合い言葉なんて知らねえよ(好事百景【川淵】出張版 第十九i景【レジスタンス】)
レジスタンスって、わくわくする響き!
ここは反政府組織の秘密のアジト。
政府側のスパイの潜入を防ぐために、出入り口では合言葉を求められ、ちょうどいまこの瞬間も、ひとりの男が自信に満ちた表情でそのフレーズを答えていたのだった。
「敵は本能寺にあって、柿は法隆寺にあり!」
それを聞いた見張り役たちは、顔を見合わせてうなずくと、男の両脇をがっちりとつかみ、そのまま組み伏せる。
ずどん! と銃声が響いたのはそのすぐあとだった。
さて、つぎの日に訪れたこの男はどうだろう?
昨日の男と同じように、アジトの出入り口にて合言葉を求められた彼は、答えるでもなく余裕ぶった顔を見せている。
そんなところは昨日の男と変わらないように思えるが、見張り役たちは彼につかみかかろうともせずに、もう一度、合言葉を尋ねた。
この男はやはり、それには答えずにいたけれども。
やがて、見張り役たちは顔を見合わせてうなずくと、彼をアジトの中へと通してやったのだ。
この情報化社会では、どんなに秘密にしたとしても、合言葉なんてものはどこかから漏れて、広まってしまう。
それは防ぐことなど不可能だし、そんなことに労力を費やすほど、反政府組織は暇ではない。
かといって、保安を疎かにしては、組織の壊滅にさえつながりかねないから困ったもの。
だったらいっそのこと。
合言葉は、どうぞご自由にと広めてしまおう。
それなりの情報源をもつものならば、知らない者がいないほどに。
そしてその裏で。
信頼できる仲間にだけこう教えるのだ。
「合言葉は存在するが、求められても答えるな」と。
正しい合言葉や、あるいは間違った合言葉を答えても、そいつは怪しいやつである。
合言葉なんて知らねえよ、とつっぱねたものだけが、本当の仲間というわけだ。
このからくりも、いずれどこかから漏れて、広まってしまうものかもしれないとは警戒していたけれど、しばらくはその様子もなさそうだった。
合言葉を知った時点で、それが正しいか間違っているかには注意を払っても、まさか正解の合言葉を答えることじたいが命とりになるとは想像しないのが人間なのかもしれない。
今日もアジトは出入り口から中は平和で、その外ではたまに銃声が響きわたっていた。




