14.天国の魔王城 2
ありとあらゆる現象を模倣する技術、魔法。
火を起こす、水を凍らせる、傷を癒す、汚れを落とす。
何でもいい。魔法にできないことは何もない。例え、異世界の扉を開くことでも。
「勿論、できる、ってだけでやれるとは言ってないわ。天才魔法使いのあたしを持ってしても、異世界の門を作り出すことはできないと思う」
「ふむ。そこが僕たち転生者の理解を超えているところだな。あらゆる現象を模倣できるって言っているのに、できないとは矛盾していないか?」
ソクラは首を振る。
「単純な話よ。魔法を発動する道筋と実現する資源が無ければ、魔法は使えない。今回は、『異世界の門』を組み立てる道筋がやっかいね。一般常識から逸脱した魔法は、無数の魔法の集合体で構成されている筈よ。一つ一つ解明して、再現性を持たせらることができればあたしでも使えるようになるけど、その前に寿命が来るでしょうね」
「ふむ。だが、今回は『異世界へ行く魔法』を編み出すわけじゃないぞ。既に、異世界の門は存在している。そうでないと、難問として成り立たない……よな?」
自分で言っていて不安になる。
異世界の門を探せ、という難問の答えが、異世界へ行く魔法の設計書を探せ、という可能性が浮上してきた。物体ではない概念的なものならば、僕の手に負えない。それこそ、魔法使いでないと解けないものになる。
しかし、そこまで事態は難解ではないらしい。首を振ったソクラは、「安心しなさい」と続けた。
「異世界の門は、おそらく魔道具よ。さっきも言ったでしょ? 魔法をつかうには、道筋と資源が必要だって。不変の道筋を物体に落とし込んだ魔道具なら、資源さえ用意できれば誰でも魔法を使えるわ。オルタちゃんが異世界の門の開き方がわからないのがいい証拠よ」
「なるほど。異世界の門を開く魔道具なのはわかっているけど、その使い方がわからない、ってことか」
地球の知識に置き換えるとわかりやすい。
魔法はプログラミングだ。決められたコードを打ち込めば、結果として出力させられる。
プログラマーのような魔法使いたちは、ソースコードを自力で打ち込み、その場でアプリを作っているようなものだ。
魔道具はユーザーに提供されるハードウェアといったところだ。プログラマー達が事前に設定してくれた内容を、電気さえあれば誰でも再現できる。
要するに、他人と通話できる携帯電話を手にしたのに、電話番号がわからない。または、電源の付け方が分からない。オルタ・ルーゼンが直面した壁はこんなところだろうか。
「段々わかってきたぞ。やるじゃないかソクラ。魔法学院首席で入学の異名は伊達じゃないな」
らしくもなく、僕はソクラの背中を叩く。魔法という異世界の文化をここまで落とし込めたのは初めてのことだった。なんだか気分がいい。
対して、ソクラは納得の行かないのか首を傾げたままだった。異世界の門が実態のある魔道具であるとわかっただけで、大きな一歩だと思うが、彼女の視点は更に先に進んでいた。
「おかしいのよ。道筋の方は魔道具が解決してくれるとして、資源の方が不可解だわ。異世界の門を開くためには、すごく大きな魔力が必要なはずなのよ」
「魔法を使うには道筋と資源が必要って言ってたな。魔力が資源っていうのはなんとなくわかるけど、魔法使いってのは体内に魔力を内包しているんじゃなかったっけ?」
「だから、その魔法を使うために魔力をためてたら、先に寿命が来るのよ。別世界への干渉なんて、一人の人生で賄える量の魔力量を超えていると思う」
「それなのに、一階には魔力源がなかった」と、ソクラはぼんやりと呟く。
「細かい魔力探知は苦手じゃなかったのか?」
「巨大な魔力を探すのは寧ろ得意よ。大雑把な魔力探知でも、嫌でも引っかかるはず」
彼女は足を止め、左右に首を振る。何かを探すかのように、天井を見上げる。
「ちょっと、外に行かない?」
***
天はすっかり闇に包まれ、星々が光り輝いている。
標高が高いからか、いつもより冷たい風が僕らの肌を撫でた。
ソクラ曰く、この魔王城のどこかに巨大な魔力を発生させる装置があるらしい。
そもそも、天国の魔王城の存在事態が不可解だと、天才魔法使いは言った。空島なる巨大な物体が十年もの間も天に浮かび続けるには、これまた巨大な魔力源が必要になる。
地球で例えるなら発電所だ。原子発電所のエネルギーをすべて飛行に費やしたとしても、空に城を浮かばせることは想像できない。そして、この世界でも空島は天国の魔王城以外存在しない。
つまり、原子力以上のエネルギーを生み出す力がある。この世界においても、無法ともいえる莫大なエネルギー源が魔王城のどこかにあるのだ。
ソクラは懐から取り出した魔力石を砕き、浮遊魔法を再現した。
魔王城の外、白の植物園にて、僕は空を見上げる。
セーラ服を靡かせながら、空を舞う女子高生。スカートを押さえているが、下からだと全て丸見えなので意味がない。だが、彼女は目の前の仕事に精一杯のようだった。
ソクラは飛行魔法は使えない。曰く、不器用らしい。魔力石で制限しないと、ロケットの如く吹っ飛んでしまうようだった。
五分ほど空を舞ったのち、突如として彼女は自由落下を始めた。呆然と一部始終を見ているだけだった僕の前に彼女は落下し、重力に押しつぶされる。一瞬にして、鉄の匂いが周囲に充満した。
「お、おい。大丈夫かソクラ」
首が折れ曲がり、肘からは骨が突き出ている。赤い液体をまき散らしながら、壊れた人形のようにソクラは立ち上がった。両手で頭を正常な位置に戻す様は、化け物そのものだ。
彼女が二度瞬きをしたころには、体の修復は完了していた。赤の長髪が、血塗られた制服とよく似合う。
「無いわね。魔力源どころか、本当に何も無かったわ。丸い半球状だから、雨水が溜まらないようにしたのかしら」
回復魔法が生まれた時から刻まれている魔法使いにとって、この程度の重傷は日常なのだろうか。十年間この世界に生きてきても、未だに慣れることはない。
「なによ。あたしの顔に何かついてる?」
「いや……、別に」
「そう。まあ、これではっきりしたわね。上にないなら下にある。魔王城には地下があると思わない?」
脱線してないか、という言葉を僕は飲み込んだ。
ティールやテラス達が一時間もかからずに第一の難問を解き明かした時点で、異世界の門は隠されていないことが明らかだ。地下があったとしても、第一の難問とは関係がない。
だが、ソクラがこちら側の調査をしてくれるのは都合がいい。魔力源の正体を暴くことは、オルタ・ルーゼンの企みを知ることにも繋がる。
魔法どころか調査用の魔道具も壊れてしまった僕が地下への入り口を探すのは時間がかかり過ぎる。便利な魔法があるなら是非とも使ってほしい。
ソクラは手のひらを天に掲げたかと思うと、一気に反転して地面に向けた。刹那、光り輝く視界。突風が巻き起こり、魔王城外の庭園で蕾が震えた。
「な、何をした?」
「探知魔法……、と言いたいところだけど、ただ魔力を放出しただけよ」
地を這わすように魔力を流す。濁流のように広がるそれは、瞬く間に空島を飲み込んだ……、らしい。
僕には魔力の流れは見えない。だが、異常な事をしたことは大気の振動で分かった。彼女は地面から手を離し、手を叩く。
「うん、地下への入り口がわかったわ」
「え? どうやって」
「流れる魔力の動きをわかれば、魔王城の内部構造は大体わかるのよ。一階の展示室で魔力は下に流れていった。あそこの下に部屋があるわよよ」




