35.特別講義 4
第一の難問 異世界の門とは何か
第二の難問 門の存在に気がついた経緯は何か
第三の難問 異世界の門はどのようにして開くか
三つの難問を解き明かすために必要なのが、魔法使いと転生者の組み合わせ。オルタは自らと同じ状況の同士を集めるために晩餐会を開いた。
ルーゼン家の一員だった天国の魔王。その背中を追う魔法使いのオルタ。彼女に協力する姿勢を見せていた転生者のケプト。
何かが繋がりそうだ。だが、一歩足りない。未だに僕とソクラ、魔法学院組はオルタと同じ状況に辿り着けていない。第二の難問を解かなければ見えない景色がある筈だ。
シンが語ってくれた過去の話も重要だが、あれは難問を解く直接的なヒントにはなり得ない。他の連中は、事前調査の段階で手に入る、前提知識だ。
オルタにあって、ソクラにない物。ケプトにあって、僕にない物。異世界の門の存在に気がついた経緯は、彼女たちと僕らの差異が鍵となる。
展示室から外に出て廊下を歩くソクラは真剣な表情で、眉間に皺を寄せた。
「十年前のゴタゴタはわかったけどさ。今の二人についてはさっぱり分からなくない? ヤユもあたしも、晩餐会に参加すること以外何も知らなかったのよね。ケプトちゃんは死んじゃったわけだし、第二の難問の手掛かりってなくない?」
「そうだな。それに、オルタは僕たちに自力で第二の難問に辿り着いて欲しがっていたから、彼女に聞けることは少ない。だが、調べやすくなったとも言える」
「何でよ」
「死人に口なしと言うが、逆に死人は文句も言わない」
「死体を探すってこと?」
階段を登っている最中に、急にソクラは足を止めた。勿論、死体に残された情報はまだあるだろう。
だが、今死体の調査をすることは、元警察官のテラスと敵対する事に等しい。
殺人事件の直後に死体を触る理由は二つしかない。司法解剖か、証拠隠滅か。回復魔法の発展により外科医が居なくなったこの世界において、後者しかない。
それよりも、開かれたエリアがある。ケプトが死んだ事によって、入る理由ができた部屋が。
「死体は後回しだ。今から行くのは、被害者の自室だ。ケプト・ルーゼンが十年間生きてきた軌跡が残っている筈だ。十年前の天国の魔王の死と、十歳のケプトが無関係とも思えない。ここを調べて、第二の難問に蹴りをつけよう」
「オルタちゃんに直接聞くのと同じくらい気が引けるわね……」
「仕方ないだろ。もしかしたら、僕の方の手がかりも見つかるかもしれないし」
魔王討伐戦線としての使命、魔王の始末。ケプト・ルーゼンを殺した犯人を見つける手がかりは、彼女自身にある。
ケプトの前世は放火魔で、死ぬべき存在だったとオルタは言った。だけれど、オルタ嬢の一人娘の存在が秘匿されていた現状、前世とはそこまで強い因縁があるとは思えない。
どちらにせよ、開けていない箱があるのならば、中身を見たい。同様の理由で、地下にも行きたいところだが……。
僕の思考を遮るように、前方からメイド服の女性が向かってくる。前が見えていることが不思議なくらい薄く目を閉じている彼女は、僕らの方を見向きもせずに横を通り過ぎた。
「ちょっと」
と、ソクラの声に静止し、ダルフ国の召使い、カオルは静かに振り返る。彼女はゆっくりと瞼を開き、黄金色の瞳で僕とソクラを交互に見る。首を傾げて静止し、十秒ほど経った後に手を叩いた。
「あー、魔法学院の学生さん達、です、か。どうも」
「何よ、あたし達のこと忘れてたの」
「……。興味なかったから」
本心をそのまま言葉にした彼女に、思わず引き攣る。そりゃあ、王族の使いをしているような人間からしたら、僕たち一般市民はいても居なくても変わらない存在かもしれないけど。
「あれ、アラン王子は?」
双子と同様、ダルフ国組は常に二人でいるイメージだった。というか、王族の使いとして横にいなくていいのだろうか。僕の問いに対しても、彼女は意味がわからないと眉を顰めていた。
「えっと。アラン王子はどこにいるのですか、と言う意味の質問でした」
「ああ、そういうこと。あの方は、まだ寝てますよ」
「寝てるって。もうすぐ夕食の時間ですけど」
「睡眠を大事にする人ですから。あの、この会話って、必要ですか? 人が死んだ今、招待客同士で馴れ合う必要はなくなった筈ですけど」
「それとも、今度はわたしを殺すつもりですか?」と、目を細めて吐き捨てる彼女に、言葉が詰まる。確かに、一人で行動している人間に、二人で話しかけるのは気遣いがなってないかもしれない。
とは言え、カオルと会話をするのはほとんど初めての機会だった。アラン王子がいない今、彼女の素性を探るチャンスだった。
「会話の意味はあります。僕らだって、貴女のことは信用できていないのですから」
「ふーん。パラス国民は平和ボケしてて羨ましいです、ね。信用という低レベルな価値観で他人を見ている人から、戦争では死んでいくのに」
「戦争中のダルフ国では、考え方が違うと?」
「……。少なくとも、そんな無防備で歩いたりしない。ダルフ国内だったら、五回は死んでます、よ」
「無防備って。一人行動してるカオルちゃんも同じじゃない」
ソクラの呟きに、それこそ平和ボケだと言わんばかりに彼女は口を歪ませた。
「安心しました。二人一組だと安全だと思っている浅さに。魔王の怖さを知っているなら、転生者と無防備に歩くなんてことはしないけどね。えっと、名前なんだっけ」
ソクラはいつものように胸を張って自己紹介をした。だが、ふーんと、興味なさげに頷くカオル。パラス国民でなければ、名門スタウ家に驚きもしないのか。
もしくは、王家に使える立場として、庶民の背比べにしか見えないのか。
カオルは「忠告するわ」とくすりと笑った。
「人を殺す魔王は、一人じゃ辞めませんよ。せいぜい、回復魔法を信用せずに自分の身を守ってください、ね」
煽る風でもなく、本心で教えてあげるかのような言い回しだった。まるで、王族が一般市民に教えるかの如く。
唖然とする僕らを見ることもなく、足音を立てずにカオルは去っていった。残されたのは、わなわなと手を震わせる一人の少女だった。
「な、何よあいつ! むかつくわね」
「まあ、招待客でむかつかない奴はいないからな」
「ヤユは大人ねぇ。見た目通りに子供っぽく騒いでくれたら、あたしの方が慰めてあげたのに」
ソクラは不安そうにこちらを見てくる。シン、カオルと立て続けに転生者の危険性を伝えられているにも関わらずに僕を信用してくるソクラに何とも言えない気持ちになった。
実際、彼らの言っていることは正しい。僕もまた、転生者として危険な存在である。利害が一致しているから協力しているだけであって、全幅の信頼を置かれても困るのだ。
ただ、彼女が僕だけを特別扱いしてくれるのは悪い気ではなくなって来た。それ故に、彼女の純白さに漬け込んでいるようで、少しだけ罪悪感が芽生えてくる。
気を取り直して、ケプトの部屋に突入しようとした僕らだったが、城内に響き渡るオルタの声で、再び一階に戻る事になった。
『夕食を用意しました。食堂にお集まりください。また、ケプト殺害の件で、テラスさんからお話があるようです』




