40.自白
驚愕の声を上げたのは誰だったろうか。複数が重なっていたような気がするが、少なくともその一つは僕だった。
転生者にとって前世の名前など、英雄か悪党の二つしか意味を持たない。だが、テラスによって前置きされていた今、ただの一般人である有明サトルに意味がついてしまった。
元より、前世の恨みでケプトを殺したのではないかという、動機の話し合いだった。
ケプト・ルーゼンの前世は放火魔で、彼の連続放火の始まり、有明家全焼事件の被害者が登場した。
誰でもわかる簡単な方程式だ。菅原コウの放火で死んだ有明サトルの転生体、カオル。菅原コウの転生体であるケプトを殺すには十分な動機である。
だが、僕だけは全く違うことで頭が爆発しそうだった。
本日二度目の血の気が引く感覚。貧血かもしれない。圧倒的に血が足りていない。
「ヤユ・オーケアさんの前世とわたしは同級生のようですね。同じく、都内の私立銅燐高校一年生、部活は陸上部、塾や習い事には通っていません」
青ざめた僕に追い打ちをかけるように、カオルは淡々と話を進める。
「死因については訂正させてください。焼死ではなく、刺殺になります」
「確かに、有明家全焼事件では、有明家全焼事件では、死因が特定できないほど死体は限界をとどめていなかった。しかし、刺殺だと。菅原コウは燃やす前に被害者と接触していたのか」
警察官としての記憶を掘り起こすテラスではあったが、カラスは首を振った。
「いえ。わたしは菅原コウという方を存じていません。恐らく、その方はわたしの死体を燃やしただけなのでしょう。わたしは全く別の殺人鬼に殺されました」
「そして」と、彼女は言葉を止める。ここから先が重要なことだと強調するように。判決を言い渡す直前のように。もしくは、ぼくが自殺をするだけの時間をくれたのかもしれない。
そう思ってしまうほど、長い時間のように感じた。実際には二秒ほど貯めただけだったが。
「この食堂の中に、前世でわたしを殺した犯人が紛れ込んでいます。テラスさん。先ほど話をしていた、ケプト・ルーゼンが付けていた仮面に隠された紙があったでしょう。それを皆様にお見せください」
カオルの声に応じたテラスが、一枚の血塗られた紙を取り出す。それは、確かにケプトが僕に渡そうとしていた紙だった。
招待客全員が見えるように、右手で白い紙を突き出す。魔法使い達にとっては馴染みのない言語で書かれたそれを見るために、ティールが駆け寄ってくる。
この世界に来て日本語に触れる機会などない。見間違いではないと、何度も見直す。不思議と、ティール以外の誰も立ち上がらなかった。
僕はもはや、顔を上げることすらできなかった。瞼を閉じ、浅い呼吸を整えることで精一杯だった。
紙に書かれた内容までは知らないが、誰に向けられた物なのかはわかる。そして、カオルーー有明サトルの物言いから、手紙の中に宛先が書かれていることは見なくてもわかった。
ヤユ・オーケアに対してではなく。『放火魔』菅原コウから『吸血鬼』天野ヒトミへ送る一通の手紙。
名前が割れた。割れてしまった。それだけを避けておけばいくらでも嘘をついて逃げることができたのに。決定的な証拠を押さえられてしまった。
「そうです。有明サトルは、天野ヒトミという殺人鬼に殺されました。そして、天野ヒトミが招待客の中に紛れていることは、ケプト・ルーゼンの残した紙が証明していますね」
「誰なんだ、その、アマノヒトミという奴は」
「王子。それは、わたしの口から語るよりも、テラスさんに答えてもらいましょ」
手紙の内容を理解したのか、取り繕う必要がない段階まで来たのか、テラスは紙を机に叩きつけた。警視庁捜査一課の警察官として天野ヒトミと同じ時代を生きていたテラス・ムーアにとって、この状況は耐え難い物なのだろう。
招待客の中に、天野ヒトミがいる。それだけで、血が沸き立つほど怒りが込み上げてくる。
カオルの頼みを無視して、テラスは招待客一人ずつに視線を飛ばす。誰が天野ヒトミなのか、探るかのように。
憎しみに満ちた目だ。ケプトの前世と関係のある人間を探すという本筋から逸脱した展開を、軌道修正しようとする者はいなくなった。
あまりの豹変振りに、妹のカラスが声をかけるほどだった。ここは魔法使いが半数を占めているのだから、転生者が自国の話で盛り上がれば置いて行かれてしまう。落ち着いて、みんなが分かるように話して、と。
少ししたら冷静になって、テラスは事情を説明することになる。そうなれば、僕はお終いだった。
天野ヒトミの罪状が並べられるだろう。
殺人を隠すために、『放火魔』が動いたのも事実だ。天野ヒトミと菅原コウとの関連性を見出され、ケプト・ルーゼン殺害の容疑者筆頭に選ばれることになる。
不思議と、頭痛も耳鳴りも止んでいた。酷く静かで、湖の上に小舟で浮いているかのようだった。死期を悟ったとも言える。無気力に、全てを諦めようと思った時、声がした。
「ヤユ、大丈夫よね?」
本日二度目の問いかけ。青ざめた僕の顔を見たからか、それとも不穏な食堂の展開に不安になったから。今度はどちらの意味を成しているのかまではわからない。
ただ、彼女の菫色の瞳が一直線に僕を見ていることだけは変わらなかった。純粋に、冷静に、僕を心配している。
ソクラ・スタウという少女はいつもそうだ。取り繕うことをせず、実直に行動に移す。嘘をつくこともせず、一度僕を信じると決めたのならば、覆すことはない。
ああ。彼女みたいに生きれたら、どれだけ楽しいだろうか。偽りだらけの人生とはかけ離れた、真実だけの世界。
だが、そんな彼女でもこの世界の底を見て、絶望した。これ以上は得られないと、異世界を目指した。同じ志を持った同志として、僕を認めてくれた。
だから、僕はソクラに背中を見せようと思った。彼女を導こうと決意した。
それなのに、それなのに。
ああ、ちくしょう。これからだっていうのに。
『弱みを人に見せてはなりません。利用されるだけなのだから』
お母さんの声が確実に聞こえた。天野ヒトミという弱みが露見される。
積み上げてきたものが崩れていく。
過去は消えない。
僕は、我慢できなくなって。
白旗を上げた。
「テラスさん、説明は不要です。有明サトルを殺したのは僕、天野ヒトミです。僕がやりました」
天野ヒトミで、吸血鬼で、人殺し。
自白は自決を意味していた。




