第7話 魔剣術学校と【ERROR】の代償
復讐を終えた翌朝。
ルミナの家は、もうそこにはなかった。家自体は残っているものの、彼女の存在を示すものは、彼女が消える前に放った光の粒子と共に、世界のデータからデリートされてしまったかのように感じられた。遥斗にとって、それは一年間続いた温かい日常の終焉を意味していた。
ルミナのローブを羽織り、真っ二つに折れた「対魔術干渉ブレード」の破片を握りしめた遥斗は、バルモンドの街の中心にある鍛冶屋へと足を向けた。昨日、偽ルミナを倒す際にその剣は折られたが、残骸から得られる情報や、何よりも対魔術干渉の能力が付与された剣は使えると判断し、直してもらう必要があると感じていた。
鍛冶屋の扉をくぐると、熱気と金属の匂いが鼻をついた。中では、上半身裸で筋骨隆々の店主、ガルムがハンマーを振るっている。
鍛冶屋のおっちゃん「お? よお、兄ちゃん。何の用だい?」
おっちゃんは汗まみれの顔を上げ、屈託のない笑顔を遥斗に向けた。
ルミナの件をどう伝えるべきか、遥斗は一瞬ためらった。ルミナはギルドでそこそこ名の知られた魔術師だった。彼女が消えたことを、この街の人々はこれから知ることになるだろう。しかし、遥斗の口は、何事もなかったかのように平静を装う言葉を選んだ。
遥斗「この剣を直してもらいにきた。これなんだけど」
遥斗はローブのポケットから、柄の付け根から折れた短剣の刃の破片を取り出し、ガルムに渡した。
おっちゃんは作業台にその破片を置き、目を細めて鑑定し始めた。その表情はすぐに真剣なものへと変わる。
鍛冶屋のおっちゃん「おい、これ……かなりの上物だぞ。ただの魔獣の素材じゃない。こんなもの、どこで見つけてきたんだ?」
おっちゃんは興奮したように遥斗に詰め寄った。その瞳には、一級品の素材を発見した職人の純粋な好奇心が宿っている。
遥斗「そのことはあまり聞かないでくれ……少々、厄介なところから手に入れた」
鍛冶屋のおっちゃん「おお、そうか……すまなかったな。深入りはなしだ」
おっちゃんはすぐに引き下がり、作業に戻ろうとする。
一瞬の気まずい沈黙。遥斗は、この機会にこの世界で通用する武器の情報を得ようと考えた。
遥斗「そういえば、この剣のことを『上物』って言ってたけど、普通のやつと何が違うんだ?」
鍛冶屋のおっちゃん「おう、いい質問だ。上物のやつと普通のやつの違いは、簡単に言えば素材と、魔術が施されているかどうかだな。上質な素材は魔力の通りが良くて、折れにくいのはもちろん、魔術師の魔力を増幅する作用もある」
遥斗「魔術が施されている?」
鍛冶屋のおっちゃん「そうだ。ごく稀に、ダンジョンの中の魔力の高い地層で、このような特殊な魔術が自然にかかっている剣が生成されることがあるんだ。これは普通の武器とはわけが違う。その中でも、これほど素材が良い上物は、このバルモンドではなかなかないぞ。いや、相当古いものかもしれねえ……」
偽ルミナが持っていた剣が、ただの武器ではなく、この世界でも珍しい魔術無効化の特殊な特性を持つ武器はかなりレアなのもだったと知り、遥斗は拾って正解だったと改めて確信した。
遥斗「この剣、直すのにどれぐらい時間かかる? 急いでいるんだ」
鍛冶屋のおっちゃん「うーん、この上物の素材を完璧に打ち直すとなると、普通は一週間ってところだ。だが、俺にはこれがあるからな」
おっちゃんはそう言って、自らのステータスを指差した。
鍛冶屋のおっちゃん「俺には**『鍛冶スキル』**ってやつがある。これがあれば、作業効率は倍以上だ。明日の朝には終わるぞ」
スキルとは、この世界に生まれつき持っている能力で、元の世界で言う才能のようなものだと、ルミナから教わっていた。おっちゃんの『鍛冶スキル』は、彼の才能が形になったものだろう。
遥斗「わかった。じゃあまあ、明日の朝、必ず来るから。頼む」
鍛冶屋のおっちゃん「あいよ! 任せときな、最高の仕上がりにするぜ」
遥斗は鍛冶屋を出て、バルモンド魔剣術学校へと向かった。
◇◇◇
バルモンド魔剣術学校。それは、遥斗がこの街に来て以来、ずっと遠巻きに眺めていた、白亜の美しい建物だった。貴族や有力者の子弟が多く通うこの学校が、偶然にも今日、新入生を募集していた。
遥斗はまず学校の受付で入学試験の予約を済ませた後、入試に備えて消耗品や予備の武器を揃えるため、商店街へと向かった。
現在の遥斗のステータスは、通常の魔術師としては強力だが、ERRORの能力は大きなデメリットがあり、偽ルミナの戦闘のあと自分のステータスを確認すると、30分間HPが1になっていた。なのでそんなに頻繁に使える能力ではない。
商店街の薬屋で、遥斗はまずMP回復用のポーションを十本購入した。
遥斗(万が一、試験中にMPが底を尽きたら、最悪だ。ポーションで凌ぐ必要がある)
次に、武器屋で普通の鉄の剣を一本買った。偽ルミナの短剣は修理中であり、ERROR能力のステータス書き換えは物理攻撃にも適用される。そのため、物理攻撃用の武器は必須だった。
その後も使えそうなものを探して商店街を歩き回ったが、やがて時間を確認すると、入学試験が始まる時間が迫っていた。
遥斗は学校に戻り、受付で指示された場所、元の世界で言う体育館のような大広間へと向かった。中に入ると、その熱気に圧倒された。
試験を受けるのは、遥斗と同じくらいの年齢の若者たち。ローブを着た者、武具を身につけた者など様々だが、ざっと数えても500人を超える受験者が、それぞれの思惑を胸に、静かに、あるいはざわめきながら集まっていた。
しばらく待っていると、会場の最前列から、コツ、コツ……という、空間に響くような優雅な足音が聞こえてきた。その場は水を打ったように静まり返り、受験者全員の視線が、歩いてきた人物に注がれた。
フェリクス校長「御機嫌よう。よくぞ、バルモンド魔剣術学校入学試験を受けてくれた。私の名はフェリクス。この学校の校長をしている」
フェリクス校長は、銀髪を後ろで束ねた、優雅な壮年男性だった。その口調は丁寧だが、どこか冷たさと威厳を秘めている。
フェリクス校長「早速だが、入学試験の説明を始める。説明は一度しかしないから、ちゃんと聞くことだな」
フェリクス校長は、冷酷な笑みを浮かべ、入学試験の説明を始めた。
その内容は、遥斗の想像を遥かに超える、非情なものだった。
簡単にまとめると、今この場にいる500人を超える受験者を、250人までに減るまで、この広大な学園内でサバイバルを続けなければならないというのだ。
ルールは特にない。強いて言うなら『殺しはなし』、これだけだ。不意打ちはもちろん、裏切りや集団リンチも、卑劣な罠も、すべてが許可されている。この時点で、数名が青ざめて会場を後にしたが、ほとんどの者がその場に留まった。
フェリクス校長「試験はこれから5分後、放送を開始の合図とする。この5分間は自由だ。学校の構造を調べるのも良し。隠れスポットを探すのも良しだ。健闘を祈る」
フェリクス校長は、そう言い終えると、優雅に身を翻し、その場を後にした。
体育館は、一瞬にして喧騒に包まれた。皆、恐怖と興奮で顔を紅潮させ、武器の確認や、仲間を集めようと動き出す。
◇◇◇
遥斗のステータスは、現在、能力を使っていないため、一般のC級魔術師レベルに戻っている。偽ルミナとの戦闘でLVは上がったものの、この500人規模の乱戦では、できるだけ戦闘は避けたい。何より、ERRORの能力をあまり使いたくない。HPが1になるデメリットはあまりにも危険すぎる。
遥斗(まずは戦況を把握できる場所へ。そして、誰も来ない場所だ)
遥斗は、この広い学校が見渡せる場所、校舎の屋上へと急いだ。
屋上の冷たい空気の中、遥斗は校舎の構造を見下ろしながら、放送を待った。
そして、その時が来た。
「これよりバルモンド魔剣術学校の入学試験を始める」
この合図が鳴った瞬間、爆発音や剣がぶつかり合う音、叫び声が、そこら中から聞こえてきた。下の校庭や廊下では、既に無秩序な戦闘が始まっているようだ。
遥斗は、とりあえず屋上で様子を見ることにした。
遥斗(この試験には様々な職種がいる。俺と同じ魔術士、剣を扱う剣士、武を極めている格闘家など様々だ)
遥斗は、事前にルミナから聞いた情報を照らし合わせた。
受験者の割合としては、魔術士40%、剣士は50%、格闘家は10%となっている。 そして、この世界の一般的な相性はこうだ。魔術士は格闘家に強く、格闘家は剣士に強く、剣士は魔術士に強いという、三すくみの構図になっている。
遥斗(つまりこの試験、魔術士が比較的不利なのである。剣士の数が圧倒的に多い。魔術士は、遠距離から剣士を倒すか、集団を組む必要がある)
そう考えていると、屋上のドアがガチャリと開いた。
遥斗は考えるよりも早く、覚醒した**『戦闘分析』**の記憶に頼って行動した。ドアが開いた瞬間、相手が剣士であることを確認し、即座に魔術を発動する。
遥斗「《エアロスピン》! 《フレイムバースト》!」 風魔術を自分に使い、突進して、至近距離で火魔術を放つという方法だ。
もちろん脳死で突進したわけではない。これには明確な戦術的な利点がある。
魔術は、遠くから放つほど威力が落ちるという特性がある。だから遠く離れた場所にいる敵を倒すには、それなりにMPを使う必要がある。しかし逆に言えば、近ければ近いほど、魔術の威力は高いということになる。
つまり、少ないMP消費量で、最大の威力の魔術を放てるということだ。
屋上に入ってきた剣士は、遥斗の予想外の近接魔術による奇襲に、反応が遅れた。火魔術と風魔術の複合攻撃を至近距離で受けた剣士は、激しく床に叩きつけられ、一瞬で気絶した。
そして、仮に相手が反応して防御魔術を発動することができても、遥斗には予備の剣がある。この世界で完全な防御を築くには、防御魔術は一つではなく複数を同時に展開する必要がある。魔素を防ぐ魔術と、魔素以外の物理物質を防ぐ魔術――この二つを同時に発動しなければ、剣士の攻撃から完全に身を守ることはできない。しかし、反射的な防御でこの二重防御を張れる者は少ない。
遥斗は屋上に入ってきた一人を気絶させることに成功したが、すぐに屋上から離れる判断をした。理由は簡単。この場所は、戦闘を避けたい者が集まる「隠れスポット」として狙われやすく、あるいは下の階で負けた敵が「体制を立て直す場所」として上がってくる可能性があるからだ。
◇◇◇
屋上から降り、校舎の中へと入ると、そこには既に戦闘を終え、力なく倒れている受験者が大勢いた。彼らは単独で戦いを挑み、失敗した者たちだろう。
遥斗(とりあえず、敵のいない場所、もしくは戦闘しやすい場所に移動するか)
遥斗は、先ほどフェリクス校長がルールの説明をしていた体育館のような大広間へと戻ることにした。広い空間は、魔術師の遠距離攻撃にとって有利に働く。
体育館の中に入った遥斗は、息を飲んだ。校舎のように、既に倒れた人しかいないものだと思っていたが、そこはまだ戦場だった。
剣士・魔術士10人からなる集団が、ただ一 人で対抗している魔術士を、執拗に追い詰めている現場を目撃した。
その10人の集団の周囲には、既に5人ほどの人間が気絶して倒れており、これは孤立した魔術士がやったのだろう。
遥斗はとっさに物陰に隠れ、様子を見ることにした。
集団A「しつけえな、さっさと倒れろよ!」
リーダー格の剣士からの攻撃を、防御魔術で辛うじて防ぎ、距離を空ける魔術士がいた。彼の額には、尋常ではない量の汗が流れている。
集団B「リーダー、もう終わりにしません? こいつ、もうMP切れ寸前ですよ」
集団C「もう飽きちゃったんだけど……集団で一人を追い詰めるなんて、ダサすぎでしょ」
集団A「そうだな、全員! 一斉攻撃だ!」
リーダーがそう言い放った瞬間、剣士6人が一斉に攻撃を開始し、魔術士4人が援護の火球を放つ。
孤立している魔術士は、息を切らしながらも最後の魔力を振り絞った。
彼が使用したのは、特殊な黄色に光る鎖を召喚する魔術だった。
遥斗「鎖!? なんだ、あの魔術は……!」
遥斗は純粋に驚いた。戦闘魔術としては珍しい、魔術だ。だが―― 集団D「動けない!?」 集団の剣士の一人が、飛んできた鎖に拘束され、全身を絡め取られて動けなくなっていた。
孤立している魔術士は、その拘束された剣士の頭めがけて、別の鎖を振り下ろし、一撃で気絶させた。
しかし、その直後、彼は集団から距離を空けた後、膝をついてしまった。意識が朦朧としており、完全にMPが底をついたのだろう。
集団A「やっと大人しくなってくれたか、苦戦させやがって……」
そう集団のリーダーが言い放ち、倒れた魔術士に歩み寄る。
集団A「これで終わりだ!!」
リーダーが剣を振り下ろそうとした、その時。
遥斗「おい、ちょっと待て」
集団一同「!?」
遥斗は、物陰から飛び出し、思わず声を上げてしまっていた。
なぜ、放っておくべき相手を助けようとしたのか。それは、倒れている魔術士の姿が、かつてゴブリンから必死に逃げ回っていた、魔力切れ寸前の自分自身と重なったからかもしれない。あるいは、偽ルミナに殺されたルミナの姿が、目の前の理不尽な暴力に抗えなかった誰かと重なったのかもしれない。
集団A「おいおい、お仲間さんかよ……めんどくせえ。よほど命が惜しくないようだな」
集団のリーダーは、遥斗を新たな獲物とみなし、冷酷な笑みを浮かべる。
集団A「さっさと終わらせるぞ。総員、攻撃!」
集団は、一斉に遥斗に攻撃を仕掛けてきた。
遥斗(使いたくなかったんだけど、仕方ないか……)
遥斗は即座に、偽ルミナの時と同じように半透明のシステムボードを出現させた。
Ability Slot [1]: System Override (Active)
遥斗は、目の前の敵を倒すのに必要な最低限の力だけを引き出すことを決意し、ステータスの「ATK」と「MP」を1000に書き換えた。
数値を確定させた直後。
――グ!?
全身の血管が破裂しそうなほどの激しい頭痛と吐き気が遥斗を襲った。
遥斗の視界に再び現れたステータスボードの「HP」項目が、警告色である赤色に激しく点滅している。
HP: ~~980 / 1000~~ → 1 / 1000 29:52 (FATAL DEBUFF: SYSTEM OVERLOAD)
遥斗(くそっ……! また、能力の**『代償』**が……!)
ERROR能力の極端なステータス書き換えは、肉体に致命的な負荷をかける。HPが1という状態は、まさに紙一重。かすり傷一つで命を落とすことを意味していた。
しかし、止まることはできない。先頭の剣士が振り下ろしてきた剣の攻撃を、遥斗は防御魔術の二重防御で完璧に防いだ。そして、防御の解除と同時に、強化された力で腹を殴りつけた。 ――ドゴォッ! 殺さないよう手加減したがATK1000のパンチを受けた剣士は、内臓が飛び出すような苦悶の表情を浮かべ、力なく倒れた。
集団A「なっ……! 馬鹿な、一撃で! くそ、次は誰も油断しないぞ!」
集団は恐怖に顔を歪ませながらも、再び攻撃を仕掛けてきた。
遥斗(さっさと終わらせるか。HP1の状態じゃ、一秒でも長くここにいるのはリスクだ)
遥斗は、全MP1000のうち、600を消費して、強力な火魔術を構築した。
遥斗「《インフェルノ・ブラスト》!」
発動した瞬間、爆発的な勢いで放出された火炎は、とてつもない熱と光を放ち、集団を一瞬で飲み込んだ。体育館の壁は熱でひび割れ、一部が半壊する。
火炎が収まった時には、集団のメンバーは全員、黒焦げにはなっていないものの、強烈な衝撃と熱で気を失い倒れていた。
遥斗は、荒い息を整えながら、倒れている魔術士の元へ急いだ。HP1という極限の状態で、全身から冷や汗が噴き出す。
遥斗「おい、大丈夫か?」
鎖の魔術士は、反応がない。膝をついた状態で気絶しているのだろうか。
鎖の魔術士「……ん」
遥斗(お、目を覚ましたか)
遥斗は安堵し、再び話しかける。
遥斗「おい、大丈夫か? もう安全だ」
鎖の魔術士は、驚いた表情を浮かべ、ふらつきながらも立ち上がった。警戒心を露わにし、遥斗を睨みつけている。
遥斗「安心しろ、別に危害を加えようとしているわけじゃない。あんたはMP切れで倒れてた」
遥斗が対話を試みようとした、その瞬間――
「試験は終わりだ。繰り返す、試験は終わりだ。戦闘をしている者は直ちに戦闘を中止し、怪我がある者は治療室に来なさい」
フェリクス校長の、冷たく静かな声が、大広間に響き渡った。
遥斗「おお、あぶねぇ」
試験終了の放送が流れた後、鎖の魔術士がぐらりと倒れそうになっていたため、遥斗はとっさに鎖の魔術士を支えた。
遥斗「おい、大丈夫か?」
見た感じ、意識はあるようだが、激しい疲労とMP切れで朦朧としているのだろう。
遥斗は、HP1という自身の極限の状態を無視し、鎖の魔術士を担いで、治療室まで移動するのであった。
第8話に続く――。




