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57.歪な母娘 4

 ソクラが魔法の原理を説明してくれた事があった。


 魔法に必要なのは、道筋と資源である。こうしたい、ああしたいというイメージから逆算して道を作り、そこに魔力を流すことで発動する。

 

 魔法はあらゆる現象の模倣だ。道筋も資源さえ用意できれば、誰でもどんな魔法でも使えることができる……。

 まあ、お金さえあれば何でもできると言っている高層ビルに住む富豪みたいな話で、それが難しいのだけれど。

  

 オルタほどの金持ちならば、資源など幾らでも用意できるだろう。それなのに晩餐会を開いたのは、彼女が『異世界の門を開く』魔法を発動する道筋がわかっていなかったからだ。

 だからこそ、自身と同じ立場の招待客を集め、知恵を借りようとした。


 ソクラの考察である。僕も同意見だったし、晩餐会に参加している他の招待客も同じ考えだったろう。


 だけれど、逆だったらどうだろうか。


 異世界の門を開く道筋は知っていた。だけれど、資源が足りなかった。そのために、八人の人間を招待した。


 全ては、異世界の門を開くため。生贄として僕たちは呼ばれたのだ。


 そして、殺人鬼もまた、異世界の門を開くためには死体が必要だと気がついた。ケプトが選ばれた理由まではわからないが、遺書を持っているやつを殺すのは容易だ。


 オルタは、殺人鬼の真意を理解していたから放置している。彼女は、殺人鬼ならば第三の難問を全て解き、異世界の門を開いてくれるのではないかと期待しているに違いない。

 

 僕の問いに、オルタは答えなかった。沈黙そのものが殆ど答えた同然ではあったが、彼女なりのルールらしい。

 典型的な魔法使いだ。自己的で、他人の不利益はどうでもいい。そして、自分の立場が揺らぐようなことは絶対にしない。


 晩餐会を開催した真の目的を認めてしまうと、弱みになることを理解しているのだ。だから、沈黙を貫いた。

 まあ、その時点で弱みを見せたも同然だった。僕という孤立した人間に気づかれたのが不幸中の幸いだと思ったのか、オルタは多少は融通を利かせてくれるようになった。


 その弱みを利用させてもらう。これ以上言及しない代わりに、招待客の面々を食堂に集めて貰うことにした。

 第二回捜査会議と言ったところか。ケプトの遺書を回収しなかったという一つの根拠だけで、捜査を振り出しに戻して貰うよう脅した。


 勿論、そこで僕が弁明をするわけでも、真犯人を糾弾するわけでもない。というか、その集まりに僕が参加することはない。


 捜査会議の議題はなんでも良かった。招待客を食堂に閉じ込め、僕が自由に動ける時間さえ作ってくれれば。


 再び、ケプト・ルーゼンの自室に戻った僕は、キャビネットを荒らしてまわっていた。ストレス発散ではない。真剣に第二の難問に向き合うことにしたのだ。


「先に第二の難問を解いてくれませんか?」


 という、オルタの真っ当なお願いに苦笑が漏れてしまう。いったいこいつは何をしているんだと呆れたことだろう。


 殺人鬼を捕まえて無実を証明する。魔王討伐戦線としての責務を全うする。僕の行動原理は、オルタの狙いと真反対な位置にある。


 彼女からしたら、殺人鬼を応援しているし、魔王討伐戦線など出て行って欲しいのだ。


 だからこそ、僕は啖呵を切ってこう言ってやった。


「異世界の門も、娘さんを殺した犯人も、全部僕がなんとかしますよ。魔王討伐戦線にお任せあれ」


 そう言い切った僕に、オルタは目を細めて「いい加減、刃物をどかしてください」と返した。何か、相手にされていないような気がしたが、どうでもいい。


 オルタにとって、僕は底の知れた転生者だ。経歴や目的が全て透けていて、魅力を感じていない。


 僕にとってオルタも同じだ。彼女の目論見は明らかになったし、束縛対象ではあるけれど、優先順位は低い。

 僕らはお互いに興味がない。だからこそ、ビジネスライクな関係で居続ける必要があった。


 とはいえ、第二の難問を解くのは、自分のためでもある。


 「門の存在に気が付いた経緯は何か」。これは、殺人鬼の動機に直結しかねない。殺人鬼は第二の難問を解いて、人を殺す必要があると理解したはずだ。


 土俵に立つためには、他の招待客と同じ目線にならなければならない。


 何となくではあるが、第二の難問の答えは近づいていると思う。


 天国の魔王が死んでから十年後に、オルタは動き始めた。オルタにとって異世界の門に関する出来事が二回あったはずだ。

 

 一度目に異世界の門の存在に気がついて、二度目に死体の必要性を理解した。


 二度目のタイミングで晩餐会を開いたと考えれば、一度目にも何かしらの能動的なアクションをしていたはずだ。


 一年か、二年か。それよりも前か。

 その間にも天国の魔王城は浮かび続けていた。オルタは何をしていたのだろうか。


 ケプトの自室には、過去に関するものは何もない。彼女が日記帳を残していれば話は早かったが、あるのは医療器具とキングベッドが二つ。ケプトの私物と思われるものは一切無かった。


 まあ、ケプトの存在が秘匿されていた事実がある以上、彼女が魔王城から外に出る機会はそうそう無かったのだろう。菅原コウが少女の姿でオシャレをするイメージも湧かない。


 強いていうならば、この医療品が遺品になる。回復魔法が前提となるこの世界で、ここまでの医療品を集めたのは、天国の魔王の趣味か、ケプトが何かしらの病気を患っていたか……。


 ふと、ケプトの声が聞こえたような気がした。展示室にある地下への階段を降りる僕たちを呼び止めた時のことだ。

 何故、僕らの邪魔をするのか、オルタと目的は違うのかと問いただしたら、ケプトは目を伏せてこんな事を言った。


『勿論、母上と同じだよ。異世界の門を開くために協力できることは何でもする。俺ができる唯一の親孝行みたいなものだしな』


 歪な親子関係。母は娘に関心が無かったけれど、逆も同じだとは限らない。菅原コウは、転生した先の母に、特別な感情を抱いていた。


 それが家族愛だとは思わない。相手は血も涙目も燃やし尽くす『放火魔』だ。産んでくれた程度の母に感謝などするわけがない。


 思えば、僕はオルタ側の目線に立ってばかり考えていた。魔法使いで母親という、到底理解できない立場だというのに。


 目線を合わせるのならば、魔法使い、転生者、悪魔であるケプトの方だ。僕ならば、彼女の気持ちを分かってあげられるかもしれない。


 悪魔として死んで、転生して。新たな人生を前に、自分を拒絶する母を見て何を思うか。


 何を……、って、あれ。


 思考が宙ぶらりんになって止まった。宛ら、首吊り死体のように。


 首吊り死体?


 その瞬間、脳に一本の線が走ったような気がした。過去と現在、点として独立していたものが、無理やり繋がった感覚。


 オルタ・ルーゼンと似ている存在を知っている。僕は最初から知っていたんだ。


 大女優天野メグミ。『吸血鬼』である娘を拒絶した、母親。


 歪な母娘は、天野家と同じだった?


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