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45.天国と地獄 1

 再三言うようだが、僕はサトルくんと付き合い始めてから浮かれていた。毎日が天国にいるかのように輝いていたし、明日が来るのが楽しみで仕方がなかった。


 家に帰ってからも、ずっとサトルくんのことを考えてぼうとしている。天井を見つめ、昂る気持ちを抑えながら、でもやっぱり、体は火照っていく。


 性的欲求が抑えられなくなる。これは、八歳のあの事故の日から度々起こることだった。


 興奮を鎮めるには、赤に染まるしかない。つまり、血を飲むしかなかった。だけど、八歳の時のように歩いていたら偶然血の湧きスポットに辿り着くようなことはない。


 だから、僕は人を殺すことにしていた。


 人選にこだわりはない。老若男女、血の鮮度などどうでもいい。僕は食欲を満たすためではなく、性欲で動いていた。


 欲望が満たされた後は、酷く冷静になる。潤った喉と、出血死した死体。山に埋めるなど、全知力を総動員させて死体を隠蔽した。


 一年に一回程の頻度で人を殺していた僕だったが、その年は違った。九月に一回、十一月に一回。そして、本日。十二月二十四日に一人、年に三回と我ながらハイペースである。


 サトルくんの指摘通り、僕は深夜に外にいた。

 殺したのは、帰り道の公園にいた中学生の男の子だ。前々から深夜徘徊をしていたことからマークしていた。

 二十四日の夜もブランコの上で黄昏ていたので、声をかけて山に連れ込んだ。後はいつも通り、包丁で足首を切り裂き、身動きを取れなくする。

 暴れる男の子の首に垂直に包丁を突き立て、溢れ出る血を舌で受け止める。血液が飛び出す音、ざらりとした舌触りに興奮しつつ、男の子の痙攣が弱まっていくのを見届ける。


 後は穴に埋めて終了。スキップ混じりで帰宅した。


 その一部始終を、サトルくんに見られていた。


 サトルくんは、僕がクリスマスプレゼントを貰ったことがないことを知っていたのだ。だから、玄関にこっそりプレゼントを置こうとしてくれていた。


 それなのに、家から抜け出してどこかに行くものだから、僕を尾行することにした。そして、殺人の瞬間を目撃した。


「恥ずかしいところ見られちゃったわね」


 赤くなる頬を隠しながら、サトルくんを見つめる。今更、秘密がバレたとしても何の問題もなかった。


 他人に弱みは見せてはならないが、愛する人に対しては問題ないと母から教えてもらった。

 僕は、天野ヒトミは、有明サトルを愛している。彼の前で隠し事をする必要がない。サトルくんになら、弱みを利用されても構わない。


 どうせ、いつかは話すつもりだったのだ。タイミングが早まった。それだけのことだ。


 サトルくんは驚いたように目を開き、「何のために」と小さな声でつぶやいた。


「昔からの習慣かな。八歳の時に色々あって。それから続いているの。でも、人に話すのはサトルくんが初めてだよ」


 サトルくんじゃなかったら本心で話すことはできなかった、貴方は僕にとって特別である、と。


 決して、やましい気持ちがあったわけじゃない。こう言ったら、きっと喜ぶだろう。そんな楽観的な思考で、僕は愛について語った。


「いくつか質問していいかい」


 しかし、何故か。サトルくんは喜とは正反対の表情を浮かべた。彼は深刻そうに眉間に皺を寄せる。


「殺した相手とは面識は無い、誰でも良かった?」


 答えはイエス。


「死体を隠した理由は?」


 警察に捕まるから。


「今まで何回やった?」


 具体的な回数は覚えていない。


 「最後に」とサトルくんは一問一答の時間を締め始めた。何を聞きたいのかよくわからなかったが、サトルくんが満足するのなら幾らでも答えるつもりだった。


「無差別殺人を繰り返す理由は何なんだ。警察に捕まる可能性があるのに、習慣というだけでここまで無事でいられらるわけがない」


「裏手の山は私有地で人が入ることはないんだよね。地主は海外に行っていてしばらく帰ってこない。山に埋めるのは手間だけれど、そこまで誘導すればいい。頑張って隠してきたから、ここまでこれたのよ」


「ひとみをそこまで動かす原動力は何なんだ」


「別に、みんなと同じだよ」


 誰しも、悪いことはしている。清廉潔白な人間など、世界中探しても一人いるかいないか、その程度の存在だ。


 後ろめたいこと、犯罪として定義されていること、常識的に嫌悪されていること。誰しもが日常的に行っていて、それを表にしたものから淘汰されていく。


 お母さんが言っていたことは真理だ。弱みを見せてはならない。利用されたら、お終いだ。


 僕は弱みを見せた相手を利用しただけ。仕方がない話だ。社会とは見せかけの平和で成り立っている。


「ちがう」


 低く重みのある声だった。三文字の言葉の意味は、咀嚼するまでも無く理解できた。僕の考えの全否定。


 でも、僕はそれすらも仕方がないと思った。寧ろ、嬉しかった。

 人が今まで隠していた秘密を吐露したのだ。どうであれ、同意するのが正しい選択である。


 それを、サトルくんは反発し、火種を産んだ。見せかけの平和を拒否するやり方だ。僕に対して、弱みを見せてくれた。


 それってつまり、僕を愛していると言っているのと同義だ。信頼しているからこそ、否定してくれた。意見を食い違うのは仕方がない。僕とサトルくんの間に、見せかけは必要ないのだから……。


「殺人だけは違う。ダメなんだよ。失われた命は戻ってこない。取り返しがつかないんだ。見せかけの平和は成り立たないんだ」


「どうして? 今までも、僕は平和に暮らせてたじゃん」


「それは、奪ったものから目を逸らし続けているだけだ。現実逃避……、いや、ひとみにとっては、最初から現実なんて無かったのか。そうか……。もう、手遅れなんだな。今まで気がつかなくてごめん」


 平和じゃ無くていい。僕はサトルくんを愛している。衝突することの一つや二つくらい、乗り越えていけばいい。

 そう思っていたはずなのに。


「せめて、俺の手で」


 先程までとは違う、揺らぎのない真っ直ぐな瞳。表情に反して、震える右手でサトルくんは包丁の刃先を僕に向けた。


 ケーキという幸せを分割するために持ってきた包丁は、僕らの関係を切り裂くために使われた。


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