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20.第一のXX 4

「鍵のない部屋だったはずだ」


「閉錠魔法という可能性はありますか?」


「魔法つーか、何かに引っ掛かってんだろ。ちょっと動くし」


 三者三様、僕とティール、カラスは各々感想を呟く。異世界の衣服を展示した衣装室の扉は、押しても扉がガタと音を立てるだけだった。


「ケプト・ルーゼンが扉を内側から閉めているのだろう」


 アラン王子の言葉に、僕ら三人は顔を見合わせる。


 何のために、と言いたいところだが、口にする意味がない。僕らの中に情報のアドバンテージがある人間はいない。強いていうなら、閉錠魔法が使われていないと魔法使いのカラスが証明したくらいだ。


 同じ魔法使いであるアラン王子が否定しないのだから、物理的に扉が閉められている事になる。衣装室の中にあったマネキンを手前に置けば、開かなくなるだろうか。


 しかし、それをするケプトの意図がわからない。


「ケプトちゃん、聞こえるかい? 母君が呼んでいるぞう」


 扉を強く叩きながら叫ぶティールだったが、返ってくる声はない。衣装室の中には口のないマネキンしかないのだから当然だ。


「展示室を見ていないですし、先にそちらを確認しますか? 案外、もう食堂に戻っているかもしれません」


「ヤユちゃん。その対策をするなら、僕らは二組に分かれて両周りで虱潰しにするべきだったね。円状の廊下で追いかけっこをしても追いつけやしない。食堂に戻っても良いが、無駄足にはなりたくないな」


 ティール、アラン、カラスの誰かと二人組になって動くなんて、冗談でも嫌だ。それならば、ソクラを呼び出す。


 とはいえ、ティールのいう通りだ。僕らは心の底からケプトを探したいわけではない。家主のオルタの頼みを断る必要性がないから出歩いているだけだ。

 極論、一階を一周したという結果さえ手に入れられれば、迷子の解決はどうでもいい。


 つまり、この部屋を放置して食堂に戻っても、開かずの扉というわかりやすい謎を調べに戻ってくることになる。きっと、部屋の中を見るのは早い者勝ちになるだろう。

 それならば、平等に四人で見た方がいい。


「魔法を使って扉を破壊する。中身を確認した後、展示室に行き、食堂に戻る。この方針に反対するものはいるか」


 自然とリーダーシップを発揮したアラン王子に、僕らは皆肯定の意を示した。


 アラン王子は手のひらを押し付けるように扉に当てる。一秒後、爆音と共に扉が粉々に砕け散った。砲弾でも撃ち込んだのかと思うほどの火力だ。


 穴の先に見えるのは、無数に敷き詰められたマネキン。アラン王子は再度手をかざし、今度はマネキンの胴体を掴んだ。


「ティール・キオニ。運ぶのを手伝ってくれ」


「王子様。仰せのままに」


 飾ったらしく返すティールに、立場に見合わない礼儀正しいお辞儀をしたアラン王子だった。彼らは自分とそこまで変わらない身長のマネキンを、一体ずつ外に出す。和服、メイド服、ミリタリー風な軍服。

 異世界のものを模した衣装を、汚さないように丁寧に。それを僕とカラスはぼんやりと見ていた。僕は子供だし、カラスは女性だ。魔法使いならば肉体を強化してマネキンを運び出すことくらいできるだろうに、動かないカラスを咎めるものはいなかった。


 ずっとこの時間が続けばいいのに。きっと、みんなそう考えている。マネキンを義務的に運ぶ二人でさえ、わざと時間をかけているように思えた。

 

ここから先の新しいページに捲られることなく、この場で停滞していたい。

 マネキンが一体ずつ廊下に並べられ、僕らを出迎えるように奥へと道が出ていくほど、嫌悪感が増す。

 開けてはならない扉に手を掛けている。この先は進むということは、次の章に移行するという事になる。


 精神的な話ではない。実際、アランが扉を破壊した時点で、強烈な匂いが衣装室から漏れ出していた。日常で感じることのない、負の匂いに思考が揺れている。


 僕にとっては前世で馴染みのあるもので、切っても切り離せない呪いそのものだった。


 赤。


 マネキンの森の先に、赤い湖が見える。非現実的な景色に目を逸らしたティールとアランは、道を塞ぐ最後の一体を外に運び出した。


 僕とカラスは無言で室内に入る。男二人組も黙って僕らの後についてきた。赤の湖は、直接見るとそこまでの大きさではなく、人間一人分よりもさらに小さい水たまりだった。


 中心に僕と同い年くらいの少女が横たわっていて、それが水源であることは未成熟の胸に突き刺さる凶器が証明していた。彼女を見下ろすように姿鏡が現実を映し出す。


 間違いなく、死んでいる。

 ケプト・ルーゼンは殺されていた。



「始まったか」


 誰の口から出た言葉かわからない。僕だったかもしれない。複数人が同時に漏らした言葉かもしれない。


 転生者を招待するということは、魔王が紛れるということ。魔王がいるということは人が死ぬこと。

 この結末は、既定路線だった。


 回復魔法が起動することもなく、抵抗した様子もなく、目をつぶったままケプト・ルーゼンは死んでいた。


 血の匂いに惹かれて足が前に進む。誰にも感情を悟られないように、口元を抑えながら僕は一歩、さらに一歩と前に進み、足を挫いて血の池に飛び込んだ。


「大丈夫かい」


 即座にティールが駆け寄ってきて、手を差し伸べてくれる。僕はお礼を言おうと顔を上げて、視界の端で動く物陰に視線を奪われる。


 それは、ケプトの正面に佇んでいる薄汚れた姿鏡だった。霧がかかっているような反射の先に、一人の少女が映っている。


 ケプト・ルーゼンの霊が浮かび上がったわけではない。純白のセーラー服を赤黒く染め、手先を隠すほどの長い黒髪、この世の全てを憎むような漆黒の黒目、赤く濡れた口元。

 日本人の女子高生が、姿見の向こうから僕をじっとみていた。


 ケプトの死体と、前世を映す鏡。


 非科学的な現象に、僕はティールの手を取らず、血塗られた手で口元を覆った。

ようやく本編始まりました

良ければブックマークして読んでください

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