01.開門
誕生日が嫌いだった。
別に、努力して生まれたわけでは無い。そこに僕の意志はなく、自然の摂理として世に排出されただけだ。何の記念にもならないし、祝われるようなことでも無い。
強いていうなら産んでくれた親に感謝を言う日だが、僕に父はいないし、母は先月死んだ。
そんな僕が迎えた十六歳の朝。捻くれたこと呟く僕に、同居人の女は笑いながらこんなことを言った。
「誕生日はね。人のために祝うんだよ」
「どの口が何を言っているんだ」と返すと、彼女は口角を上げてキッチンに向かった。
数時間後に食卓に並べられた真っ白なショートケーキは、口の中に入れただけでとろけ、頬に手を当てたくなる甘さがあった。
誕生日は何も考えずにケーキを食べなさい。他人の誕生日に初めて、感謝や祝いの言葉を述べればいい。
首元から液体が大量に撒き散らされ、アスファルトを赤に染める。全身から力が抜け、膝から地に伏した。
死の間際、同居人の顔がふと浮かんだ。ケーキを食べてる僕を見て、優しさそうに微笑む彼女の顔は何故か眩しかった。
弱みを作らず。嘘偽りのない自分を曝け出して、堂々と生きよう。
来世は誕生日を祝う側の人間になろう。
今度こそ、ちゃんと人を好きになって。
人からも認められて。
両親とも仲が良くて、親孝行も沢山して。
友達もいっぱいいて。
そんな、普通の生活を送ろう。
そんなどうでもいいことを、血の海でぼんやりと考えた。
二◯二三年二月一日、天野ヒトミは死んだ。
***
神様はいる。
天野ヒトミの死の間際の声を聞いてくれていたのだ。
地獄に堕ちるべき魂は、空へと昇る。世界の壁を超えて生まれ変わる。現代風にいうならば、異世界転生と言うべきだろう。
日本で生活した十六年間の記憶を保持したまま、僕は世に吐き出された。
新生児の殆ど何も見えない視界で、現状を把握する。大勢の人間に囲まれている。何を言っているかはわからないが、祝福されているのはわかった。
母親と思わしき影が僕を抱き抱え、感激しているだろう言葉を漏らす。父親だろう男は、母親ごと僕を抱きしめていた。
祖父母だろうか。生まれた孫の誕生日に安堵した様子だ。清潔な服を着ているだろう医者も、出産を喜んでいる。
なんて幸せな世界だろうか。誕生日が祝福の日である理由がよくわかる。
ケーキを作ろう。新しい僕は、輝かしい未来に興奮を抑えきれず、産声を上げる。生きてていいんだと認められた気分だった。
人間として、やり直せる。
そんな僕の高ぶりに合わせるように、視界が白で染まった。新生児故の未完成な視界だからではない。
文字通り、目の前が真っ白になった。
光、である。
質量を持った光が、天から降りて来た。光は僕のいる街を飲み込んで行く。
一瞬の出来事だった。
光は母親の皮膚を溶かした。
父親の血液を蒸発させた。
祖父母の肉体を消し炭にした。
医者は骨すら残らなかった。
出産を控えている別の妊婦も、
産婦人科がある医院も、
外を歩いていた通行人も、
その前で物品を売っていた商人も。
学校の帰り道だった学生たちも、
他国から来ていた行商人も、
明日結婚を控えていた花嫁も、
公園だ遊んでいた子供達も、
家で寝ていた一般人も。
あらゆる生物から、無機質な建造物まで。
全てが光に飲み込まれて消えた。
後から聞いた話だ。
僕が生まれた日、大半の人間は空を見ていたと言う。天に浮かぶ城に疑問を浮かべつつ、日常を謳歌していた。
平和な町民たちを見下ろす者が一人。奴は何を考えたのか、人類に宣戦布告した。直後に、城から放たれた直径一キロメートルを超える光の柱は、一つの町を地図から消滅させた。
ただの人間ではない。
とあるイレギュラー。
異なる世界からの来訪者として、未知の概念で常識を破壊する。そして、魔法を使わずに王になれるもの。
通称、魔王。
死者数は一万を超え、生存者は一人の赤ん坊のみとなった。赤ん坊が生き残った理由は簡単だ。
僕もまた、魔王と同じ体質、世界のイレギュラー、つまり転生者だった。それだけだ。
焦土となった故郷の上で、呆然と世界を見つめる。
家族は死に、故郷は滅んだ。天野ヒトミが転生するには十分すぎる代償だった。
これから、平和な日常なんて送れるわけがない。普通の人生なんて僕には早すぎる。
神様はいる。僕に罪を償うチャンスをくれたのだ。 誕生日おめでとうと、神様から言われたような気がした。
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