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52.存在証明 1

 僕の決意表明は、テラス・ムーアの怒りを加速させるだけだった。警察官にとって、天野ヒトミというレッテルは重い。僕が何を言おうと戯言にしか聞こえないだろう。

 それでいい。他者に理解される必要はない。

 テラスは僕との会話を諦めたのか、カラスが兄の説得に成功したのか。一つの足音が扉の向こうから聞こえた。

 その代わりに、先程まで僕を問い詰めていた男と似た喋り方をする女性の声が聞こえた。


「ねえ、ヤユ・オーケア。わたしからも一つ聞いていいかしら」


 カラス・ムーアだった。扉越しとはいえ、彼女と話すのはこれが初めてだった。

 僕に拒否権はなく、了承すると何故か震えた声が返ってきた。


「貴方の話の中で、『悪魔』って言葉が度々出てきたけれど、この世界で魔王として猛威を振るっている転生者は、みんな悪魔だったの? それとも、悪魔だから、魔王になるの?」


 転生者にして絶対的正義側の男を兄に持つ魔法使いは、僕の話を聞いてより深く異世界を理解した。

 だからこそ、不思議な疑問が生まれたのだろう。


 この世界で転生者という存在は、精神疾患として処理される。名を上げたものは皆、魔王という悪名を持って異世界を証明してきた。

 しかし、蓋を開けてみれば、魔王となるものは皆、前の世界でも悪魔ときて生きていたのではないか、という疑問だ。


 生まれ変わっても、己が道を変えられない。悪魔が魔王になるのは道理だった。


 だけれど、僕は否定する。


「ヤユ・オーケアとして答えさせていただきます。転生者なんて括りは、本来必要がありません。僕はヤユで、テラスさんはテラスさんです。前世何をやっていたかは、関係ない」


「悪魔や魔王なんて言葉は、後付けでしかないってこと?」


「はい。貴女のお兄さんの言っていることは正しい。例え、信念も、復讐心があっても。同情できる過去があっても。殺された相手が魔王でも、悪魔でも。殺人は許されることではありません」


「それを殺人鬼である貴方が言っても、説得力に欠けるわね」


「ええ。ですから、今から証明してみせます。前世で悪魔で殺人鬼だった僕でも、この世界では正義になれるってことをね」


 「そう」と、納得したのか、整理がついたのか。カラスは小さな足音を立てて扉の前から去っていった。

 魔法使いとしてソクラを煽っていた彼女とはまるで別人のようだった。テラスという正義そのものである兄を持つ彼女もまた、何かしらの葛藤があるのかもしれない。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 宣言通り、僕は証明するしかない。

 ケプト・ルーゼンを殺した犯人を捕まえる。僕が魔王でないことを伝えて、正義になるしかない。


 決して、天野ヒトミだった過去は消えない。だけれど、ヤユ・オーケアとして正しく生きてきた十年間だって、消えやしない過去なのだ。


『弱みを人に見せてはなりません。利用されるだけなのだから』


 いつまで経っても、お母さんの言い分は正しい。

 僕が監禁されているのは、魔王城二階、元ケプト・ルーゼンの自室。外側から鍵が掛けられていて、自力で外に出ることはできない。これは、他でもない殺人鬼にとってあまりに都合が良い。


 僕に注目が向いている間に、自由に動ける者がいる。殺人鬼は僕の弱みを利用したのだ。


 だが、逆にいえば、僕は安全な立場を隔離したとも言える。


 天野ヒトミは連続殺人犯なのだから、ケプト・ルーゼンを殺していてもおかしくない。そんな浅い方程式で僕の処遇は決められた。密室のトリックや全員にアリバイがある絡繰絡繰が解けたわけではない。


 僕の処遇は一時保留に過ぎない。僕がいるおかげで自由に動ける殺人鬼は、次の事件を起こすまで僕を放置するだろう。


 その間に、テラスは裏取りをする筈だ。密室トリックが暴かれれば、僕の疑いは払拭される可能性はある。だけれど、僕が解かなければ意味がない。


 天野ヒトミは死んで、ヤユ・オーケアという正義の味方がいるということを、世界に示さなくてはならない。


 僕が犯人を見つける。魔王討伐戦線の任務の延長線上でもあり、僕の存在証明でもある。


 初めて、生まれ変わったような気分だった。ここまで冷静に物事を考えたことは、前世を遡ってもないだろう。


 だが、頭の冴え具合に反して現状は単純だった。

 容疑者ヤユ・オーケア。吸血鬼天野ヒトミの転生体にして、推定有罪。ケプト・ルーゼンを殺したと確定できる証拠が出るまでは軟禁状態だ。


 ここから外に出ないことには、何も始まらない。


「まずは、この密室からか」

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