41.自供
令和の時代に生きていて、『放火魔』菅原コウを知っている警察官、テラス・ムーア。当然のことながら、天野ヒトミについては熟知していて、殺人鬼が転生者に紛れていることも理解していた。
きっと、カオルと事前に打ち合わせをしていたのだろう。カオルが有明サトルならば、天野ヒトミは僕かティールの二択だ。
そのために、転生者が前世を話さなければならない状況を作り上げた。
捜査会議の目的は、最初から天野ヒトミを炙り出すことだった。今回の結末は、ケプトが残した手紙がテラスに渡った時点で確定していた。
理由は簡単だ。天野ヒトミの正体を暴けば、イコールでケプト・ルーゼンを殺した犯人も見つけられる。何故なら、天野ヒトミは殺人鬼だから。
素晴らしい。テラス・ムーアの作戦に僕はまんまと嵌められたわけだった。いや、カオルーー有明サトルが仕組んだことか?
前世を最初に語り始めたティールもぐるだったのかもしれない。
何もわからない。そして、興味もなかった。
あの場に居続けることはできなかった。処刑台の上で執行される瞬間を待ち続けるのは耐えられない。
何より、隣に座るソクラの存在が僕に白旗を上げさせた。彼女に天野ヒトミの悪行を知られたくなかった。それだけだ。
勿論、時間稼ぎにもなっていない。僕は拘束、監禁され対処を保留することが決まり、空き部屋となったケプト・ルーゼンの自室に閉じ込められた。今頃、食堂で僕抜きで集まった八人によって、天野ヒトミの説明がなされていることだろう。
ソクラはどう思うだろうか。同じ世界の底を知った同士だと思っていた人間が、単純に殺人の末に人生が詰んだだけだと知って、失望しただろうか。
どちらにせよ、再び僕の人生は詰んだ。
「死のう」
最初からこの選択を取っていれば良かったのかもしれない。呑気にヤユ・オーケアとして十年間生きながらえていたのがおかしかったのだ。
幸い、死に方はよくわかっていた。僕は一度、自殺を成功させている。魔王討伐戦線として使用する武器ーー小さなナイフは押収されてしまったが、死に方なんていくらでもある。
そういえば、お母さんの死因に合わせるのも悪くない。
恐怖もない。というか、それに至っては前世からなかった。人を殺し続けてきた僕が持ってはいけない感情だと自覚していた。
ただ、経験しているが故の弊害があった。ベッドのシーツを紐状に巻いている手が止まる。
「あ」
頭を抱える。耳鳴りも頭痛もなく、正常な思考で僕は絶望した。
この世界のことは大体わかった。僕の居場所はなく、罪が消えることはない。だから、来世に行くことは道理である。
それじゃあ、次は?
来世ではうまく行くのか?
過去の過ちが消えないのならば、死に贖罪の価値はないの。自殺しても、また同じことの繰り返しになる。
何度死んでも、僕が天野ヒトミだった過去は消えない。転生することは、リセットすることができないという意味だ。
僕は最初から詰んでいた。
十年前のヤユ・オーケア誕生からではない。そのさらに前、十六年前に天野ヒトミが生まれた時から間違っていた。
僕人に生まれるには早過ぎたのだ。
光の灯らない闇に染まった部屋の中で、茫然とベッドに横たわる。死ぬ気力すら僕から離れて行った。
「天野ヒトミ、聞こえているか」
冷徹な声が、僕の瞼を無理やり開く。寝ていたわけではないけれど、思考はぼんやりと現実を否定していた。だが、声は確かに僕を呼んでいた。
テラス・ムーア。元警察官にして、滅亡した北国の生き残り。この世界でも、あちらの世界でも、正義の味方。
「聞こえてますよ」
「何故、殺した」
いつの話をしているのだろうか。心当たりがありすぎて、僕は「すいません」と本心を伝えることしかできなかった。
僕の謝罪はテラスにとっては求めていたものではなかったらしい。彼は扉を大きく叩き、「すいません……、だと?」と声を張った。
「お前はあれだけの人を殺していながら、申し訳ないと思っていたのか? 狂人的な思考があったわけでも、歪んだ信念があったわけでもなく、理性的に人を殺したとでも言うのか?」
理性的じゃなかったら、人なんて殺していない。殺人は過程で目的ではなかったから、計画的だった。そんな解答こそ、テラスの求めていたものではないだろう。
「すいません」
語れるような目的も、同情されるような過去もない。
最初から最後まで、僕のせいで、僕だけが悪かった。
天野ヒトミに罪状は言い渡されていない。裁判に掛けられれば死刑は免れなかっただろうが、被疑者死亡で不起訴になった。
だが、犯した罪は消えない。
殺した人数は、三十以上で、
飲んだ血液の量、百リットルを超えた。
日本社会を恐怖のどん底に落とした天野ヒトミが、吸血鬼などと揶揄されるのは当然の結果だった。
自白する。
自供する。
罪を告白することしか、僕にできることはなかった。




