21.世界の底を見た 1
家主の一人娘、ケプト・ルーゼンの死は、食堂に大きな動揺を与えた。カオルやテラスといった異世界組は眉を顰め、ソクラとシンの魔法使い組は声をあげて驚愕した。
無理もない。地球と違って、この世界は魂に回復魔法が刻まれている。あらゆる外傷を克服した魔法使い達が死に直面するのは、肉体が限界を迎える寿命か、魔王による未知の攻撃の二択しかない。
十歳程度の娘が寿命を迎えるはずがないので、人の死は魔王襲来を意味する。
特に、ソクラのような都市部に通う学生が関与するイベントではない。人の死とはそれほど珍しく、危険な信号だった。
対して、異世界組は人の死に慣れ親しんでいる。殺人鬼でなくとも、僕ら転生者は一度死んでいるのだ。経験したことがあることは、想像しやすい。
報告するのが、冷徹に物事を述べるアラン王子でなければ、皆に与える恐怖はより強まったかもしれない。彼が事実を伝えたからか、響めきは直ぐに治った。
というのも、別の事が気になる余裕が生まれた。ケプト・ルーゼンが死んだというのに、一言も喋らないオルタ・ルーゼンは何を考えているのか。娘が死んだ事を受け入れられているのか。何と声をかければいい。
その思考の全てが無意味であることは、彼女の顔を見れば直ぐにわかった。
「ご苦労様でした、アラン王子。死体は半自動魔道具に処理させておきますので、放置しておいて構いません」
常に無愛想な表情を浮かべた王子の仮面が剥がれる瞬間を見た。驚いたように口を薄く開き、目を細める。
それほど、オルタは異常だった。彼女は何も変わらない。正常過ぎるのだ。娘が死んだと告げられて「はい、そうですか」と返す母親がどこにいる。
疑わないのか。死因は何か気にならないのか。娘に会いたいと思わないのか。そこまで考えて、僕はようやく沈黙に切り替え、自室に戻ると部屋を出たアラン王子の思考に追いついた。
思えば、オルタが娘と話している時間があっただろうか。ケプトにつけさせていた鋼鉄の仮面は、喋る内容を管理するためではなく、黙らせるためだったのか?
「待て。オルタ嬢が認めても、俺はまだ受け入れられていない」
シン・テーゼはオルタを横目に、腹を立てたように音を立てて立ち上がる。
「人が死ぬってことの意味をわかっているのか? 回復魔法が発動しないなんてことは、大気中に魔素が紛れている以上あり得ねぇ。おい、ティール! お前ら四人が口裏を合わせて、悪巧みしているんじゃねーだろうな」
「おかしなことではありませんよ。わたくしの娘は、転生者でしたから。異世界の魂をもつものは魔法を使うことはできません」
「なんだと」
「それに、食事会が始まってから、あの娘は一度も言葉を発していません。食事以外での着脱を禁止している赤いマスクは、ケプトが発する会話をわたくしの耳に送る効果がありますので」
オルタ嬢は口角を少しだけあげて、面白いものを見つけたかのように目を細めた。彼女の目線の先には、本来ケプトが食べる予定だったショートケーキがある。
「ざっと、ケプトが殺されてから一時間が経過しているといったところでしょうか。その間、皆様は食堂でわたくしと相対していた。この魔王城にはわたくし達九人以外の人間は誰もいない……」
それならば、と娘の訃報を聞いたばかりの母親は、笑いを浮かべた。
「誰が、魔王なんでしょうねぇ」
背筋が凍る。魔王城を買い取り、魔王を挑発するような会を開いたりと、狂った行動を取り続けているオルタだが、決してふざけているわけではなかったのだ。退屈凌ぎなんて軽々しいものではない。
魔王を呼ぶということは、人が死ぬということ。オルタは殺人すら『認める』。死ぬのは娘でも、或いは自分でも良い。
彼女の原動力は何だ? 何がそこまで彼女を動かす?
オルタ・ルーゼンは、何を考えている。
僕は絶句しているシン・テーゼを見て、
相変わらずにやついているティールを見て、
合わせ鏡のように話し合っているテラスとカラスを見て、
腕を組みながら僕を見ているソクラを見た。
「……」
赤髪の女子高生、ソクラ・スタウ。無知故に無礼で無謀。それは若いからであって、彼女の限界ではない。成長曲線の途中だから、きっと数年後には見た目にあった美しい淑女になるだろう。
僕とは違う。生まれも育ちも、未来も。
オルタの狙い、魔王出現、魔王討伐戦線の任務、僕の私情。全てを鍋に入れて、脳内で煮込んだ。結論は思ったより直ぐに出た。
立ち上がり、他の面々に挨拶することもなく、ソクラの手を握った。慌てる彼女すらも無視して、食堂どころか魔王城の外まで出た。
無情なほど美しい星空が僕らを見下ろす。
「ちょっと、ヤユ。手、痛いんだけど」
「ソクラ、僕のことは信用できなくても、嫌いでもいい。だが、一つだけ言うことを聞いてほしい」
「何よ急に」
努めて冷静に、彼女に誤解を与えないように。真っ直ぐ言葉を伝える。
「オルタの狙いがわかった。晩餐会に残り続けるのは危険すぎる。今直ぐ家に帰れ」




