34.特別講義 3
天国の魔王がルーゼン家の人間だった。
この方程式が成り立つと、晩餐会を始めとした不可解な出来事に説明がつく。
まず、僕の故郷が滅んだ理由だ。天国の魔王によってペテロが滅んだ後、臨時勇者部隊は動き出した。これは、間に合わなかったわけではなく、動けなかったのだ。
天国の魔王が、ルーゼン家として出自が保証されていたとしたら、迂闊に手を出すことはできない。実害が出てから初めて、魔王として認定し、討伐まで進めることができた。
ルーゼン財閥が金を使ったのは、魔王城を買い取ることではなく、ルーゼン財閥の汚名を歴史から消し去った可能性が高い。
通りで、文献が残っていないわけだ。僕が故郷について調べても何も残っていないし、臨時勇者部隊の四人も公になっていない。歴史の闇に葬られたのだから当然だ。
魔法学院の上層部が潜入捜査に僕とソクラを選んだのも納得ができる。異世界の門の研究ではなく、過去の清算をするためには、利権が関わってこない身内に頼るしかなかった。
「飽くまでも予想だ。七教授の俺ですら、真実を当事者から聞くことはできなかった。舐められたもんだぜ。今回も、魔法学院は後手に回る羽目になったわけだしな」
ケプト・ルーゼンの死は、僕の故郷が滅ぼされた時と同じ状況だ。実害が出て、ようやく魔王討伐の大気名分を得られる。
この世界では転生者というだけで捌くことはできない。何せ、転生者というのは精神疾患の一つとして考えられている。魔王による被害が減らないのは、未然に防ぐ手段がないからだ。
「いいか、ソクラ・スタウ。俺が信用できるのは素性が明らかな魔法使いであるお前くらいなものだ。晩餐会に来た責務を果たせよ」
「ちょっと、ヤユもいるじゃない」
「前世の記憶を持っている転生者を信用できるわけがねーだろ。出自が明らかな魔法使い以外は敵だと思え。例え、魔王討伐戦線の一人だとしても、だ。気をつけろよ。こいつらは、脈絡もなく背中を刺してくる存在だ」
「そんなことないわよね」と、ソクラは頭上から声を上げるが、僕はそれよりも気になることがあったので無視した。
「ティール・キオニはどこに?」
彼はぴくりと耳を動かし、僕の言葉を無視した。教えるつもりはないらしい。
だが、シンの反応から読み取れることもある。
シンとティール。元々商人としてこの場に現れた二人ではあるが、信頼関係が築かれていないのかもしれない。
シンがソクラに見せる期待と心配は完全な善意からくる物で、自身の失敗を語っているかのようだった。
背中を刺してくる存在。シンによるティールの評価と捉えてもいいだろう。
シンの正体が魔法学院の教授である以上、ティールが商人として生活をしていたことになる。彼らはどんな経緯で知り合い、この場に来ることになったのだろうか。
「それじゃあ、俺は寝る。お前ら、精々頑張れ」
「寝るって。まだお昼じゃない」
「第二の難問はとっくに解き終わっている。殺人鬼の目的もなんとなくわかった。晩餐会は三日目で終わるだろう。今夜が肝っていう話だ」
シンは好き放題言ったのち、展示室から出ていった。今まで一番の大きなため息が僕の頭上に吹きかかった。
奴風の言い方をするならば、シンはシンなりに責務を果たすということだろう。シン・テーゼ、見た目の不清潔さからは想像できないほどの魔法学院への忠義を感じる。歴史のある魔法使い特有の真の通った考え方と、異端文化を許容する教授としての柔軟さ。食えない男である。
「ソクラ、どうだ?」
未だに僕に抱き着いたままあの彼女は、背中でうーんと声を漏らす。
「シンさんは、ケプトちゃんをやっていないと思う」
第二の難問を解くヒントを得られたのか、という意味の問いかけだったが、ソクラは斜め上の回答を出してきた。
僕がソクラのために異世界の門を手に入れようとしているのと同じく、ソクラもまた僕のために事件解決を手伝ってくれようとしているらしい。その心意気が気に入ったので、僕は訂正せずに「どうしてそう思った?」と続けた。
「十年前の戦いのときもそうだけれど、シンさんはどこか他人事だもの。自分のこと以外はどうでもよくて、感情が動くときも自分に不利益がかかるときだけ。ああいう性格の人、魔法学院にいっぱいいるわよ。こういう人たちは、自分の立場が揺らぐようなことは絶対にしない」
だから、人を殺すなんてことはしない、と。魔法使い同士だからわかる考え方だな。いい分析だ。
「あたしがここに来ていたことに怒っていたのも納得がいくわよね。スタウ家という歴史のある魔法使いの一人が、非魔法学的な集まりに参加するんじゃないってことでしょ。堅苦しくて息が詰まるわよ。そりゃ、こんな世界にいたくないって思わない?」
哀愁漂う物言いに、「そうだね」と素で同調してしまう。僕、というか天野ヒトミとして感じていた生きづらさとはまた違った種類ではあるけれど、同情できる。
恵まれているからこそ世界の底を知ってしまった。ソクラの人生にはシンのように決まった価値観を押し付けてくる魔法使いが沢山いたのだろう。
「でも、シンさんのおかげで第二の難問の答えはなんとなくわかったんじゃない? オルタちゃんが異世界の門の存在に気が付いたのは、天国の魔王に教えてもらったからでしょ」
「うーん。異世界の門の存在に気がついたのは、最近な気がするんだよな。ほら、天国の魔王が死んだのは十年前だろう? それなら、晩餐会は当時開かれていてもおかしくはない。今年に入って晩餐会を計画したのには理由があると思う」
彼女は、いつから第三の難問に挑み始めたのだろうか。試行錯誤して、外部に手助けを求めたのが十年たった後? 十年間解けなかったことを、僕らに解かせようとしている?
それは考えにくい。第三の難問は、数日で解ける規模間のはずだ。そうでなければ、ダルフ国の王族を招待なんてできるわけがない。
天国の魔王を討伐した魔法学院らに恨み言を述べることもせず。娘の死に驚きもしない。
彼女もまたシンと同じように、自分自身に降りかからない不利益を無視する魔法使いだった。
オルタ・ルーゼンが招待会を開かざる終えない、予想外の出来事があったに違いない。
それこそが、第二の難問の答えになるだろう。




