった。


 右手のナイフはシン先生の太ももに突き刺さり、そこを軸に全身を足からシンの股下へスライディングしたのだ。彼の下を潜り抜ける時に、肉体を削りながらナイフを抜き取り、そのままの勢いで立ち上がる。


 こちらを見るのは、忌々しい外的を睨む魔法使いの姿だった。黒のズボンに滲んでいた赤い血液は一瞬で消え、回復魔法が起動したのか白い煙が舞っていた。


 無精ひげの隙間から、白い歯がちらりと覗かせる。落ち着いて僕の戦力を図ったのだろう。そして、大したことがないと結論付けたのかもしれない。


 それは当たっている。魔王の怖さは、未知の技術にある。魔法使いの常識を超えた初見殺しの攻撃は、回復魔法すら貫通する可能性を秘めている。しかし、僕は底の知れた『吸血鬼』だった。


 魔道具はなく、武器は刃渡り二十センチのナイフ一本。見方もおらず、持久戦に持ち込めば魔法使いが負ける道理はない。


 全てわかっているから、シンはこちらを見て様子をうかがっていた。どうせ、僕のできることなんて二通りしかない。ナイフの投擲か、距離を詰めて肉弾戦か。シンはカウンターをできる自信があるのだ。


 実際、速攻攻撃を得意としている僕にとって初見でいなされてしまったのは絶望的だった。


 男同士の視線が交差する。


 痺れを切らしたのか、手数が無数にあるからなのか。シンは、黒剣を肩にかけた。距離は五メートル近くある。斬撃を飛ばすことができるのかと警戒した僕の目の前に、黒剣が回転しながら飛んできていた。


 投擲。僕が考えるようなことはあちらも考えられる。


 慌てて転ぶように地面に伏すようにした僕に、無精ひげの男は勢い良く詰め寄る。背後の壁に突き刺さる筈の黒剣は既に消滅していて、男の手のひらに収まっていた。


「じゃあな、『吸血鬼』」


 一刀両断するべく、シン・テーゼは黒剣を振り下ろす。死の嗅覚が強く反応していても、地面に打ち付けられている僕は身動きが取れなかった。


 二度目の死が目前に迫ってくる。


「ちょっと」


 しかし、死の匂いすら吹き飛ばす、一筋の光が僕とシンを飲み込む。全身を襲う風圧と鼓膜を震わせる異音。巨大な光線は、宛ら天国の魔王がペテロを滅ぼした時のような圧があった。


「あたしを置いて何をしているのよ」


 天才魔法使い、ソクラ・スタウは、無表情で掌をこちらに向ける。


 光は、二度僕らを襲った。


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