第6話 FATAL ERROR
謎の声が消えた瞬間、遥斗の全身に奔ったのは、魔力とは全く異なる、強烈なシステムエラーのような感覚だった。
視界が歪む。風景が、まるでテレビの砂嵐のように一瞬にして色ズレを起こし、ノイズが走った。自身の手足を見下ろすと、輪郭が乱れ、実体と半透明の残像がわずかに重なり合っている。――まさしく、グリッチだ。
内側から湧き上がる力は、一年間の努力で積み重ねた魔力とは比べ物にならない。それは、世界の理をねじ伏せ、覆すことを許された、暴力的で巨大なエネルギーだった。
全身を拘束していた《バインド》の黒いロープが、限界を超えた圧力によってパキパキと音を立てて砕け散る。
解放された遥斗は、瞬時に偽ルミナから距離を取った。彼の瞳は、もはや元の黒色ではなく、怒りと覚醒の証であるかのように、半透明の紫色に禍々しく輝いていた。
偽ルミナ「なっ……馬鹿な。《バインド》を自力で破った!? あなたは、ただの……!」 偽ルミナは驚愕に目を見開いた。彼女の表情には、これまでの冷酷な自信が崩れ去り、初めての恐怖が浮かんでいた。
遥斗は、目の前の悲劇を忘れることはできなかった。ルミナが、自分をかばって死んだ。その憎しみと悲しみは、全身を支配する新たな力によって、純粋な殺意へと昇華されていた。
俺には今、何をすべきか、何を破壊すべきか、明確にわかっていた。
遥斗「システム……起動」
口から零れた言葉は、誰に聞かせるものでもなく、ただ自らの内なるシステムへのコマンドだった。すると遥斗の目の前に、一瞬にして半透明の紫色のボードが展開された。それは、ゲームのステータス画面によく似ていたが、遥斗の現在の状態と、謎の項目で埋め尽くされていた。
Status: HARUTO-1002
Level: 16 C-Rank
HP: 75 / 100
MP: 95 / 120
ATK (Physical): 80
DEF (Physical): 70
INT (Magic Power): 120
SPD (Agility): 105
Ability Slot [1]: System Override (Active)
遥斗の意識が、紫色のボードに触れる。それは、指先ではなく、脳内のイメージで操作するのだと、共有された記憶が教えていた。
俺の目は、偽ルミナに向けられたままだったが、意識はボード上の特定の数値をなぞっていた。
遥斗(まずは出力の最大化……! ルミナの仇を討つには、今の魔力では話にならない)
指先が、ボード上の「ATK」と「MP」の項目をスライドする。
数値を書き換える。それはまるで、ゲームのチートコマンドを打ち込むような、あまりにも容易く、世界のルールを無視した行為だった。
ATK (Physical): ~~80~~ → 2000
MP: ~~95 / 120~~ → 5000 / 5000 (Limit Break)
数値を確定させた瞬間、 力が漲る。それは単なる魔力の増加ではない。全身の筋肉、骨格、そして細胞一つ一つが、無理やり強化され、世界の物理法則の限界まで押し上げられるような感覚。
偽ルミナ「何をした!? その光は……!」 偽ルミナが恐怖に駆られ、体勢を立て直そうとする。
遥斗は、もはや会話をする気などなかった。遥斗の目的は、ただ一つ。目の前の憎むべき存在を、跡形もなく消し去ることだ。
遥斗「消えろ」
怒りを込めて、遥斗は右手に風魔術を纏わせた。強化された魔力と、ATK2000の物理攻撃力を乗せた、全力のパンチ。
遥斗「《ウィンド・ブラスト・スラッグ》!」
風の魔力を圧縮し、拳から放出するのと同時に、遥斗の体が異常なまでに加速する。
偽ルミナは辛うじて短剣を前に突き出し、防御の構えを取った。
――バゴォンッ!
鉄と鉄が衝突するような、しかしその比ではない衝撃波が周囲に炸裂した。
遥斗の拳が、短剣を介して偽ルミナの腹部に叩き込まれたのだ。
ATK2000という異常な物理攻撃力を受けた偽ルミナは、悲鳴すら上げられず、まるで砲弾のように吹き飛ばされた。
彼女が飛び込んだ先の森では、数秒間にわたり、轟音と破壊の音が響き渡る。太い木々が根元からへし折られ、なぎ倒されていく。森の奥深くにまで、一本の破壊の道が刻まれていった。
遥斗は即座に偽ルミナが吹き飛ばされた方向へと駆け出した。彼の体はグリッチの現象を起こしたまま、一歩で数メートルを滑るように進む。
森を破壊しながら飛んでいったにも関わらず、偽ルミナは短剣を盾として使うことで、何とか致命傷だけは免れていた。木の幹を掴んで勢いを殺し、傷だらけになりながらも体勢を立て直す。
偽ルミナ「クソッ……何だ、今の力は!? ただのC級の癖に……!」
彼女は焦りながらも、両手に魔力を集中させ、反撃の魔術を構築しようとした。
遥斗が追いつく。
偽ルミナは魔術の発動を諦め、逆に猛烈な勢いで遥斗に向かって突進してきた。短剣を低く構え、渾身の突きを放つ。
遥斗(魔術か物理か、両方か!? いや、物理なら)
遥斗は冷静に判断し、反射的に水の防御魔術を展開した。 遥斗「そんなもの、防御魔術で……!」
水魔術がドーム状に展開し、短剣を受け止めようとする。
しかし、偽ルミナの短剣が水のドームに触れた、その瞬間だった。
――バチッ、という軽い音と共に、水のドーム全体がまるで電源を抜かれたかのように霧散し、消滅した。
防御魔術は、何の抵抗もなく解除されたのだ。
遥斗「っ、なんだと!?」
困惑が遥斗の思考を一瞬停止させたが、危機を察知した遥斗は、咄嗟に横から自身に向かって風魔術を発動。
遥斗「《ウィンド・ジェット》!」
体が強制的に横へ押しやられ、突進してきた短剣は、遥斗の頬をかすめるだけに終わった。
遥斗の心は冷徹な分析と、復讐のための戦略で満たされていた。
魔術師の強みは魔法だが、相手の剣がそれを無効化するなら、ただの剣士として戦うしかない。だが、遥斗にはATK2000というチート級の物理ステータスがある。
遥斗は《風脚》を発動し、加速する。その動きは、先ほどまでの遥斗のスピードとは比較にならない。彼は地面を蹴って、偽ルミナが次の攻撃を仕掛けてくるのを、静かに待った。
偽ルミナ「くっ……! あなた、何者!? 防御魔術を無効化したのになぜ怯まない!」
偽ルミナは、遥斗の紫色の瞳と、グリッチ現象を起こしている姿に、明らかな恐怖を感じていた。彼女の自信は完全に打ち砕かれていた。 しかし、任務遂行の意識がそれを上回る。偽ルミナは再び剣を構え、肉弾戦で決着をつけようと突進した。
――一瞬だった。
覚醒した遥斗のスピードは、偽ルミナの全力の突進を遥かに凌駕していた。
剣の切っ先が遥斗の体を捉える寸前、遥斗は軽々と横にステップで避け、偽ルミナの横をすり抜けた。
遥斗「二度も通用すると思ったか?」 遥斗の声は、感情を完全に押し殺した、静かで冷たい響きだった。
偽ルミナが振り向きざまに剣を振り上げる前に、遥斗は風魔術を宿した右手を、剣に叩きつけた。 ――バキィン! ATK2000の物理衝撃は、特別な剣であろうと関係なかった。魔術を無効化する短剣は、真っ二つに折れ、地面に落ちた。
武装解除された偽ルミナの首筋に、遥斗の強靭な腕が巻きつく。
凄まじい握力によって気道が塞がれ、偽ルミナは苦しそうに喉を鳴らした。
偽ルミナ「ぐっ……あ、あ……」
遥斗は、彼女の首を絞めたまま、冷たい視線で問いかけた。
遥斗「最後に、言い残すことはあるか?」
偽ルミナは、抵抗をやめ、口元を歪ませて、唾を吐き捨てるように言葉を絞り出した。
偽ルミナ「……無駄、だ。いずれお前は……**"あの方"**によって殺される。首を洗って、待ってろ……それが、俺たちの計画だ」
その言葉を聞いた遥斗の瞳の紫色の輝きが、さらに強くなった。彼は最後の慈悲も、逡巡も、すべてを捨て去った。
遥斗「じぁ、死ね」
遥斗は偽ルミナの体を、その強化された力で、遥か上空へと投げ飛ばした。
そして、全MP5000を一瞬で魔術に注ぎ込む。
遥斗「全魔力解放――《マキシマム・フレア・エクスプロージョン》!!」
それは、もはや魔術というより、天変地異だった。
遥斗の全身から解き放たれた膨大な魔力が、上空の偽ルミナ目掛けて収束し、一つの巨大な光の柱となって炸裂した。
その瞬間、周囲は爆音と、すべてを飲み込むような真っ白な光で満たされた。
地面が揺れ、森の木々は爆風で吹き飛ばされ、遥斗がいた場所から数百メートル先まで、直径数十メートルのクレーターが形成された。
光が収まった時、空には偽ルミナの姿はなかった。塵一つ残さず、跡形もなく消えていた。
◇ ◇ ◇
復讐を果たした遥斗は、ルミナの倒れている場所へ戻った。
彼女の亡骸は、既に光の粒子となり始めていた。この世界では、生命が完全に尽きると、その肉体は元素に戻り、光の粒子となって消えていく。それは、どんな生き物にも等しく訪れる、普遍的な世界の法則だった。
遥斗「ルミナ……」
遥斗は、ルミナの体が完全に光の粒子となって消え去るまで、静かにそれを見守った。悲しみが、激しい怒りの後に、静かに心を覆い始める。
そして、彼女の体が全て消え去った、その最後の瞬間。
その場所には、一つだけ、水色に光る、綺麗な魂が残された。
それは、純粋な魔力の塊であり、ルミナという存在の結晶だった。
その魂の真上。空間に、まるでナイフで切り裂かれたかのような空間の裂け目が、突然現れた。 裂け目から、白色の糸のようなものが無数に伸び、ルミナの魂に静かに巻きつき始めた。
そして、再び、あの謎の声が遥斗の脳内に直接語り掛けてきた。
謎の声「転生者。この魂は、この"世界線"における極めて重要な観測データです。私の研究にとって、必要不可欠なものとなります」
遥斗は、ルミナの魂に手を伸ばしかけたがやめた。
遥斗「おい、待て! ルミナの魂に何をするつもりだ!」
謎の声「ご心配には及びません。どうかご安心ください、悪用する意図は一切ございません。彼女の魂のデータは、一連のループを終わらせるために、必要不可欠な要素なのです」
謎の声が言う「ループの終焉」という言葉の意味は全く理解できなかったが、ルミナの魂をこれ以上傷つけられることは耐えられなかった。
遥斗「もしも、ルミナの魂を悪用するなら……俺は、お前を許さないぞ。この力を使ってでも、お前を破壊する」
遥斗の瞳の紫色の輝きが、決意の証のように強まる。
謎の声「承知いたしました。」
そう言い残し、ルミナの魂は銀色の糸に完全に絡め取られ、空間の裂け目に引き上げられていった。
謎の声とともに、空間の裂け目も音もなく消えていった。
◇ ◇ ◇
街道に戻った遥斗は、呼吸を整えながら、グリッチ現象が収まっていくのを感じていた。紫色の瞳も、元の茶色に戻っていた。
周囲を見渡せば、街道から外れた森に巨大なクレーターと、無数の倒木。現実離れした惨状が、先ほどの出来事が夢ではないことを証明していた。
遥斗は、偽ルミナの遺体を探したが、当然、何も残っていなかった。代わりに、真っ二つに折れた魔術無効化の短剣を拾い上げた。 遥斗(偽ルミナは、俺を「異世界のバグ」と呼び、俺の存在が「あの方の計画」に邪魔になると言った。そして、俺と同じ転生者である可能性。あの謎の声は、俺を「2人目の異世界転生者」と呼んだ。そして「ループ」……)
状況は複雑すぎた。弟の湊を探すという目的は、今、目の前の復讐劇と、得体の知れない陰謀によって霞んでいた。
今、必要なのは、力任せの破壊ではない。情報だ。
あの謎の声から共有された「記憶」からも、まだ断片的な使い方しか理解できていない。復讐を果たすには、能力の全容を知る必要がある。
遥斗(この世界の情報を得る……そして、ルミナを殺した「あの方」の正体を知る。それが、今の最優先事項だ)
遥斗は、一旦、弟を探すという目的を心の奥にしまい込んだ。
情報収集と、魔術の知識、そして能力の記憶を取り戻すための環境。
遥斗は、バルモンドに戻り、ギルドを通じて、この街の最大施設についての情報を集めた。
その名は「バルモンド魔剣術学校」。貴族の子弟も通う、この地域の知識と武術が集約された場所だ。
遥斗(ここに入り、内部から情報を集める。あの偽ルミナは、この街の住人のフリをしていた。きっと、この裏には大きな組織が関わっているはずだ)
遥斗は、ルミナの家に戻った。彼女の家に残された、薄緑色のローブを手に取る。それは、彼女がいつも着ていた、簡素だが上質なローブだった。
ローブを羽織る。それは、師匠を失った遥斗にとって、ルミナの存在を身近に感じる、唯一の遺品となった。
復讐を誓い、新たなる運命を背負った遥斗は、ルミナの家を後にした。その背中には、覚悟と、底知れない力が静かに渦巻いていた。
バルモンド魔剣術学校へ。遥斗の、新たな復讐の旅が、今、始まる。
こんにちは、くるまえびです。第6話はどうでしょうか?
誤字など気になった所は教えて欲しいです。
これからもFATAL ERRORをよろしくお願いします




