60.前世の亡霊 3
有明家全焼事件。『放火魔』菅原コウが引き起こした放火事件は無数にあるとされているが、その中でも一番の大罪、連続放火魔事件の最初が有明家だった。
家主の有明ヨシヒロを始めとして、妻、娘、そして息子である有明サトルと思われる死体が四つ見つかった。死体は死因が特定できないほど損傷していて、警察は放火魔殺人と結論付けた。
有明家殺人事件の直前に、後の連続殺人鬼『吸血鬼』天野ヒトミが関わっていることは警察が追えるはずがなかった。当然だ。あの放火は、『詐欺師』がアサインした事後処理の一環で、『吸血鬼』は一切の関与をしていない。
『詐欺師』は大女優天野メグミとの契約で、天野ヒトミのすべての殺人の秘匿を依頼していた。有明サトルを殺したのが『吸血鬼』であることを知っている人間は少ない。
だからこそ、その事実を第一回捜査会議で公言したカオルは、有明サトルの転生体であることは疑いようがない、筈だった。
でも、そうじゃない。事実を知っている程度のことでは、僕は騙せない。
有明サトルが天野ヒトミを売る、その行為自体、ありえない話だ。
サトルくんが、僕を陥れることをするはずがない。第一回捜査会議中に、天野ヒトミの加害性を説明し、その正体を暴こうとすることは決してない。
本物の彼ならば、天野ヒトミの存在に気が付いた瞬間に暗躍を始めるはずだ。一人で正体を突き止め、僕に問いかける。「ケプト・ルーゼンを殺したのは君か」、と。
そして、再び包丁を手に取るだろう。僕を救えるのは自分しかいないと、サトル君ならば考えるに決まっている。
カオルは有明サトルではない。最初からわかっていたことだったけれど、こうして会話を交わして確信に変わった。
それでも、カオルに対して怒りを覚えることはない。少しの時間だけ、サトルくんと話せたような気がした。寧ろ、感謝の念を伝えたかった。
「カオルさん。貴女、誰なんですか?」
僕の問いかけに、カオルの表情は一変する。先ほどまでの作ったような朗らかな表情は崩れ、口角が歪む。黄金の瞳を大きく開き、にんまりと笑った。
「くくく、あはははは」
晩餐会が始まって以来、一番の笑い声だった。心の底から、面白いものを見たかのように、嬉しそうな声が上がる。
「ええ、ああ、そうなんですか。あははは、気が付いていたんですか。くふふ、なるほど、流石は『吸血鬼』、悪魔の一人だ。有明サトルの名前を出せば簡単に操れると思っていましたけれど、一筋縄ではいきませんね」
「有明サトル以外の名前を出していれば、分かりませんでした。それこそ、お母さんの名前を出したりしていたら、疑いすら持たなかった」
「なるほど、本物の愛ってやつですかぁ」
「それで、誰なんですか。サトルくんを僕が殺したことを知っているのは、サトルくん本人か、あの現場にいたお母さん、それか『詐欺師』、三人しかいません。でも、貴女が『詐欺師』でないこともわかります」
『詐欺師』が直接表舞台に立つことはない。あの黒服の男は、悪魔達の橋渡し役として、舞台袖で腹を抱えて笑っているタイプだ。誰かを陥れたいのならば、直接手をくだすことはない。
お母さんである線は残っている。大女優だった天野メグミが誰かを演じる可能性は高い。だけれど、信じたくなかった。
確信はない。お母さんが最後まで何を考えていたか理解できなかった。それでも、僕を陥れるようなことはして欲しくない。
四人目の線に、僕は逃げることにした。願望に近い。
「『詐欺師』と契約した別の悪魔ですか。まさか、『怪盗』だったりしませんよね」
『怪盗』なら、少しだけ嬉しいと僕は思った。有明サトルが天野ヒトミの理解者ならば、『怪盗』は『吸血鬼』の理解者だった。
しかし、カオルは首を振る。
「わたしは誰でもないですよ。強いて言えば、ダルフ国召使いのカオルです。そういう役回りでここに立っているので。『詐欺師』風に言うならば『舞台役者』とでも名乗らせていただきましょうか」
前者か。『詐欺師』と契約した新たな悪魔。多少の落胆はあれど、それ以上の感情は湧かなかった。
カオルもこれ以上は語ることはないといわんばかりに、微笑む。意外なことに、素の彼女は表情豊からしい。「それじゃ」と食堂の中に顔をひっこめた。
「そろそろ、捜査会議が始まりそうなので、わたしは戻りますね。『吸血鬼』さんも、この場を離れたほうがいいんじゃないですか。『警察官』が来てしまいますよ」
その言葉を残し、食堂の扉は閉まった。僕はもう一度、「ありがとうございました」とだけお礼をいって、背を向ける。
こうして、カオルと話ができたのは僥倖だった。胸の底で詰まっていたわだかまりが解消されたような気がした。
転生しているのかわからないサトルくんのことを思いながら、展示室に向かう。
これから先、本物のサトルくんに会うことがあるだろうか。異世界の門や転生なんて不可思議なものがある世界のことだ。可能性がゼロとは言い切れない。
その時こそ、胸を張って名乗ろう。僕は魔王討伐戦線三番隊副隊長、ヤユ・オーケア。生まれ変わって、サトルくんに見合う正しい人間になったのだ、と。




