03.転生者は晩餐会へ 2
転生者なんて言葉はこの世界には存在しない。
前世の証明をすることなんて不可能だからだ。記憶の中にしかない話を真実として捉えられるほど、この世界に余裕はない。まあ、日本でも頭のおかしい人扱いされるから、同じようなものだ。
回復魔法でも治癒できない精神疾患。勿論、誰にも信じてもらえないのはわかっているので、過去を語る転生者も少ない。
加えて、ここは魔法を中心に物事が進んでいく世界だ。物理法則のみに囚われていた僕たち地球人が転生したところで馴染めるわけがない。
魔法を使えず、魔法が効かない体質。これが僕ら転生者であり、魔王に闇堕ちする原因でもあった。
魔王討伐戦線は討伐対象の魔王の特性を把握している。先輩などの親しい人は、僕が前世の記憶をあると理解してくれている訳だ。
しかし、先輩は例外だ。世の人間は、魔法が効かない体質イコール魔王と直で繋げて考える。魔王によって歴史が歪まれて来たこの世界で、僕ら転生者の居場所は無い。
そんな転生者達が闇堕ちして魔王になり、善良な転生者達も魔王のせいで行き場を失い、また魔王になる……。最悪の循環は長い歴史の中で続いているが、今はこの話はよそう。
問題なのは、殆ど魔王と同定義されてもおかしく無い転生者を指定して、ルーゼン家の晩餐会が開かれるということだった。
先輩の話だと、招待客は四組八人。転生者は僕を含めて四人集まる。
目立っているのが魔王なだけで、僕のように社会に紛れている転生者もいるとは思う。
だが、僕以外の三人が清廉潔白だと考えるほど僕は甘く無い。
潜入捜査として、僕が選ばれたのは必然だった。
ルーゼン家が声をかけたのは魔王討伐戦線の大元、研究機関の魔法学院。そこから話が降りて来たので、僕は初等部の学生のふりをすることになった。
支給された新品の制服に袖を通す。黒のブレザーにチェックのズボンと、日本の私立小学生のような見た目だ。先輩に似合ってるよ、と褒められたから文句はない。
不満があるのは、今の状況だった。
「全く。何も変わらないな」
東国パラス、西国との国境間際の町ペテロ。
空に浮かぶ巨大な島と、その影に覆われた不毛な大地。十年前まで一万人を超える人口がいたにも関わらず、今は建物一つ無い。
つまり、僕の生まれ故郷だった。
ここに帰ってくるのは十年振り、生まれたあの瞬間以来だ。別に避けていたわけでは無い。何も無いのだから、来る用事もなかった、それだけだ。
先輩と一緒ならば、僕の過去を語るチャンスがあったのに、焦土の上で僕は一人立ち尽くしていた。
悪趣味なことに、晩餐会の集合場所は、『天国の魔王』によって消滅させられた町の跡地だった。
相方が先輩だったら良かったのに。ため息を吐くが、風に飲まれて消えていく。
晩餐会の参加条件は転生者と純粋な魔法使い。僕の相方は、魔王討伐戦線とは関係のない魔法学院の学生が来るらしい。
招待客の中に魔王が紛れている可能性がある以上、魔王討伐戦線が潜伏していることはバレてはいけない。二人中片方は、嘘偽りがない方がいい。
理屈はわかる。信用できる人間が一人もいないのは、潜入捜査の前提だ。ただ、滅んだ故郷のペテロにいる時くらいは、先輩が隣にいて欲しいものだった。
そんな僕の思考を塗り潰すように、視界が白で染まった。
「な」
制服に仕込んでいた魔力探知機が警報を振動で伝え、止まった。全身を襲う風圧と、鼓膜を震わせる異音。影を晴らすような光線が爪先から頭まで包み込んだ。
魔力を直接ぶつける、放出魔法。かなり高出力ではあるが、十年前とは比べるまでもない。あの時は数分間光が降り注いでいたが、今回は数秒で途切れた。
街を消滅させることが目的ではなく、個人に対する攻撃。戦争ではなく、戦闘。ペテロで十年前の再来をしているのではなく、僕が攻撃されたのだ。
後手に回ってしまっているが、瞬時に地に手をついて体勢を低く保つ。
今の放出魔法で手持ちの魔道具はショートしたようで反応を返さなくなった。僕はブレザーの内ポケットに隠していた刃渡二十センチのシェフナイフを取り出し、逆手で握る。
対魔法使いとの戦闘は持久戦になる。魔法は全て転生者故の特性で弾くことができるが、こちらの攻撃も回復魔法で治癒される。
僕にできることは、回復魔法を上回る速度で攻撃を続け、身動きを取れなくさせることくらいだ。
幸い、ここは魔法学院から指定された相方との集合場所。相方がどんな奴かはわからないが、仲裁くらいはしてくれるはずだ。僕が魔法学院初等部の制服を着ているのは、目印としての意味合いも強い。
魔力砲が飛んできた方向を睨む。出会い頭攻撃をしてくるイカれ野郎だが、ここにいる時点で招待客の誰かだ。
砂埃の先にいるシルエットは長髪にスカートを履いた女だった。奴は体から風を吹き、一瞬で視界をクリアにした。
「回復魔法が動いたわけでもないし、防御魔法を使ったわけでもない。それなのに、魔力砲を喰らっても無傷……、これが魔王の魔法無効化特性ってわけね!」
感情を逆撫でするような明るい声が、耳鳴りに混じって聞こえる。
炎のように明るい赤の長髪に、黒と白の気品の整ったブレザー、チェック柄のスカート、茶色の革靴……。
つまり、魔法学院の制服だった。
彼女は僕の姿を見るなり、くりっとした瞳をきらりと光らせた。駆け足でこちらに寄ってくるその姿からは、敵意や悪意は全く感じられない。
「貴方があたしの相方の魔王よね! あたしは魔法学院高等部一年、ソクラ・スタウ。よろしく!」




