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62.第二のXX 2

 地下は奇妙な作りになっていた。


 まるで、階段から距離を取ろうとしているかのように、長い廊下が一直線に続く。両脇の壁は無機質な白色で染まっていて、間に扉はない。十メートルほど先に、両開きの扉が聳え立っていた。


 僕は駆け足で廊下を抜ける。


 両手で全身を擦り付けて扉を開く。室内から重苦しい空気が逃げ出すかのように廊下に流れ出てくる。それに血の匂いが混ざっていることは、深呼吸をせずとも気がついていた。


 ケプト・ルーゼンの死体が安置されていることは想定内だ。だけれど、それにしても香りが強い。


 伊達に『吸血鬼』と揶揄されていたわけではない。血が発する匂いが、肉体から飛び出てどのくらい時間が経ったかくらいわかる。


 まだ乾ききっていない。それどころか、殆ど酸化していないような気もする。死んだ直後か、まだ生きているのか。


 高鳴る胸を落ち着かせるために、一度深呼吸をする。そして、再び息を飲んで部屋の中に足を踏み入れた。


「なんだこれは……」


 随分と奥行きのある部屋だった。展示室……、いや食、堂を超える。魔王城の中では一番大きいだろう。しかし、それでも窮屈に感じるほどの重圧感があった。


 部屋の中心を占める巨大な銀色の何かが、僕を見下ろす。十メートルほどの大きさを誇る物体は銀のゼンマイ仕掛けでできており、科学の賜物であることが想像できる。だけど、僕は地球で同じものを見たことがない。


 中央には銀色の球体が浮かんでいて、それを両端から支えるように銅色のパイプが繋がっている。

 パイプは両端に伸びていて、棺桶のような四方系の箱が二個ある。その間を敷き詰めるように無数の歯車が犇めいていて、時折動いて回っている。


 地球にない物体ならば、魔道具である。だけど、僕はこの世界でもこのようなものは見たことがなかった。


 ギリ、ギリとゆっくりと動く歯車の音に、正気を取り戻す。そうだ、先ほどから視界に入っていたというのに、あまりにも未知の物体に目を奪われてしまっていた。


 左側にある四方系の箱の手前に、誰かが倒れている。病服のような質素な白い服。ケプト・ルーゼンはもう少し派手な服装をしていた。こんな服を着ている人間を招待客の中でも見たことがない。


 というか、子供?


 僕とケプト以外の?


 駆け寄った僕が顔を覗かせると、濁り切った瞳がこちらを見た。スーパーの水産売り場でパックに詰められている魚の方がましな目をしている。完全に死んでいる。


 体をまさぐると、目立った傷は見当たらない。出血をしているわけでもなく、死因は刺殺以外の何かだろう。


 それは、ケプトによく似た少年だった。栗色の髪も、吊り上がった目尻も。ケプトの双子の弟と言われても違和感がない。唯一違う点としたら、年齢だった。


 ケプトは十歳を超えた少女だったが、こちらの死体は五、六歳程度だろう。幼少期の成長は著しいので、その差は歴然だった。


 オルタ・ルーゼンの息子? 死体をずっと地下に隠していた?


 わからない。今まで、彼女の口から息子を匂わせるようなことは一度もなかった……、いや、いやいや。一つだけあるじゃないか。


 ケプトの自室、ベッドの数がおかしかった。僕たち招待客の部屋には一つしかないベッドが、二つあったじゃないか。あの部屋は、息子と娘が利用していたということになる?


 これが、第二の難問を解くヒントになるのだろうか。


 僕の目線は、自然と死体の前に向けられた。何故、死体が地面に放置されているのか。その意味を、面前のゼンマイ仕掛けの物体が教えてくれたような気がした。


 中央の球体と、両端に斜めに立つ二つの四方系の箱。その前に少年の死体が横たわっている。まるで、箱の中から飛び出したかのようではないか。


 意を決して、箱を触る。ひんやりと冷たく、隣できしむゼンマイの振動が伝わってくる。四方系の箱の中央に取っ掛かりを見つけたので、それを勢いよく上へ引いた。


 棺桶のような、ではなく。その箱は棺桶だった。


 ケプト・ルーゼン。顔から生気が抜けた少女は、健やかな表情で眠っていた。大人がすっぽり入る大きさの箱なので、背面がよく見える。だからこそ、ケプトの死体の背後からこちらを覗く、黒い瞳に直ぐに気が付いた。


「うわ!」


 思わず声が漏れる。僕を見つめる黒い瞳も、僕に驚いたように目を大きく見開く。


 口を手で隠すと、相手もつられるように同じ動きをする。一度呼吸をして、改めて相手を見ると、随分と見慣れた顔だった。


 僕である。

 といっても、ヤユ・オーケアではない。



 純白のセーラー服を赤黒く染めた、手先まで隠すほど長い黒髪。

 つまり、『吸血鬼』天野ヒトミだった。


 いや、注目するべきところはそこではない。


 僕は慌てて箱から距離を取る。触れてしまっていたら、意識が飛んでいたことだろう。


 棺桶は、内側が『異世界の門』と同じ鏡でできていた。


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