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27.異世界の門 3

 ケプト・ルーゼンの死体は衣装室から運ばれているようだった。赤黒く染まった染みだけが残されている。

 それ以外の景色は、マネキンの配置から扉の破片の位置まで昨夜と同じ景色が保たれていた。元警察官のテラスは現場の維持をちゃんと行なっていたようだ。



「ねえ、ヤユ。ここで誰か魔法使った? 凄い魔素の流れが変なことになってるけど」


「ああ。マネキンが邪魔で扉が開かなかったからな。アラン王子が何かしらの魔法で扉を破壊してくれたんだ」


「なるほど、ね」


 ソクラは地面に散らばる破片を拾い、興味深そうに眺める。魔法学的観点で気がついたことでもあるのだろうか。そっち側の話は、彼女に突き詰めてもらうしかない。


 しかし、改めて不可思議な殺人事件だ。魔法使いが一人で行動していない以上、魔法で殺したとは考えられない。かと言って、転生者達がどうにかできる話でもない。


 扉は内側から閉じられていた。全員にアリバイもある以上、三つの難題が可愛く見えるほど難しい状況だ。


 赤黒い染みの前に立つ。昨夜の記憶を掘り起こし、ケプト・ルーゼンの死体を思い出す。

 入り口からは五メートルほど離れている部屋の中心。深々と胸部に突き刺さった包丁から、事故や自殺でないことは明らかだった。それに、とてもじゃないが部屋の外から投げナイフの要領で突き刺した訳でもなさそうだ。


 何より、この部屋の謎は扉を押さえた大量のマネキンだ。今は廊下に並んでいるそれらは、一人一つ持ち上げるのがやっとな重さだ。


 僕のような十歳の子供では到底持ち上げることはできない。同い年であり、さらに女子でもある被害者ケプトが内側から動かすこともできないだろう。


 殺人鬼は、ケプトを正面から殺害し、マネキンを何体も移動して扉を遮った。そして、煙のように消えた。魔法を使ったとしか思えないが、僕以外の魔法使い全員が否定する以上、困ったことになる。


 密室殺人。転移魔法という常識破りが常識な世界で、聞き馴染みのない言葉だ。今回のように、天空で魔法使い同士の監視体制が整っていないと成り立たない状況だ。


 衛生面から殺人現場に死体を放置するわけがないのだが、この場に死体がないのは残念だった。

 ケプトは僕と最後に会った時に、頼みがあると言って一枚の紙切れを渡そうとしていた。鋼鉄のマスクの裏に隠していた筈だが、あれは回収されてしまっただろうか。


 結局、僕が天野ヒトミであると見抜いた理由もわからず仕舞いだった。ケプトは何かを知っている。優先順位は低いが、僕に渡そうとしていた紙は回収しておきたい。


「そして、問題はこれか」


 昨夜の死体を発見した直後のこと。僕の目に映る奇妙な景色を再確認するために衣装室に来た。


 死体があった場所の前に佇む、赤褐色の縁で彩られた一メートル程度の姿見。濃霧の如く曇った鏡面は周囲の光を吸収し、灰色を返す。僕がその正面に立つと、鏡像がぼんやりと映し出される。


 銀の短髪に鼻筋の整った少年、つまり僕を反射した鏡は、その姿から正確さを取り除いたものだった。


 罪を犯していない潔白の銀とは正反対の漆黒の長髪。少年にはない丸みを帯びた肉体、希望のかけらも映していない目、赤黒く染まったセーラー服、白い肌を強調させるような真紅のリップ。


 身長すらも僕からかけ離れている。鏡の向こうの彼女は、僕を見下ろしていた。目と目が交差するが、そこに何の感情もない。


 見間違いではない。確実に、そこには僕以外の誰かが写っていた。何度瞬きをしても、彼女は僕を見続けている。


 あり得ない。全身を襲う寒気と頭痛が、体調が悪い裏付けをしてくれていた。これは、幻覚だ。本来見えてはならないものが見えてしまっている。



 僕の思考を遮り、鏡の中の少女を隠すように、赤の長髪が割り込んでくる。


「これが、さっき言っていた奇妙なもの? 普通の鏡に見えるけど……、いや、ふうん。確かに変ね」


 ひょい、とソクラは顔をずらす。鏡の中には、黒を基調とした魔法学院の制服を着た赤髪の少女と、赤に染まった私立高校の制服を着た黒髪の少女。同じ背丈の二人が並ぶのは、不思議なことに似合っていた。


「ソクラ、お前にも見えてるのか?」


「何が? この女の子のこと? この人、誰?」


 ソクラは真横に視線をずらし、女子高生がいないことを再確認する。彼女の隣にいるのは僕だ。

 見間違いではない。幻覚でもない。僕とソクラが二人とも見ているのならば、鏡面に女子高生が映るのは実際に起きている出来事である。


 僕に連動して瞬きをする鏡面の女子高生を見て、ソクラもまた理解したようだった。


「もしかして、これがソクラの前の世界の姿なの?」


 僕は答えない。答えたくなかった。

 それでも、鏡は正直に答える。ソクラの言葉を認めるように、天野ヒトミは絶望に満ちた瞳を閉じた。


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