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12.五人の転生者 6

 世界三大貴族の一つ、ルーゼン卿。東国パラス、西国ダルフ、北国の三つに強い影響を持つ、大陸の裏の支配者。普段生活していたら関わりようが無い存在だ。


 招待してくれたお礼と、軽い世間話。少し探りを入れつつ、適当な話をして帰る。その間に、部屋の中にある『異世界の門』の手掛かりになりそうなものを探す。


 不愉快な話だが、直前のティール達と出会ったのも追い風になっていた。僕らは出遅れてはいるが、まだ晩餐会は始まったばかりだ。『異世界の門』は想像よりも近くにある。


 うまくいけば、この場で解答を導き出す事だってできるかもしれない。第二の難問の質問まで辿り着ける可能性すらある。そうするだけの自信が僕にはあった。


 あった。過去形である。

 僕はオルタ・ルーゼンの部屋に入った後、自分が建てた計画を全て棄却する羽目になった。


「ヤユ・オーケアさん、ソクラ・スタウさん。ようこそ、わたくしの部屋へ」


 この女と長話をする?

 冗談じゃない。寧ろ、オルタ・ルーゼンこそ僕と正反対の位置にいる人間だ。


 彼女の素性を暴くまでもなく。潜入捜査を行うまでもなく。オルタ・ルーゼンは黒だった。


 部屋に入った途端、異世界に来たかと錯覚した。『天野ヒトミ』としての僕ではなく、『ヤユ・オーケア』としての感想だ。

 この部屋は東国パラスでも、西国ダルフにも存在しない異なる世界そのものだった。


 中央には一階のロビーが映し出された大型のディスプレイ、囲むように黒の二十四インチ程のディスプレイが壁を埋め尽くすように貼られている。


 所謂モニタールームであるそれは、電気を通じた映像表示技術の様によく再現されている。


 否、これが魔道具で再現している模倣品であるとか、偶然辿り着いた発想とか、彼女が魔王なのかとか、真実はどうでもいい。

 異世界を意識した時点で、危険分子として排除されるのが魔法の世界だ。魔王討伐戦線の規定に乗っ取り、オルタ・ルーゼンを『魔王信仰罪』で逮捕することができる。


 僕が魔王討伐戦線であることに気がついていないオルタは、浮遊する赤い椅子に深々と座りながら僕らを見下ろしていた。

 椅子の下では影を薄めるように、鋼鉄のマスクをしたケプト・ルーゼンが俯いている。


 オルタは嬉しそうに笑う。


「何かお話があるのでしょう? 是非とも聞かせてください」


「……。よっぽど、異世界がお好きなんですね」


 絞り出した言葉がこれだった。我ながら、情けない。


 未知の力を異世界に持ってくるのは、文化侵略だ。辿ってきた歴史が異なる物が混ざると、魔法暦は歪んでいく。

 正しい世界は遠くなる。社会は闇に飲まれていく。

 だから、魔王は悪なのだ。異世界を信仰し、価値観を持ち込む人間を僕は軽蔑していた。


「わかりますか? 異世界では投影魔法ではなく映像技術という物が発展しているとお聞きしています。これは、その技術を魔法で再現したものになります。『録画機能』はないですが、別の部屋の様子を同時間で見ることができます」」


「はあ。それは凄いですね」


「ティールさんとはとても楽しくお話をさせて頂いたの。日本、素敵な国ですよね。是非とも、ヤユさんからも異世界のお話を聞かせていただきたいわ。前世では何を?」


 異世界を信仰している人間のことを嫌いな理由の二つ目。転生者だとバレたら、間違いなくこの質問が飛んでくることだ。

 オルタ・ルーゼンはあちら側で、僕を同類だと考えている。扉を開けた瞬間から、この質問が来ることは確定していた。

 

 故に、ここを無視することはできない。適当な嘘をついて、ありもしない過去を語って、こうありたかった理想を共有するしかない。

 僕は笑みを作りながら口を開き、止まった。


 過去?


 前世?


 嘘でも偽りでも、話せることなんて何一つ無い。あってはならない。僕が『天野ヒトミ』だったことなんて、歴史から消し去らなければならない。

 もう、弱みは作らないと決めたんだ。これは、ヤユ・オーケアであるために必要な信念だ。


 魔王を討伐する。それは、贖罪と共に過去と決別をするという意味がある。

 

 だけど、矛盾が僕を襲った。過去を棄却するために、過去を話さなくてはならない。自分を守るために自分を傷つけなければならない。対処法がわからず、柄になく僕は静止してしまった。


 オルタは興味深そうに頷き、浮遊を止めてゆっくりと降下してくる。僕の目の前に立ち、より一層口元を歪ませた。


「ヤユさん。前世では何を?」


「ちょっと! あたしには興味ないの?」


 甲高い声が液晶を震わせる。


「ルーゼン家ほど有名じゃないけど、スタウ家もパラス国内だと魔王学の名門として有名なのよ。その中でもあたしは高等部を主席で入学するくらいエリートなの。十歳のがきんちょよりも、この天才女子高生に注目しなさい!」


 ぱちくりとオルタは瞬きをする。あまりの大声に、内容を咀嚼するのに時間がかかる。それは隣の僕も同じだった。


「第一、今回の魔法学院の招待枠は、あたしが先に院長に声をかけられて、ヤユはその付き添いだと思う。メインのあたしを蔑ろにされちゃ面白くないわ。それとも、ヤユ。あんたはあたしを置いて話したいことでもあるの?」


 本心はさておき、この場では「いや」と断ることが正しい行動だった。

 僕が口を紡いだことに何の違和感も持たなかったようで、オルタは視線を完全にソクラに移した。


「勿論、ソクラ・スタウ様のことも存じていますよ。何せ、天国の魔王を討ち取った臨時勇者部隊の一人、ラス・スタウの姪っ子さんなんですからね。貴方の話もいろいろ聞かせてもらいたいです」


「ま、あたしの実力は話すまでもないんだけどね。三つの難問も直ぐに解いてやるわ」


 ケプトが鋼鉄のマスク越しに「話さねーのかよ」とぼやく。僕も同意だった。ソクラは肩をすくめ、「本題に入ろうよ」と話を切り替えた。


「あたしのことを知っているみたいだし、オルタちゃんのことも教えてよ。なんで晩餐会を開いたの?」


 僕は沈黙を貫き、ソクラは結局何も話していない。それでいて、お前の話をしろと直接聞く。

 僕が考えていたシナリオとはかけ離れていたが、この場の主導権は完全にソクラにが握っている。


 彼女の行動に合理性はない。ただ、一切のぶれのないまっすぐな道だから、誰も手出しができないのだ。特に、オルタのような施す側の人間にとって、純粋な阿呆に対応することは度量の広さをアピールする機会にもなる。


 オルタは「認めましょう」と、ソクラの無礼を許した。寧ろ、この状況を面白そうに笑っていた。


「晩餐会の目的は、こうして皆さんとお話しすることですよ。ここに集まったのは招待券を獲得できた優秀な方々です。そんな皆さんとのお喋りするのはとっても楽しい物です」


 「ただ」と、オルタは核心に触れる。


「目的は隠していませんよ。『異世界の門はどのようにして開くか』。第三の難問ですが、これを解くことがわたくしの目的です」


 彼女はケプトを指差す。突き刺すような冷たい瞳は、決して娘に対して向けられる物ではなかった。


「ヤユさんと同じく、『これ』も転生者です。わたくしたちも、転生者と魔法使い、招待客の皆様と同じ条件でここに立っているのですよ」


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