56.歪な母娘 3
整合性が取れない感情の起伏を見せていたオルタではあったが、最初から娘が死ぬ前提で晩餐会を開催したとなれば納得ができる。
ケプトが死んだ時に無関心な態度を貫いていたのは、死ぬことを知っていたから。
娘の前世を公開して「死んで当然だった」と突き放したのは、娘を殺した犯人を探さない理由を作るため。
その後、娘と同世代の僕を見ながらワインを飲み、は寝てしまった事は、流石にわざとではないだろう。時間が経って、自分が思ったより娘の死を意識していたことに躍りいたかもしれない。
未だにベッドの上で僕に覆い被されられているオルタは、首元に突きつけられた医療用メスから目を逸らしてため息を吐いた。
「認めましょう。ヤユさん、貴女の言っていることは正しい。わたくし達は、どちらかが死ぬ可能性を考慮した上で晩餐会を開きました。ケプトが死んだ時は、本心から『そうですか』と言ったんですよ」
「オルタさん自身が死ぬ場合もあったんですね」
「転生者を四人呼ぶ時点で、魔王が来る事は殆ど確定しています。魔法使いだからと言って慢心する事はありませんでしたよ。でも、ヤユさん。この話をわたくしにする意味は何ですか? ケプトが天野ヒトミに殺される予定だったなんて、貴方自身が殺したと自白しているようなものじゃないですか」
「いえ、ケプトが残した手紙が遺書だと判明した以上、僕が犯人でないと身の潔白を証明したも同然です。何故なら、あの手紙は回収されずに死体に残っていたのですから。僕が殺したのならば、『天野ヒトミ』なんて弱みの書かれた手紙は破棄していたに決まっているじゃないですか」
手紙に天野ヒトミと書かれていたから、捜査会議が開かれた。『吸血鬼』ならばケプトを殺してもおかしくない。少なくとも、警察官であるテラスはそう判断した。
それに、有明サトルの転生体ーーダルフ国召使カオルがいる。彼女の存在は、ヤユ・オーケアを殺人鬼に仕立て上げた。
手紙が公開されることは、僕にとって致命的だった。僕は軟禁扱いだし、誰も話を聞いてくれない。
『貴方が転生者で、天野ヒトミで、殺人鬼で、『吸血鬼』だからですのよ』
オルタが先ほど言った言葉だ。これこそが、オルタが僕を白だと理解してくれる隙だった。アリバイや密室トリックは置いておいて、人として犯人を探す手掛かりにもなる。
「ヤユさんがわたくしを信じてくださる理由は何なのですか? それこそ、ケプトが死ぬ前提で晩餐会を開いたのならば、わたくしこそ筆頭容疑者でしょうに」
「勿論、その可能性も考えましたが、オルタさんがケプトを殺す意味は本当にないんです。ケプトの存在は公になっていなかった。殺意があるのならば晩餐会の前に殺しておけばいい。誰かに罪をなすりつけるにしても、犯人を探すことに消極的過ぎた」
オルタがケプトを殺したのならば、その後の行動が杜撰すぎる。あそこまで完璧な密室トリックを作った殺人鬼と同一人物とは思えない。
彼女は「わかりましたから、刃物をどかしてください」と文句を言って来る。お互いを加害者候補から外した上で、それでも僕はメスを突き立て続けた。
「はあ。ヤユさん、貴女のことがわかりかねます。もしかして、先ほどの話とは関係なく血を飲みたいということですか?」
思わず突き刺してしまいそうになったが、我慢する。性欲に支配された変態だと思われているのは心外だ。
「違いますって。僕は魔王討伐戦線としてここに立っていると言ったでしょう。貴女が殺人鬼でないことは理解していますが、殺人を前提とした晩餐会を開いたこともまた事実。何を企んでいるか、教えていただきましょう」
魔王城内にいる九人のうち、僕を含めて二人が容疑者から外せたのは大きな進歩だが、これから殺人を犯す可能性があるのがオルタ・ルーゼンだ。
殺人を許容する彼女の存在は危険だ。ここで捕縛してしまいたいところだが、持ち込んだ魔道具は全て壊れてしまった。今は、『吸血鬼』天野ヒトミという前提知識があるのでメスを突き立てるという脅しが効いているが、回復魔法によるゴリ押しを止める手段は僕にない。
案の定、僕の狙いは空振りに終わった。オルタは一切の恐れを見せずに、「話せることは何もありません」と突き放した。
「正確には、すべて話した、ですけれど。わたくしの狙いは最初から言っている通り、『異世界の門を開くこと』ですのよ。それ以外のことは第三の難問に分けてお答えをすると決めています。第二の難問を解けていないヤユさんは、先にそちらに取り掛かってもらわないと」
軌道修正。殺人鬼の捜索を行う僕が気に入らないのか、頬をぷくりと膨らませるオルタは不満気だった。医療用メスに接触した白い頬から赤い線が浮き出て、僕の鼻を刺激する。鉄の匂いが脳内をゆっくりと染め上げていき、思わず舐め取ろうと突き出た舌を、自身の歯で抑える。
口の中で血の味がした。オルタの挑発に耐える事ができた。僕は動揺を隠すために、「それじゃあ」と話を続ける。
「オルタさんかケプト、どちらかが死ぬことを前提に晩餐会を開いた、ということも『異世界の門を開くこと』に関係があるのですか?」
僕の問いに、オルタの表情は色をなくした。メスから離れた頬は、ジュという短い音を立てて艶のある肌に戻った。彼女は少しだけ口角を上げて、「第三の難問の答えに抵触するので答えられません」と返した。
「それなら、ケプトが死んだことも、異世界の門を開くために必要だったから許したんですか?」
「第三の難問の答えに抵触するので答えられません」
「晩餐会を開いたのは、死体が必要だったからですか?」
「第三の難問の答えに抵触するので答えられません……、あの、ヤユさん。本当にお願いします。先に第二の難問を解いてくれませんか? そしたら、幾らでもこの話し合いに付き合いますので」
「それもそうですね。それなら、最後に一つだけ。異世界の門を開くには、転生者と魔法使い、両方の死体が必要だった。だけれど、オルタさんは死にたくなかった。だから、晩餐会で魔王を呼び寄せて、殺人事件を誘発させた。違いますか? 異世界の門を、開かせようとしていた」
目を大きく見開く。今までの投げやりな回答をする時とは明らかに違う、新鮮な反応だった。僕はここぞとばかりに畳み掛けることにする。
「オルタさん、貴女は既に第三の難問の答えを解いていますね?」




