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02.転生者は晩餐会へ 1

「つまり、この世界は偽りに満ちているのです」


 自信に満ちた力強い声が地下にこだまする。

 艶のある漆黒のコートを羽織り、黒のパナマハットに手を当てるその男は、まるでドームに立つミュージシャンのように迫力があった。


 ステージの上で語る彼を、虚ろな瞳で見つめる人間が総勢三十人。神に出会ったかのような恍惚とした表情をする観衆に、男は満足そうに笑う。


 男はそれからも話を続け、現政府の批判をする。

 今の国王は間違っている。歴史は塗り替えられていて、誤ったものを学んできてしまっている。魔法によって洗脳されている。


 真実はこうだ。魔王という存在が正しく、本来は彼らがこの世界の中心である、と。


 皆、男の話に感銘を受け、規律の整った拍手が地下を埋める。その気味の悪さと、僕だけが取り残されている状況に嫌気を指しながら、とりあえず拍手を合わせた。


「さあ、皆さま。魔王様に祈りを捧げましょう」


 男の手から、白い煙が広がっていく。換気など行っていない地下の空間を埋めるのは一瞬だった。人々は大きく息を吸い、魔力のこもった気体を体内に取り込む。


 催眠か、洗脳か。精神に作用する魔法であることは間違いない。きっと、思考が濁っていき、冷たい現実から目を逸らすことができていることだろう。

 手をだらんと下げ、足に力が入らなくなり、崩れるように地に付す。あっという間に、男女が寝転ぶ、つまらない光景が広がった。

 僕も深く息を吸い込んで、大きくため息を吐く。


「何をしているのです? 貴方もほら、息を吸って」


 一向に倒れる気配のない僕に気が付いた男は、首を傾げる。この場所にいる人間は、自分の話を聞きに来ている。この煙を吸うことが目的であるはずだ。

 何故、拒絶をしているのか。そもそも、未来に絶望した人間が集まる集会に、十歳そこらの少年が混ざっている不可解さを疑問に思っていることだろう。


 いや、違う。少年は、息を吸った上で倒れていない。魔法が効いていないのだ。

 男は驚いたように声を上げ、その思考の隙をつくように、僕は壇上に走った。彼が異常を察した時には既に王手だった。


 男の手から放出される光の玉は僕の体を傷つけることなく霧散する。何か叫ぶ男の足首をナイフで切り裂き、体勢が崩れたところを紐状の魔道具で縛りつけた。


「魔王討伐戦線だ。魔王信仰罪で逮捕する!」


***


「魔王神教。二年前からパラス国内で急速に流行りだしている新興宗教だね。社会で失敗した人間たちが、強大な悪を信仰することで自分を正当化する……。長い歴史のなかでは度々生まれる癌ではあるけれど、今回も『強奪の魔王』とは直接関係があるわけではなさそうだ」


「そのようですね。リーダーの男も、末端も末端。唯の魔法使いでしたし。幻覚中毒にして、救ってあげているつもりなんでしょうね」


「うん。でも、こういう地道な治安維持活動も、魔王討伐戦線の仕事だよ。民衆が魔王側に着くなんて、魔王討伐より面倒だ」


 ステージ上で倒れている人々を見ながら、先輩は深いため息をついた。地下には大勢の警備隊員が流れ込んできていて、解呪の魔法をかけ始めている。


 幻覚魔法はそのうち治り、正気に戻ることだろう。魔王神教にはまるような人間は、魔法とは無関係に狂気じみていると言う話は置いておこう。


 魔暦595年。魔王討伐戦線としての仕事も今年で六年目に入り、潜入捜査のような特殊な任務を任せてもらうことも多くなって来た。


 僕が中に入りこんで、先輩が外を囲い込む。二人一組で行われる対魔王編成も、これで五回目だ。


 しかし、本物の魔王と相対したのは二回だけ。大抵は、今回のような魔王を崇拝する社会の闇。後処理は警備隊に任せることができる、軽い事件だ。


 魔法学院魔王討伐戦線は、対魔王に特化した平和維持部隊。魔法学院警備隊は一般的な魔法使いの悪事に対処する治安維持部隊だ。


 同じ魔法学院だが、方向性が違う。

 警備隊員はステージの上で談笑する僕らを見て、白い眼を向けてくる。しかし、僕の存在に気が付いたのか、すぐに目をそらした。世界に嫌われている自覚はあるが、人に嫌われ続けるのは普通に傷つく。


「気にすることないさ、ヤユ。人ってのは、分からないものに恐怖するだけだ。そのうち、ヤユの頑張りを認めてくれるような人が増えていくさ」


「先輩……」


 魔王を討伐する部隊の中に、魔王と同じ性質を持つ者がいる。この異質は当然のように周りとの距離を作った。

 何より、僕ことヤユ・オーケアは今年で十歳になる。こんな危険な場所に子供が紛れたら悪目立ちする。


 それでも、先輩は違った。ただの魔法使いにも関わらず、僕を恐れることもしない。

 まあ、魔王討伐戦線は変わり者の集まりなので、感覚がずれているだけなのかもしれない。それでも、僕がこの仕事をやり続けられる一番の理由だった。

 これから先も、先輩と一緒ならば、やっていける。


 魔王神教の後片付けも終わり、魔法学院の本拠地に戻る。一息ついたタイミングで、「ヤユの次の現場だけどね」と先輩が口を開いた。


「これまた急ですね」


「ああ。今日中にここを出てもらう。泊まり込みだな」


「わかりました。また潜入捜査ですか?」


「ああ。ルーゼン家の晩餐会は知っているかな?」


 勿論知っている。ルーゼン家は僕らが住む東国パラス、隣の西国ダルフに留まらず、世界を見ても五本指に入る資本家の一族だ。

 長い歴史を持つ古い家系で、未だに世界レベルで発言力を持っている。

 彼らが定期的に開く晩餐会は、各国の王族から各分野の天才達を呼び、主催者が用意した難題を招待客に解かせるというものだ。


「金持ちの道楽ですよね。僕ら一般市民には無関係な話です」


「普通ならね。ただ、今回の主催者はルーゼン家の中でも曲者でね。三女のオルタ・ルーゼンは、晩餐会の参加条件を細かく設定した。その条件があまりにも不可解だから、ヤユに直接声がかかったというわけだ」


「未成熟の子供とかですか?」


 自分の身体的特徴を告げる。確かに、年齢制限があるのならば僕以上に適任はいない。この世界で僕より賢い十歳はいない。

 だが、先輩は首を振った。


「言い方が悪いけど気にするなよ。参加条件は『前世』という虚偽記憶を持つ精神疾患者と、正常な魔法使いの二人一組。魔王の大半がヤユと同じ『転生者』である以上、我々魔王討伐戦線が動かないわけにはいかないだろう」

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