63.第二のXX 3
異世界の門の正体は前世を映す鏡である。
原理はわからない。科学でも、魔法でもない。ただ、そこに前世の姿を映すオカルトな物体。
ゼンマイ仕掛けの銀色の装置の両端にある二つの棺桶。その一つに、ケプトの死体が入れられていた。そして、棺桶は鏡によって作られている。
これは、何を意味している?
自分の理解を超える情報量だった。
僕の足元に転がる少年の死体は、ケプトが入れられる前までは、棺桶の中に安置されていたのだろう。それを入れ替える形でケプトが入った。
否、ケプトを箱の中に入れたものがいる。これは、オルタで間違いないはずだ。ケプトの死体を見つけたと報告した際、オルタ自身が「死体は半自動魔道具に処理させておく」といっていた。
しかし、まさかこれが只の棺桶であるわけがない。異世界の門によって作られた謎の装置には、必ず意味がある。
中央に浮く球体。ゼンマイ仕掛けの装置で、死体のある棺桶に続く不可思議である。近づいて気が付いたが、球体の下は透明になっていて、一メートルの円状のガラスが敷かれていた。その下には、雲が広がる。
そういえば、ここは空島だった。東京タワーのガラス床みたいだなと、場違いなことを思い出す。情報が多すぎて、キャパシティを超えてしまっているのだ。
こういう時こそ、落ち着け。僕は何をしに地下に来たのだ。第二の難問の手がかりをつかむことも重要だが、それよりも優先するべきことがあるだろう。
ケプトを殺したのは誰か。残された証拠の一つが被害者の死体だろう。再び棺桶の前に立った僕は、背面の鏡に触れないように細心の注意を払いながら、死体を物色した。
ワインレッドのロングドレスの中央には赤い柄の包丁が突き刺さったままで、刃元の血は乾ききっていた。刃渡り何センチの包丁かわからないが、少女の薄い胸板を突き刺すには十分な長さだろう。もしかしたら、背中からは先が突き出ているかもしれない。
『警察官』テラスは死因を「出血死、あるいはそれに伴うショック死」と断定していたが、こんなもの心臓が破裂して即死に決まっている。まあ、そこはどうでもいい。
魔法ではなく、物理的な殺害方法であることには変わりはないのだから。
穏やかな表情が殺害が一瞬の出来事であることを物語っている。緩やかな死であれば、苦悶に満ちたものになっているはずだ。
ケプトは死ぬことが決まっていた。殆どそれと同意味なことをオルタは言ってたが、どこまで覚悟したらこんな死に方ができるのだろうか。まるで、寝込みに襲われたかのような死に方だ。
悩む僕を、背面の鏡の向こうにいる天野ヒトミが見つめる。ケプトの死体の近くには、いつも異世界の門があるな、と考えた僕を、天野ヒトミが笑ったかのように見えた。
そうだ。そうじゃないか。
ケプトは、異世界の門に触れていたのではないか?
異世界の門ーー鏡に触れたものは魂が吸われる。前世の姿で、鏡面の内側から抜け殻の肉体を見ることになる。
回復魔法があるからか、魔法使いは直ぐに魂が肉体に戻る。けれど、転生者は自由を失い、再び肉体が鏡面に触れるまで身動きが取れなくなる。
以前、僕が試した時は、ソクラが隣にいたから元に戻れた。
しかし、ケプトが鏡に触れた時、隣にいたのが殺人鬼ならばどうだろうか。
魂が鏡の中にある状態で殺された?
寝込みに襲われたというのは間違いではないのかもしれない。それならば、覚悟の現れもよくわかる。
これならば、鉄製の仮面から音が鳴らなかったことにも説明が付く。オルタは娘の発言内容を管理するために、鉄製の仮面を取り付けて盗聴していた。その彼女が、娘の死に気が付かなかったのも、ケプトの肉体が抜け殻だったからだ。
加害者の手がかりは一向につかめないが、被害者の動向はこれで説明ができる。
ケプトは食堂で配膳をした後、衣装室に戻った。そこで異世界の門に触れて、魂が抽出された。もう一度鏡に触れることで戻るにもかかわらず、肉体は動かない。誰かの助けが必要だった。
しかし、最初に訪れたのは殺人鬼だった。殺人鬼は肉体に包丁を突き立てて、抵抗することのできないケプトを殺した。
ケプトは殺されるために、わざと異世界の門に触れたのだ。殺人を誘発したともいえる。
その理由は、第二の難問に絡んでくるのだが、そこで足元に転がる謎の少年の死体だ。
晩餐会が始まる時点で死体がゼンマイ仕掛け装置に入れられていた。つまり、この装置を動かすのには、人間の死体が必要なのではないか。
オルタに投げかけた質問を思い出す。
「異世界の門を開くには、転生者と魔法使い、両方の死体が必要だった」
そして、ゼンマイ仕掛けの装置の両端にある二つの棺桶。棺桶の中には異世界の門と同じ素材の鏡……。
なるほど、そういうことか。
「これは、異世界の門を開くための装置ということか」
そのために、二つの死体が必要だった。転生者の死体はケプトのものを用意できる。残すところは、魔法使いの死体……。
ふと、僕の目の前にある棺桶、その反対側を見る。もう一つの棺桶、その中には何が入っているのだろうか。
アドレナリンが、一気に抜ける感覚があった。全身を包む高揚感が薄くなり、現実を直視する。
地下の扉を開けた時に鼻を刺激したあの匂い、新鮮な血液。ケプトの体から流れていたそれはとっくに固まっていて、既に赤黒くなっている。足元の少年は、そもそも外傷がない。
それなら、この匂いは、右側の棺桶の中から香っているのではないか。
ギリ、ギリと歯車が回る。装置は僕の疑問に答えるように、ゆっくりと動く。飛び込むように駆け出し、もう一つの棺桶の蓋を開く。
目の前を、赤が染める。
中から液体が噴き出した。僕の目を、鼻を、口を、舌を、鉄の香りのする赤い物体が塗りつぶす。
「ば、ばかな」
箱の中は、現実とは思えない光景が広がっていた。
前世から今世にかけて、正義を貫いていた男がそこにはいた。
顔と胴体を切り離すように、首筋には割れ目があり、そこから噴水のように液体が溢れ出ている。
『吸血鬼』を歓迎するかのように、吹き出す血液は勢いを増した。
カラン、と足音で音がする。
地面には、刃渡二十センチのナイフーー僕が持ち込んだ武器が、赤く濡れて落ちる。しかし、僕の目は棺桶の中に釘付けだった。
『警察官』テラス・ムーアは瞼を閉じ、動かぬ姿で棺桶の中にいた。




