17.第一のXX 1
異世界の門を巡る競争が本題ではあるものの、オルタが主催しているのは晩餐会である。
世界有数の金持ちであるルーゼン家が振る舞う料理は文句なしの絶品だ。魔王討伐戦線としてそれなりの給料を貰っている僕ではあるが、これほど上質な肉を口にしたことは一度もない。
だが、純粋に食事を楽しめる程、僕の心は図太くなかった。頬を押さえながら食事を楽しんでいるソクラが羨ましい。絶品料理ではある筈なのに、味がしない。
他人に弱みを見せないのは、ヤユ・オーケアとして普通の生活を送るための最低条件だ。僕が徹底していたことだし、前世について語る必要性も無かった。
それなのに、なぜ。
年齢と性別も、見た目だって。天野ヒトミとヤユ・オーケアに共通点はない。僕が自ら公言しない限り、前世を見抜かれるはずが無かった。
それに、よりによってケプト・ルーゼンの正体が『放火魔』だったなんて。会ったことはないが、令和に生きていた日本人で、奴の悪行を知らないものはいない。
菅原コウ。一月のうちに七つの家に火を放ち、二十を超える死者を出した令和最大の連続放火魔。彼が捕まったという話は聞いていなかったが、ここにいるということは死んだのだろう。
魔王であるか、否かに限らず、危険人物だ。晩餐会の主催者側に『放火魔』がいるとなると、開催目的すらも怪しくなる。
オルタも僕のことを知っているのか? 他の面々も? それとも、僕の前世が明らかになるのは時間の問題か?
配膳の役割を担う魔道具を指示しながら、食事を運んでくるケプトが、いつ僕の正体を発表するか、気が気でない。
コース料理も終盤にかかり、ケプトは空の皿をのっけた宙を舞う魔道具と共に部屋から出て行く。直後、オルタが手を叩いた。
「舌の肥えたダルフの王族の方にも楽しんでいただけるよう、パラス国の食材をふんだんに使いました。料理は楽しんでいただけましたでしょうか。残るはデザートのみとなりましたが、この面々にしては普通すぎると思い、大陸の各地から食材を集めて準備しておりました」
この面々。転生者が五人もいるのに、ということだろう。
食材は用意したから料理してくれ。彼女は招待客の一人にそんなことを言ったらしい。
「異なる世界の星、地球には無数の国が存在し、それぞれ独自の食文化を進化させていったと聞いております。食事を通して異世界の文化に触れられるだけで、このパーティーを開催した価値があるというものです。協力していただいたティール・オキニさんには最大限の感謝を」
「気にしなくていいよ」というティールの声に、「まあ」とわざとらしく口を開ける主催者。
浮遊する円盤の形をした物体が扉から流れ込んできて、部屋の中に甘い匂いを満たして行く。十年間この世界でたどり着いたことはない香りに、思わずお腹がなる。
「デザートといえばケーキだろうと思ってね。魔法使いの皆さんにも地球の味を楽しんでいただけるよう、最もノーマルなショートケーキを作らせてもらった」
ティールの説明が終わるのと同時に、それぞれの前に皿が置かれる。白のクリームに、赤いイチゴのような果物が乗っている。確かに、日本でもよく見る一般的なケーキだ。
初めて見る種類の食べ物に魔法使い達は困惑している様子だったが、僕やテラスと言った転生者達はすぐに口に入れていた。
アラン王子もケーキを口にし、思わず笑みをこぼす。王族も唸らせる食事を作れるとは、ティールは中々料理がうまいらしい。
オルタも満足そうに何度も頷き、自らもケーキを食べ始めた。しばらくの間、フォークが皿に当たる音だけが室内に響いていた。
「とても美味しいです。ティールさん。もしかして、前世ではコックさんだったりするのですか?」
「まあ、そんなものかな。仕事以外にも、趣味で料理することは多かった。この世界でそっちの道に進むのも考えてはいたが、食材を集めるのが大変でね。ありもので作るのは中々骨が折れる」
「謙遜なさらず。どれだけお金をかけても、この味に辿り着くことはできません。やはり、異世界の文化は異世界の方々がいなければわからない。いい勉強になりました」
フォークを置いたオルタは、満面の笑みでそんなことを言った。魔王信仰罪に抵触する発言ではあるが、晩餐会内に嫌悪感を示すものはいない。
オルタは続けて、「さて」と皆の注意を引く。
「こうして異世界の方々が集まったのです。これを機に、皆さんの考えを教えていただければと思います。どうです。異世界の門を手にしたら何をしたいか、教えて頂けませんか?」




