53.存在証明 2
天国の魔王城二階、ケプト・ルーゼンの自室。被害者として推定有罪を突きつけられた僕は、密室に軟禁されていた。
ドアノブを捻り、引く。昨夜の衣装室のように中に引っかかっているわけではなく、単純に施錠されているだけのようだ。
硬く滑らかな材質の白い扉を開けないことには、何も始まらない。とはいえ、昨夜のアラン王子のように、扉を粉微塵に破壊するような芸当はできない。魔法の使えない僕には、物理的に扉をどうにかするしかないのだ。
この部屋に閉じ込められる前に、持ち物は全て回収された。魔王討伐戦線で使っていた主要武器ーー刃渡二十センチのナイフがあれば、どうにか穴を開けられただろうが、軟禁される際に没収されていた。
タックルして扉を押し倒すことも、堅固な建物である魔王城には通用しない。そもそもヤユの小柄な体ではびくともしないだろう。
「それよりも、何で鍵がついているんだよ」
防犯目的で施錠をするなら、外に鍵をつけるようなことはしない。外側につけるとしたら、罪人を収監する鉄格子か、動物を鑑賞する檻くらいな物だ。
いや、実際にそうなのだろう。
オルタ・ルーゼンはケプト・ルーゼンを外敵だと考え、自室に閉じ込めておいた。マスクを着用させ、発言内容も管理した。
オルタにとって、娘は動物であり罪人だったのだ。
その前提を踏まえて部屋を見渡すと、確かに牢獄が近いかもしれない。
室内は客室で共通の大きなキングベッドが二つ、机、椅子、壁際に沿うように置かれたキャビネットだけだ。
浴室や便所があるので生活には困らないが、室内は余白が多く、生活感がない。本当にここに住んでいたのかが疑わしい。
キャビネットの中には、透明な液体が入った小瓶が大量に敷き詰められている。半透明のチューブなど見慣れない物が多く入っている。
小瓶は全て未開封で、使われた形跡はどれもない。見たことがあるのはガーゼ、鋏、ピンセット……、医療器具だろうか。天野ヒトミ時代は、病院とは縁が無かったので解像度が低い。
他には、見慣れない四方形の魔道具がいくつも入っていた。これらの使用用途はわからないが、医療用なのだろうか。
というか、回復魔法があるのに、物理的な治療をしてどうする。この世界は外科医が消えた世界だぞ、と一人で文句を呟こうとして、辞めた。
この部屋は『放火魔』菅原コウの転生体の自室だ。転生者は回復魔法どころか魔法を使うことすらできない。ケプトが怪我をすれば、物理的な治療が必要になる。だから、医療器具があるのはおかしくない。
僕はどうでもいい疑問を振り払い、銀色に輝く鋏とピンセットを取り出した。
鍵穴に差し込んでどうにかできないか試行錯誤する。僕は『怪盗』のようにピッキング術を持っているわけではない。それでも、やる価値があると思った。
単純な構造ならば鋏の先端を捻るだけで開錠できるが、今回は複雑なものらしい。ピンセットの先端を入れて上手くいくことを願うしかなかった。
ガチャガチャ。
手を動かしつつ、脳内は事件について考える。ケプト・ルーゼンを殺した犯人と、それに伴う密室トリック。第一の殺人の密室はマネキンを扉の前に大量に並べるという物理的なものだった。
ケプト・ルーゼンはこの部屋に閉じ込められて生きてきた。そして、死ぬ時も密室だった。人を炎の壁で閉じ込めた『放火魔』が送る、第二の人生としては皮肉が効いている。
「あれ、でも……」
扉が開いたわけではない。奇妙なずれに気がついた。
ケプト・ルーゼンの行動はオルタによって徹底的に管理されていた。発言内容は鋼鉄のマスクで盗聴され、監視カメラで挙動を見られている。
しかし、それは密室で軟禁されている僕よりは幾分もマシだ。ケプトは招待客を迎えるために地上に降りることもあった。
ここにある医療器具達だったそうだ。ケプトを制限するものではなく、治療ーーつまりは自由に生きていかせるための道具だ。
その割には、オルタは娘が死んだことに驚きもしていない。ともすれば、やけ酒をして寝たりもしている。
娘に対するチグハグな対応。ケプト・ルーゼン殺害事件に直接関係があるかはわからないが、無視できない違和感だ。
ガチャ。
「は?」
思考を遮るように、音が聞こえた。鍵穴からである。
ピッキングに成功したわけではない。ピンセットの先端でガチャガチャと音を鳴らしていただけで、右に回していない。
それなのに、開錠の音がなったということは、単純に外に誰かがいるということだった。
「誰ですか?」
咄嗟に、鋏を構える。
殺人鬼が僕を殺しにきた? 『放火魔』だったからケプトを殺したとしたら、『吸血鬼』である僕も殺害対象に選ばれても不思議ではない。
殺人を責める権利は僕にはない。だが、ここで大人しく死ぬわけにもいかない。まだ、贖罪が足りていない。
医療器具があったのは運が良かったかもしれない。相手が人間ならば、刃物が一つあればいくらでも殺せる。いくらでも対抗できる。
扉の外から反応は返ってこない。それならば、こちらから先手を取らせてもらおう。
扉を勢いよく開き、ピンセットを廊下の壁に向けて投げつける。視線誘導ができていることを祈りながら、スライディングをするように廊下へ出た。
相手に殺意があれば、足首を切り付けるなど抵抗をするつもりはあった。だけれど、鋏の刃が赤で濡れることはなかった。
空を切った。
廊下には誰もいなかった。




