15.天国の魔王城 3
魔王城一階、九時の位置にある展示室。以前入った時は、アラン王子とカオルが先に調査していた。対天国の魔王との戦闘に関する遺物が飾られているのだから、この中に異世界の門があってもおかしくはない。
十年前。世界統一を掲げた天国の魔王にパラス国の防衛部隊は手も足もでなかった。空に浮かぶ魔王城からの一方的な攻撃に地上部隊は壊滅し、飛行魔法を使えるものも空中で撃ち落とされた。
各地から戦力が集まり、臨時勇者部隊が作られたのは直ぐのことだった。
魔王討伐経験のある冒険者。
協会の勇者。
魔法学院の魔法使い。
そして、無名の秘密兵器。
四人で構成される臨時勇者部隊によって、天国の魔王は討たれることになる。展示室には、彼らが使った道具が飾られている。
ショーケースの中に飾られている勇者の剣、魔王討伐後に掲げた冒険者の旗、魔法使いが地面に刻んだ魔法陣……。
それぞれの詳細な説明が金属の長方形のプレートに刻まれている。美術館に来たような気分になる。特に、臨時勇者部隊の説明が書かれた大きなボードは、歴史すら学ぶことができる代物になっていた。
「魔法学院の魔法使いラス・スタウ、か。ソクラの実家が魔法学の名門なのはわかっていたが、まさか臨時勇者部隊の一人にいるとはな。ソクラは姪なんだっけ?」
「そうね。でも、親戚の集まりで何回かあったことあるだけで、直接会話したことはほとんどないわ。ういうヤユこそ、無名の秘密兵器、エリク・オーケアと苗字が同じじゃない。お父さんだったりするの?」
「あー。まあ、うん。ソクラだった話してもいいか」
隠すようなことではない。前世のことならともかく、ヤユ・オーケアの出自に弱みになるようなことは何もない。天国の魔王を討ち取った臨時勇者部隊の説明が書かれているボードを前にして、「ただ、ペテロ出身だっただけだよ」と呟く。
「生まれた直後に、天国の魔王からの攻撃があったんだ。唯一生き残った僕を、エリクさんが拾ってくれた。それだけの話だ」
エリク・オーケアの名前が臨時勇者部隊として残されているのは正直意外だった。
エリクは後に魔法学院魔王討伐戦線を創設することになる。僕や先輩のボスに当たる存在だ。
ボスに拾われてから十年。魔王と同じ体質の僕が魔王討伐戦線で生きていけているのは、彼のおかげでもある。
「ふーん。それじゃあ、あたしたちは魔法学院コンビってだけじゃないのね。臨時勇者部隊の関係者の二人でもあるわけだ」
言われてみれば、その通りだ。
魔王討伐戦線の僕が招待客として選ばれるのは当然として、ソクラが天才魔法使いだから選ばれるのは不自然だと思っていた。
何も、女子高生でなければならないわけではない。天才魔法使いなんて、探せばいくらでもいる。
彼女が臨時勇者部隊の血縁者ならば、意味合いも変わってくるというものだ。
そう考えると、臨時勇者部隊のボードを置いたオルタの真意も気になるところだ。天国の魔王城に来るような連中が、臨時勇者部隊の名前を知らないわけがない。他の招待客に、僕らの素性を再確認させようとしているようにも思える。
それか、彼女が個人的に臨時勇者部隊に思い入れがあるのか。
埃一つ被っていない展示室の様子から、オルタがこの部屋を大事に思っていることがわかる。魔王城を買収したこともあるし、やはり、彼女は十年前の事件に固執している。
魔力の通りからこの下に部屋があることは確定しているのだ。何かしらの絡繰絡繰があるはずだ。
「うーん」
魔法学的観点で見ても、地下への道は見つからないようだ。ソクラもまた、部屋をぐるぐると回って何かに手をつけては離し、首を傾げていた。
「ソクラ、地下への道は確実にこの部屋なのか? 下に部屋があると言っても、入り口は別にあるかもしれない」
「いや、この部屋から下に進む道があるのは間違いないのよ。魔力砲を放てば、直接行けるけれど」
「当然、物を壊すのは無しだ」
「そうよね」
流石に弁えているようで、彼女は肩をすくめた。
高火力の魔法しか使えない彼女は、先ほどのような大規模な魔力探知はお手のものだが、細々とした物は苦手だ。ここは、僕が何とかしないと先に進めない。
そもそも、何故地下への道が隠されているのか。
ルーゼン家が買収したとはいえ、異世界大好きなオルタが、好き勝手城を改造するとは考えにくい。内部構造に関しては、天国の魔王時代から変わっていないはずだ。
以前も確認したことだが、この魔王城は空を飛ぶことで攻城兵器として成り立っている。空島自体が強固な防衛手段で、城内は居住区としての意味合いが強い。
空島を浮かぶ動力源ならば、魔王城の心臓部ということになる。強固なセキュリティで覆われていてもおかしくないが、地下室への道を隠す目的は何だろうか。
とはいえ、天国の魔王が用意したのならばわかりやすい。天空エレベーターのように、物理的な物の筈だ。魔法使いではない、転生者でも開くことができる。
スイッチやレバーは見当たらない。それならば、目に見える展示物の何かが鍵となっている? たとえば今ソクラがショーケースを外して直接握っている剣とか。
「え?」
剣を手にしたソクラが僕の方を見ながら首を傾げる。
「なんだよ」
「この声、何?」
「声?」
動きを止めて耳を澄ますが、何も聞こえない。間取りを広く使っているこの空間では、廊下の音すら聞こえない。ソクラは眉を顰めて剣を鞘を戻そうとして、途中で止めた。
彼女は懐から拳サイズの魔力石を取り出す。それを砕いた右手は、青白い光を灯す。ソクラは再び鞘を握り、剣を抜いた。
彼女の不可解な所作に合わせるように、展示室の奥の壁が光り輝く。蜃気楼のように揺らめいた壁は消え、最初からそこにあったかのように地下への階段が現れた。
「なんか開いたわ」
魔力石を使ったということは、細かい魔力操作を行ったことになる。
何故、ソクラは地下への行き方を知っている。
僕の疑問は、彼女の納得の言っていなそうな表情によって黙らされた。ソクラ・スタウは考えていることがすぐに顔にでる。まるで、自分自身が理解できていないようだった。
『何故、自分は地下への行き方をしっているのか』。ソクラ自身が訳の分からない状況に、驚いているようだった。知らないはずの知識を知っている。聞こえない声が聞こえる。
「ソクラ、お前……」
初めて見る、彼女の揺れる目線。自分の手を見て、口を押さえて、瞳を大きく見開いた。自由を体現したようなソクラらしくない、不自由な言動だった。
沈黙、強まる緊張感。ソクラに対して生まれた懐疑は僕の神経を研ぎ澄まし、故に展示室の扉が少し動いたことに気がついた。
「誰だ!」
咄嗟に叫ぶ。地下の扉を開いていることよりも、僕とソクラの関係性を棚に上げたかった。相方として横に置いておく存在ならば、問いたださないといけないのに。
単純な話、ソクラ・スタウの動揺したその姿が、あの日の天野ヒトミにそっくりだった、それだけの話である。
過去の話などどうでもいい。今は、僕らのやり取りを盗み見ていた存在に注目したい。現実逃避させて欲しい。
僕の怒鳴り声に、扉はゆっくりと開いた。ひょっこりと姿を現したのは「誰だ、はないでしょうよ」と嬉しそうに呟くケプト・ルーゼンだった。まん丸な瞳を更に大きく開け、口元を隠す鋼鉄のマスクがあっても笑っていることが想像できる。
「全く。第一の難問を解く前に、地下に向かおうとする奴がいるとは思わなかったよ」




