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23.世界の底を見た 3

 ヤユ・オーケアが晩餐会に来た理由は明確だ。


 魔王討伐戦線、三番隊副隊長としての任務。異世界の門に引き寄せられて来る魔王の発見、始末。


 他の招待客の連中の真意は明らかになっていないが、建前上は異世界の門を求めて晩餐会に参加している。殺人事件があっても魔王城が出てこないので、方針を変えるつもりがないことがわかる。


 魔王がいても、オルタが狂っていても関係がない。それを上回る目的があるのだろう。


 だが、目の前の少女はどうだろうか。真の目的こそが、異世界の門を開けることだと言い張るソクラは、晩餐会の招待客としてはまともと言える。


 まとも過ぎる。普通すぎる。


 その程度の理由では、命を賭けるに値しない。

 

 彼女が全てを理解しているとは思えない。その裏に大義はあるのか?

 心底侵害とばかりに、眉間に皺を寄せて、怒りに近い感情を浮かべているソクラに、僕は少し気後れする。


「異世界に行くことを理解しているのか? 旅行に行くわけじゃないんだ。帰ってこられる保証はない。ソクラ・スタウとしての世界を全て捨てるということだぞ」


「わかってるわよ。元より、あたしは帰るつもりないもの」


「理解できないな。今の生活に何が不満なんだ」


 魔法学院高等部という最先端の組織に在籍し、

 名門スタウ家という安定した生まれで、

 高等部主席になる程の魔法学の才能を持ち、

 容姿端麗な外見で何者にも染まらない心を持つ。


 この世界の中でも上位、満たされている側の人間である。彼女より恵まれた人間に僕は出会ったことがない。


 それなのに、その全てを捨てても得たいものがある、と彼女は言い張る。


「不満は、特に無いわ。今の生活に満足している。優しい両親、一緒にいて楽しい友達、面白い先生。きっと、これから先の人生も安定したもので、幸福のままあたしは死んでいく」


 星空を見ながらソクラは呟く。


「そんなことを友達に相談したら、嬉しそうに笑ってた。先生に相談したら、そういう時期だよなと諭された。家族に相談したら、贅沢な悩みだと頭を撫でられた」


 皆、同じようなことを言っていた。

 幸福ならそれでいい、と。寧ろ、自分より不幸な人間はたくさんいるし、恵まれていることを自覚するべきだ。贅沢者と嘲笑うものもいた。

 十六歳、子供と大人の境目、思春期。時間が経てば、そんな悩みなんて忘れる。


 違う、全然違う。あたしは、そんな言葉を聞きたくて相談したんじゃない。もっと別の、心から湧き立つような。深淵の穴みたいに終わりのない話を聞きたいのに。


 穴に幸せを詰め込んで、表面張力を突破して溢れ出してしまった。


 世界の底を見ていたのはあたしだけだった。


「そんな時に院長から呼び出しがあった」


 緊張を帯びたソクラを、院長は友達のように迎えた。肩を何度か叩きながら、『退屈ならば別の世界に行けば良い』と、端的に道を示す。

 今までの誰とも違う、新しい道。ソクラが頷くのは当然の結果だった。

 彼女の独白は小さく、弱々しい声で締めくくられた。脊髄反射で会話をする彼女らしからぬ態度は、逆説的に言葉の重みを増した。


 これが、ソクラ・スタウがここにきた理由。彼女が残りたいと願う意思の根源。やはり、僕の想像通りだった。


 そこに信念など無い。軽く、薄っぺらい。その若さゆえの浅さは、誰しもが通る道で、時間が解決するものだった。誰にも相手にされないのも頷ける。


 そして、ソクラ自身も理解していることだった。彼女は、自分が未熟だと知っている。だから、弱々しく今にも泣きそうな声で本音を語った。

 優秀な彼女は、直ぐに白旗をあげた。


「はい、あたしの話終わり。どう、納得してくれた? してくれ無いよね、こんな理由じゃ」


 この世界の底を知った気になっている彼女は、物語の結末を理解してしまう。この程度の理由では、自分を貫けないとわかっていた。

 僕に諭され、オルタに許され、地上へ降りて魔法学院に報告する。殺人事件は解決し、再び平和な世界が戻ってくる。


「はいはい。帰ればいいんでしょ帰れば。魔王の恐ろしさだって、叔父さんから話を聞いてるから少しはわかってるつもりよ。戦争が始まるかもしれないなんて状況で、我儘を突き通すわけにはいかないものね。」


 これが、ソクラ・スタウという少女だった。つまらないと思いつつも、彼女は諦めていた。今までも、これからも、彼女はそう生きていくだろう。


 その様が、あまりにも滑稽で、哀れで、鏡を見ているようだった。


「わかった」


 エレベーターの前に立ち、地上に目線を飛ばしていたソクラが固まる。僕の言葉をどう解釈したかわからないが、彼女はエレベーターを起動させようと手に光を集め始めた。


「おい、ソクラ。聞こえなかったのか。僕はわかった、と言ったんだ」


「聞こえてるわよ。何よ」


「地上に戻る必要はないという意味だ。予定通り、異世界の門を開いて、この世界から旅立つといい。僕も協力する」


 ようやく、彼女はこちらを向く。心底信じられないと、怪しむように目を細めて。


「何を企んでいるのよ」


「人聞きの悪いことを言うな。深い意味なんて何一つない。単純に、共感しただけだ」


 十六歳の女子高生。思春期のど真ん中で、大人の示す道を嫌い、自分を見失う、そんな時期だ。今の彼女を が納得するような答えは、この世界に存在しない。


 『この世界』には、だ。別の世界に来た僕ならば、答えを持っている。


「特別に前世のことを教えてやる。ソクラと同じ、十六歳の冬の出来事だ。僕は世界の底を見た」


 生まれて初めて、『天野ヒトミ』の人生を口にする。眩暈がするほど気持ちが悪かったが、ソクラを前に無表情を貫く。


「これから先の人生に起きることが理解できた。何をしても、何もしなくても、未来は変わらない。この世界のことだったら、だいたいわかったような気がした」


 世界の底を見たものにしか、この気持ちは理解できない。僕だけはソクラをわかってあげられる。彼女を導けるのは僕しかいない。


「それから先はソクラと全く同じだ。世界に見切りをつけた僕は、別の世界に行く決意をした。天野ヒトミとしての人生を全て捨てた。だから僕は、転生者としてここにいる」


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