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59.前世の亡霊 2

 有明サトルについて語らせていただきたい。


 銅燐高校一年生、陸上部。三歳下の妹がいる。僕とは中学からの同級生で、恋人関係にあった。


 僕は有明サトルの事を愛している。思春期のど真ん中にいた十六歳の僕は心の底からそう考えていたし、実際に行動に移していた。


 恥ずかし気も無く「好き」だと伝え、毎日会いに行った。僕の欲望が歪んでいなければ、順当に大学に行き、僕らは結婚して子供までできていたはずだ。


 天野ヒトミも愛されていた。僕の求愛にサトルくんは真摯に答えてくれていた。僕が不安になる様な事は、十二月二十五日の事件が起こるまでは一度もなかった。


 『吸血鬼』という明確な弱みを隠していた僕はさておき、サトルくんは全てを曝け出してくれていた。

 僕らは相思相愛で、理解者だった。


 だからこそ、十二月二十五日が起きた理由も、後から考えれば納得のいく話だった。


 サトルくんは包丁を突き出し、僕を殺そうとしていた。「せめてこの手で」と涙ぐみながら『吸血鬼』を討伐しようとするその様は、魔王に堕ちた転生者を救う勇者そのものだった。


 彼は、僕を助けようとした。しかし、僕は八歳の時から『吸血鬼』で、九歳から殺人鬼だった。人殺しを悪とするサトルくんにとって、人殺しが日常の僕は取り返しのつかない位置にいた。


 前置きが長くなってしまった。

 有明サトルという男を語るにあたってこれだけは押さえておいてほしい。


 有明サトルという男は、愛する者を救うためならば、殺人をすることも厭わないということだ。天野ヒトミを救う方法が「死」しかないのならば、泣きながら包丁を握る。


 天野ヒトミが自己を第一とする死生観を持った悪魔ならば、有明サトルは他者を第一とする死生観を持った天使だった。


 以上。説明終わり。


 現実に戻ろう。


 ダルフ国第三王子の召使、カオルは暗がりの廊下に半身を突き出し、僕を見た。

 有明サトルは天野ヒトミを見た。


 止まっていた時計が動き出した気分だ。十二月二十五日の事件の被害者と加害者が再び対面する。


 話したいことは沢山ある。聞きたいことも沢山ある。

 それでも、僕らは無言だった。お互いの目を見て、何かを考えるように口を紡ぐ。


 今はこれでいい。気持ちの整理がついたら、真っ新な一人の少年として再び話したい。ヤユ・オーケアとカオルとして、この世界の話をしたい。


 僕の純真無垢な思いがカオルに届いたのか、彼女は薄く口を開く。


「ひとみ。軟禁されているって聞いていたけど、どうして外にいるんだい」


 これが、生まれ変わってまともに交わす初めての会話だ。有明サトルが天野ヒトミに送る、最初の問いかけ。


 指摘の通り、僕はケプトの自室に軟禁されているべきだ。外側から施錠され、食堂の前に来ることなんて出来るはずがない。


 その問いに対し、僕は「扉が開いたんだ」と真実を伝えた。


「誰かが、扉を開けてくれたんだと思う。どんな狙いかわからないけれど」


「そうなんだ。次は、誰を殺すつもりなのかな」


「そうね……」


 ヤユ・オーケアとして男口調で振る舞うことはなかった。天野ヒトミとして素の僕がそこにはいた。


「僕はもう、誰も殺すことはないよ。というか、生命の選別をする資格がない。ただひたすら、悪魔を狩り続ける。それが、僕がこの世界に生まれた理由だ」


「ケプト・ルーゼンを殺したのはひとみじゃないの?」


「勿論」


「ふうん」


 どこか興味なさ気にカオルは頷く。食堂から漏れる逆光のせいで彼女の表情はよく見えない。それでも、何を考えているかは何となくわかった。


「あの、サトルくんはどうしてここに来たの? アラン王子の付き添いの転生者として呼ばれたと思うのだけれど」


「生まれも育ちもダルフ国だからね。子供の時に、王子に拾われて、それからずっと召使として仕えているんだ。だから、晩餐会の相方として選ばれるのは当然だった。ひとみも同じようなものじゃないのかい」


「僕は……、まあ、そうかも。魔法学院の転生者は僕しかいなかったから、だよ。ねえ、もう一つだけ聞いてもいい?」


「なにかな」


「僕のこと、恨んでる?」


 ずっと聞きたかったことだった。サトルくんのことは最初から最後まで理解できていたけれど、最後の先、つまりは死後のことまでは想像がつかない。


 僕が警察署の前で自殺してから十年が経った。サトルくんが僕に殺されてからも、それ以上の時間が経っている。


 過去を振り返るには十分だった。


 僕の問いかけに、カオルは眉を顰めた。言葉に詰まっている様子だったので、僕は一歩前にでる。


 視線が揺らぐ。僕の目を見て、黄金の瞳は薄くなっていった。


「そう、だよね」


 自分で納得したように、僕は頷いた。


 最初からわかっていたことだった。それでも、否定したかった。カオルと話して、もしかしたら僕の勘違いだったのかもしれないと思いたかった。


 それでも、現実は非常だった。いや、僕が贅沢を望んでいただけだ。少しだけ夢を見てしまっていただけだった。


 食堂の扉の前で、僕たちは見合った。カオルが何かを喋ろうとしていたので、それを手で遮った。


「カオルさん、ありがとう」


 天野ヒトミではなく、ヤユ・オーケアとして感謝を告げる。ほんの少しだけ、淡い夢を見してくれたことに、心の底からお礼を言った。


 有明サトルにもう一度会えるなんてことが、一瞬でも実現したような気がした。それだけで十分だった。


「でも、もう大丈夫です」


「なにがだい、ひとみ」


「有明サトルの演技をする必要はない、といっているんです。カオルさん。貴女、誰なんですか?」


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