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16.天国の魔王城 4


 ケプト・ルーゼン。

 晩餐会の主催者、オルタ・ルーゼンの娘にして、五人目の転生者。

 

 ダルフ国の王族、アラン王子をもってしても、オルタに娘がいることを知らなかった。秘匿された転生者という、晩餐会唯一のイレギュラーだ。


 彼女は地下へ続く階段を前にしている僕らをみて、鼻を鳴らした。何やら、言いたいことがあるらしい。

 咄嗟にソクラの前に立ち、「大声をあげてすいません」と謝罪から入る。


「ですが、僕ら招待客は魔王城のどこでも立ち入る権利がありますよね。地下への侵入も禁止されていません」


「勿論、母上はこう言うでしょう。『認めましょう』、と」


 ケプトはマスクを外しながら、ゆっくりと僕らに近づいてくる。初めて見せる、少女の素顔。オルタに似ているが、より色素を薄めて幼くしたような顔つきだった。

 僕と殆ど変わらない身長だからか、目線がよく合う。ケプトは笑みをこぼして「だけどな」と続ける。


「地下のステージは君たちには少し早い。そこは、第二、第三の難問の時に使う舞台なんだよ。第一の難問すら解いていない間は、早く別の部屋に行ってもらいたいものだ」


 最初に会った時とは随分雰囲気が違う。招待客を前に、丁寧な言葉で話しかけていたはず。今見せている、軽い言葉回しが転生者としての素なのだろう。


「ああ、口調が気になるか。まったく、転生とは難儀だよな。年齢を戻されるだけでなく、性別まで変わるなんて。母上にとっては子供が大人っていうのは面白くないらしい。こんな鋼鉄の仮面までつけられて、言動をすべて管理される羽目になったんだよ」


 コンコン、と仮面に指をあてるケプト。


「こういう精密機器は、魔力に当てられると直ぐに故障する。誰かさんが魔力を流してくれたおかげで久しぶりに仮面を外せた」


 「あたしだ!」と僕の後ろで声を上げるソクラを黙らせる。地下への侵入はともかく、魔道具を破壊し尽くした場合は流石に怒られるだろう。

 しかし、ケプトにとっては都合がいい展開らしかった。


「こうして、お前と接触できるいい機会になった。感謝するよ」


「何が目的ですか。オルタ嬢と同じく、異世界の門を僕たちに解かせたいんじゃないのか」


「勿論、母上と同じだよ。異世界の門を開くために協力できることは何でもする。俺ができる唯一の親孝行みたいなものだしな。だが、ヤユ・オーケア。俺はお前の正体に気がついている。お前に頼がある」


 その言葉に、僕はポーカーフェイスを貫く。

 魔王討伐戦線であることはバレてはならない。特に、素性が明らかになっていないケプトのような転生者には。探りを入れているのかもしれない。


 逆に、チャンスでもある。オルタの監視下から逃れた状態でケプトと対話を重ねるのは貴重だ。この少女が魔王である可能性は十分にあるのだから。

 

 僕は無表情のまま、「聞きましょう」と続けた。


「ですが、僕はただの小学生ですよ。天才魔法使いソクラ・スタウの付き添いでしかない」



「そうか。今世ではまともな生活を送れてそうで何よりだぜ、天野ヒトミ」


「あ?」


 自分でも聞いたことのない程の低い声が出る。ポーカーフェイスは一瞬で崩れ、歪んだ表情を隠すために口を隠す。「アマノ?」と首を傾げるソクラに助けを求めることもできない。

 オルタの時とは違う。ケプトは僕の前世を知っている。既に、取り返しのつかないところまで辿り着かれてしまっている。

 マスクを外して素顔を晒したケプトは、何も隠すことはないと言わんばかりに、「俺は菅原コウだ」と前世を明かした。


「流石に知っているよな。『放火魔』って言った方が伝わるか? 直接あったことはないが、『詐欺師』に紹介されて、『吸血鬼』の後処理を手伝ったこともある」


「僕は……」



「お前のような罪人がくるのを待っていたんだ。頼がある」


 人差し指と親指で白い何か挟んでいる。ぴらぴらと揺らめくそれは、あまり見ない羊用紙だった。遠目でこの世界で一切使われていない日本語が書かれているのがわかる。

 一切言葉を返さない僕に近寄り、紙を向けてくる。


「これを……、と、時間切れか」


 手に取ろうとした僕の手は空を切った。

 ケプトは紙をマスクの下に入れて、再び顔を覆う。先ほどまでの会話など無かったかのように、彼女は丁寧な淑女のような振る舞いをした。


「ヤユさん、ソクラさん。一度休憩をとりましょう」


 マスクをコンコンと触り、わざとらしく音を鳴らす。彼女の先ほどの話を言うならば、一時的にショートしていたマスクの機能が戻ったのか。

 つまり、ここから先の会話はオルタ・ルーゼンに聞かれている。


「というも、私がここに訪れたのは貴方たちを盗み見するためではなく、夕食に呼びにきたんですよ」


 コントロールルームから監視していたオルタが、招待客の招集を娘に依頼したのだろう。僕らの地下への侵入を止めたのも、単にタイミングが悪かっただけなのかもしれない。


 天野ヒトミに触れることもなく、菅原コウは背中を向けた。展示室の扉を開き、付いてくるように僕らを促す。


 状況を読み込めていないソクラが、心配そうに僕を見つめている。何度もいうようだが、僕からソクラに話せる前世のことは何もない。

 重い足を引きずりながら、ケプトについていった。


 鈍器で殴られたような衝撃は、この後に食事があるとは思いたくないほどの吐き気を誘発した。


 目の前の少女があの『放火魔』ならば、僕の人生は終わったも同然だった。それだけでなく、天野ヒトミであることがばれている。

 ケプトが僕の正体を他の転生者に伝えた瞬間、ヤユ・オーケアとしての人生は終了する。実質的に、彼女に弱みを握られた状態となった。


 前世の業。『天野ヒトミ』だったという事実。一度死んだだけでは消えない明確な弱み。


『弱みを人に見せてはなりません。利用されるだけなのだから』


 お母さんの声が聞こえたような気がした。

 いつまで経っても、お母さんの言い分は正しい。前世での最悪な記憶がむせかえる様に脳内で再生される。

 地獄のような時間は食堂の扉を開き、光が廊下に差し込む瞬間まで続いた。


「母上、最後の二人を連れてきました」

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