11.五人の転生者 5
オルタ・ルーゼンへの直談判。
ソクラと初めて意見のあった僕は、意気揚々と扉に手をかけようとして、出鼻を挫かれた。
僕らが如何に出遅れているかがよくわかる。入ろうとしている部屋には、基本的に先客がいる。ドアノブに触れる前に、扉が勝手に開かれたのであった。
「お、魔法学院の学生ちゃんたちか」
オルタの自室から、紫のシャツに白いジャケットを着た飾ったらしい男が出て来た。その後ろには、僕を睨みつける無精髭の男。
彼らを無視してオルタの部屋に入るわけにもいかず、一度扉は閉められた。テラス、カラスの合衆国ルナの双子ペア、アラン王子とカオルのダルフ国ペア、最後の一組が彼らだった。
こうして正面からお互いを見合うのは初めてのことだ。沈黙を切るように、無精髭の男がソクラに人差し指を刺した。
「そこの赤髪。スタウ家のものだな。魔法学至上主義筆頭家系が何故ここにいる」
捻くれた前髪から覗かせる鋭い目つきは、明確な敵意を孕んでいる。
しかし、そういう直接的な感情をソクラは受けることはない。
「そうだよ! あたし、ソクラ・スタウ。おじさんは?」
「シン・テーゼだ。パラス国で商人をしている。後ろの胡散くらい男は、ティール・オキニ。俺の付き添いだ」
「ヤユちゃん、よろしくぅ」と、ティールは僕に手を振ってきた。やけに馴れ馴れしい男だ。それに、身なりの整ったティールと、浮浪者の如く薄汚れたシンはアンバランスなペアだった。
「シンさん、あたし達どっかで会ったことあったっけ?」
「パラスを拠点にしていたら、いやでも魔法学院が関わってくる。どこかですれ違ったことはあるかもな。だからこそ、スタウ家の影響力も理解している」
ふむ。ミルター家のようなダルフ国の王族ならまだしも、スタウ家が有名だとは知らなかった。僕が関心を置いていないということは、魔法関係ということだろうか。
後ろのティールが、「どんな家系なんです?」とシンに聞いてくれたので、僕は口を閉じたまま済んだ。
「スタウ家は、魔法学の名門だ。現当主は魔法学院の七教授の一人だと言えばわかるだろう。それに、長男のラス・スタウは……。まあ、言わなくてもわかるか。どちらにせよ、柔軟な思想は持ち合わせていない筈だ」
「あたしは自由なのよ!」
「そんなあからさまな嘘に納得できるわけ」
と、シンが言い返そうとしたのを、隣のティールが手を前に出した。
「良いじゃないですか。自由で結構。私も魔法学至上主義にうんざりしていたところだ。異世界も転生者も、精神異常者ではなくて本当に実在するんです。いいですか、シン先生。Z世代は古い固定概念なんかどうでも良いでんですよ」
Z世代なんて、何年前の話をしているんだこの男は。少なくとも、僕が転生をしてから十年。今は日本でいうと令和十八年くらいだぞ。世代交代はとっくに行われている。
そして、今の発言からティールこそが僕と同じ転生者であることが確定した。彼は僕の肩に手を乗せ、「お互い、気の強い魔法使いが相方で大変だな」と小声で囁いてくる。
「ヤユちゃん。君は十歳くらいか? まだこの世界に来て間もない経っていないのに、よくここまで来れた。転生者の先輩として嬉しく思うよ」
「はあ」
「俺たちは第一の難問を解いた」
「は?」
「同郷のよしみだ、応援してるぜ。いざとなったら、魔法使いを捨てて手を組もう」
流れるように手を僕の頭へとスライドさせ、ぽんぽんと撫でてくる。最初から最後まで馴れ馴れしくて気持ちが悪かったが、悪意は感じられない。子供扱いするなと言い返そうとしたが、ティールの吸い寄せられるような琥珀色の瞳に口が止まった。
何だこの感覚。まさか、僕が日本人としてのシンパシーを感じているのか。
否、それは絶対にあり得ない。僕が過去を懐かしむなんてことがあるわけがない。
それなのに、何故か『天野ヒトミ』としての記憶が想起させられた。遅れて、怒りに近い感情が湧いてくる。
初対面の人間に嫌悪を抱くことは多々あれど、明確な敵意が生まれることなんてなかった。
ティールに対してではなくて、転生者全員に対してかもしれない。仲間意識を勝手に持ちやがって。仕事でなければ関わりたくすらない。
何のために僕がここに来たと思っている。転生者と馴れ合うためでも、魔法使いと親睦を深めるためでもない。ましてや、異世界に戻りたいなんて考えてすらいない。
本当は魔王なんて知ったこっちゃない。
魔王討伐戦線任務以上に、僕は異世界の門を……。
「ヤユ?」
思考の焚き火に水を掛けられた。残ったのは燃え滓と濡れた炭のみ。僕はゆっくりと一回転して、ティールとシンの姿がないことに安堵のため息を吐いた。
あの程度の事でストレスを抱えるようではこの世界では生きていけない。僕は咳払いをして、「安心しろ、ちょっと考え事をしてただけだ」と、ソクラに返す。
そのまま彼女の返事を聞く事なく、扉を開けた。




