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47.悪魔達の協奏曲 1

 翌日。

 新聞の一面を飾ったのは、「大女優天野メグミの娘、殺人容疑で逮捕」、では無かった。


『有明ヨシヒロさんの住宅が全焼し、四人の遺体が見つかった。県警は二十六日、現場の状況などから放火殺人事件と断定し、捜査本部を設置した』


 「近隣住民は夜中の不要な外出は控えるように、警戒を呼びかけています」、とニュースキャスターの冷めた声がリビングに響き渡る。


 テレビから漏れ出る音を無視するように、咀嚼音が続く。朝の食卓を囲むのは、三人。

 瞼を閉じてトーストを食べる母、何にも手をつけずに頭を抱える僕、そして満面の笑みを浮かべながらコーヒーを啜る黒服の男だった。


 天野家の食卓に割り込んだ異質の存在こそ、昨夜に母が手配した男だった。

 母の電話相手は警察では無かった。契約をすると言って呼びつけた相手は、性別以外何もかも不明な黒服の男だった。


 昨夜の出来事は一生色褪せることのないトラウマになるだろう。動かなくなった血塗れのサトルくんを見下ろし、男は貼り付けた仮面のような笑みを浮かべた。「君たちは自室に戻りなさい」という黒服の命令に従っていると、翌日には綺麗さっぱり死体と血の跡が消されていた。


 そして、先ほどのニュース、有明一家全焼事件である。僕が殺した痕跡は全て燃やされ「無かった事に」された。


 黒服の男は、ニュースを見届けた後、何も言わずに天野家を去った。母もまた、何事もなかったかのように食事を済まし、化粧を始めた。一言も会話をせず、僕のことも見ることはなく、女優として社会へと出ていく。


 僕もまた、学校に行くしかなかった。


 教室内は大騒ぎだった。


 皆の哀れみの視線が僕に突き刺さる。元より孤独だった僕だったが、彼氏の焼死は溝を深めるだけだった。何より、クラスメイトという身近な人間の死は、高校一年生にはセンシティブ過ぎた。


 結局、僕のクラスは休学になった。午前中のうちに、帰宅する。少し早いが、冬休みへと突入した事になる。


 家に帰っても。一睡もできずに夜を明かしても。何も食べずに気絶しても。


 母が家にいないのはいつも通り。僕が睡眠不足なのも、食事を取らないのも、いつも通り。


 何も変わらない日常が僕を出迎えていた。


 それはつまり、食欲睡眠欲に依存していない僕のライフサイクルが続行しているという事で、性欲だけが肥大化していった。


 いやあ、全く、難儀な欲望である。こんな状況になっても、血が飲みたいと思うなんて。

 十六歳、思春期、精神の形成時期に生じた愛する者を自ら殺してしまったという業。天野ヒトミは欲望に依存する事で精神を保とうとしていた。


 人殺しが悪いのもわかる。取り返しがつかないのもわかる。だからこそ、僕は前に進むしかなかった。


 で、また失敗する。前々から目をつけていた老婆を殺し、首元から溢れ出る血液を喉に流していたときのことだった。僕の精神状態を反映するかのごとく、影が差した。


 背後には、黒服の男が立っていた。


「おっと、騒がないほうがいい。わたしは何もするつもりはないよ。それとも、ここで自滅するかい」


 殺人を見られたのは連日続いて三回目だった。

 一昨日の殺人はサトルくんが見ていた。彼は僕の行動を否定し、終わらせようとした。

 昨日の殺人は母に見られた。母は責任を放棄し、沈黙を貫いた。

 殺人という絶対悪に対する行動として、二人は正しかった。


 だが、この男は違う。彼は、僕が血液を飲み干し、穴に埋めるまでの一連の流れを腕を組みながら興味深そうに観察していた。そして、「悪くない」と肯定した。


「その若さでここまで堕ちているとはね。流石は天野メグミの娘といったところだ」


「通報しないんですか」


「まだ、メグミとの契約は切れていない。君の悪行の隠蔽はわたしの仕事だ」


 言われなくてもわかっていたことだ。黒服の男がサトルくんの死体を自宅に戻し、火をつけて、彼の家族ごと焼却した。


「それは違う。わたしは何もしていない。あれは、菅原コウという悪魔がやったことだ」


「悪魔?」


「そう。仮初の平和の水面下で、災いをもたらす社会の敵。正当な理由を持たず、悪行を善行のように繰り返す犯罪者。数多くの人間を不幸にしていることにも気づかず、自分本位で闇の浸食を続ける。そんな彼らのことを、わたしは悪魔と呼んでいる。天野ヒトミ、君もその一人だ」


 反論はできない。僕は悪魔と揶揄されるべき存在だ。


 それに、有明一家全焼事件のことを責め立てる権利は、僕にはない。放火魔と僕は、手段が違うだけで悪行ということに変わりはなかった。


 老婆の埋葬が終わり、下山している最中。前を歩く黒服に「貴方はなんなんですか」と疑問をぶつける。


 母と深い関係があるのは間違いなかった。母が頼った最終手段。殺人現場を見ても物怖じせず、死体の処理から放火魔の手配まで行う闇の支配者。


 悪魔という存在がいるのならば、彼はその王にふさわしい存在に見える。いうなれば、魔王。


 令和に君臨した魔王は、背中を見せて語る。


「わたしは『詐欺師』だ。人を殺すことも、生かすこともしない。話術が得意な、ただの橋渡し役に過ぎない」


「お母さんに、お金を貰ったってことですか」


「金銭のやり取りは勿論あるが、それは契約の過程に必要なだけだ。わたしも君と同じだよ。君が快楽のために血液を飲むのと同じく、わたしは安眠したいだけなんだよ」


 平和な社会に、僕たちのような悪魔の居場所はない。もっと闇に堕ち、地獄の景色を作り出さなくてはならない。その先でなければ、男は熟睡できない、らしい。

 三大欲求の一つである睡眠欲に翻弄される『詐欺師』は、同じく一つである性欲に狂わされた僕と同じであると、彼は断言した。


 意味が分からなかった。だが、彼の言う通り、僕の性的欲求も他人に理解されるとは思っていない。男もまた、ただの悪魔だった。


 なるほど。母は、娘の悪行を隠蔽するために悪魔と契約したのか。それがどんな意味を示すのか、僕は薄々気が付いていたけれど、深く考えないようにしていた。


 翌日。新たな火災が発生した。死者は二名。若い男女の夫婦だった。


 さらに翌日、隣県の老夫婦の家が燃えた。有明サトルの祖父母にあたる人物だった。


 僕の殺人を隠蔽する一環なのか、別件なのかはわからない。もしかしたら、昨夜殺した老婆に関係するのかもしれない。


 真実はどうでもいい。連続放火は結果に過ぎない。すべては、悪魔の契約から始まった。


 母もまた、理解していたのだろう。悪魔との契約の末に行き着く結末を。


 あれだけ美しかった母は見る影もなく、焦燥に満ちていた。それでも、自分の存在価値を証明するために女優業は休むことなかった。


 年が明け、冬休みが終わったころ。久しぶりの制服に袖を通し、階段を下りてリビングに向かった僕の目に、全てから解放され宙に浮く、自決した母の姿が映った。


 悪魔との契約が切れた瞬間だった。


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