37.第一回捜査会議 2
「待ってくれ」
場に飲まれ掛けていた招待客達に水をかけるように、僕の正面に座るティールが声を上げた。警察官テラスの話に逆らう、初めての発言者だった。
「殺人に魔法が関与していないことは理解した。密室のトリックは、物理的に解明する必要があることもわかった。転生者が怪しいのもわかる。だが、それだけで魔法使いが白と断定するのは些か早計じゃないか。魔法を使わないで人を殺せるのは、俺たち転生者だけではない。転生者は魔法は使えないが、転生者にできて魔法使いにできないことはないんだぞう」
「その発想自体が的外れだ」と、直ぐに訂正が入る。テラスではない。ティールの一挙手一投足に眉を顰めていたシン・テーゼはため息を吐いた。
「そもそも、俺たちは自分自身のことを魔法使いと呼称することはない。魔法が使えるのは生まれた時から約束されたこの世界の前提だ。お前らのような異世界人がいるから、区別してやっているんだ」
「だから、魔法を使わないで人を殺すことがないってことかい、シン先生」
「当たり前だ。そもそも、回復魔法で最善な肉体が保たれる。死の危険性を感じるのは、魔王が持ち込む未知の技術を用いられた時だけだ。人を殺すという考え方そのものが魔王の発想なんだよ」
魔法を使わずに王になれる存在、魔王。人を殺すということも、魔法を使わないというのも、全て異世界の概念があるからだ。
僕ら転生者はいるだけで周りに悪影響を及ぼす。魔王という悪意の塊がいれば尚更だ。
とはいえ、テラスとシンの考え方には穴がある。転生者と共に過ごしてきた魔法使いは、一般的な価値観で測れるのだろうか。
魔力を弾き、回復魔法が効かない存在。そんなイレギュラーと日常的に過ごしている魔法使いがまともなわけがない。現に、転生者の母親であるオルタは異世界被れしている。
とはいえ、その指摘はできない。シン・テーゼのいう通り、僕たち側の思想を持っているということは、歴史の破壊者である魔王と同じだと言い放つようなものだ。魔法学の歴史の上に生きてきた魔法使いにとって、これ以上の屈辱はない。
僕ら転生者達は、失言をしただけで魔王認定されてもおかしくない。ある意味では、シンがティールを守ったとも言える。
それに、僕ら転生者が容疑者になったところで、そこから更に絞り込むことはできない。全員のアリバイがあるのは変わりがないからだ。
どちらにせよ、密室トリックを暴かない限り、推理としては成り立たない。
ティールはやれやれと肩をすくめ、ため息を吐く。
「全く、生まれだけで差別されるのはどこの世界でも同じだな。嫌だ嫌だ。これから、転生者ってだけで弾圧されていくんだろうなぁ。ヤユちゃんも今のうちに反論しときなよ?」
「そうですね……。テラスさん、密室トリックに穴はないのでしょうか。ほら、展示室には隠し階段がありましたよね。衣装室にもそういうギミックがあって、中から外に出れる可能性は……」
「ありませんね」と、家主のオルタに反論される。
「地階一階への階段は展示室にしかありません。同様に、衣装室も扉は一枚、他に繋がる道はありません。ついでに、この空島について説明させていただきますが、十年前は対魔法攻城兵器として稼働しておりました。魔王城自体は居住区以上の意味を持たず、城内に特殊なギミックは使われておりません」
パラス王国と戦争を行うにあたって、『天国の魔王』は城をさらに浮かべることで魔法使い達を抑制した。転移魔法を防ぐ阻害魔法で島全体を覆い、出入り口を一つに絞り込んだ。天空エレベーターを起動しなければ、島内に入ることはできない。
それなら、十年前はどうやって侵入したかというと、空島の更に上空から、物理的に降下したらしい。力技にも程がある。
「今回も、誰かが上空から降りてきた可能性は?」
「不可能ではありませんが、可能性としては低いでしょう。何より、『あれ』にそこまでして殺す価値はありません」
母親が向ける娘への評価とは思えない。だけれど、彼女の言い分は御もっともだった。
ルーゼン財閥の子供とはいえ、ケプトの存在は明らかになっていない。招待客にも成らず、隠れて空島に侵入するほどケプトに恨みを持つ人間がいるだろうか。
彼女に殺意を抱くとしたら、この島に来た後だ。
「それか、前世から、ですね」
皆の思考を読んだように、話の中心がテラスに戻る。
そういえば、テラスが最初に言っていた。捜査結果と、今後の相談。推理トリックが解けず、容疑者を絞ることしかできない現状でできる折衷案。
「ケプト・ルーゼンの前世は菅原コウという男性でした。この名前を知らない人はいません。令和最大の死者数を出した連続放火魔。指名手配の末、自身の炎で焼かれて死んだ歴史的犯罪者です。転生者の中には、放火魔に強い恨みを持っている人間がいてもおかしくはありません」
ケプトではなく、菅原コウならば恨むに値する犯罪者だ。それこそ、殺す価値があるほどに。
背筋が凍る思いだった。これから先に起こる地獄のような展開が読めてしまった。
テラスは決まりきった未来を確定させた。
「皆さん、前世の話をしましょう」




