第35話 決意の王女と白き贖罪
深夜の王都、半壊した豪商の屋敷でグラトン・ブルの肉を腹に収めた俺たちは、朝靄の立ち込める外へと出た。
鼻を突くのは、焦げた瓦礫の匂いと、冷たい風に混じった微かな魔力の残り香だ。俺は「HP 1」という極限の脆弱さを抱えながら、フィオナの防御結界に守られる形で石畳を歩いていく。
遥斗「……さて、肉も食ったし、これからどうするかだな」
俺の背後では、純白の毛並みへと変貌した獣人の少女が、満腹感からか上機嫌に尻尾を揺らしながらついてきていた。
レン「まずは避難した国民たちに、最悪の事態は脱したことを伝えるべきだろう。指導者が不在のままでは、絶望がさらなる混乱を招く。……フィオナ、案内を頼めるか」
フィオナ「はい、レンさん。避難所はこっちです。……道端の花まで枯れてしまって。安らかにお眠りください……」
フィオナは道中に転がる無惨な光景に目を伏せ、いつものように小さな哀悼を捧げる。攻撃魔術を拒絶し、守ることに特化した彼女にとって、この国の惨状は胸を締め付けるものだろう。
レンとフィオナの案内に従い、俺たちは王都の深部へと足を進めた。
俺はあることが気になって獣人の少女に聞いてみた。
遥斗「そういえば、白猫。気になったことがあるんだが」
獣人「なんなのだ?リーダーの質問にはなんでも答えるのだぞ」
遥斗「お前自身が特に触れてなかったから、俺も触れなかったんだが、その腕のことはすまなかった。痛くないか?」
俺は獣人の左腕を指さしながら言った。本来、そこには腕があったはずだったが、俺との戦闘で肘から下が無くなっていた。
獣人はその問に「何をいってるんだ?」みたいな表情を浮かべながら返す
獣人「何を言ってるのだ?自然界では怪我が当たり前なんだぞ?我の周りは死ぬ奴だらけだったぞ。我は腕が無くなっただけで死んでないから大丈夫なのだ!」
獣人は相変わらず元気にそう答える。そして獣人はニヤリと笑いながら。
獣人「もしかして、リーダー。我の心配をしているのだ?」
俺は実際心配していたのだが、正直に言うのは少し恥ずかしいので誤魔化す。
遥斗「いや、痛かったら申し訳ないなって」
俺は適当に言っておく。だが俺が嘘が下手くそなのか、獣人が鋭いのか分からないが。
獣人「いや、我はわかるぞ。リーダーは嘘をついているのだ。リーダーは優しいのだ!!」
そう獣人はいいながら俺に抱きつこうとしてくる。
遥斗「嘘ついてねぇし、もし抱きついてきたら肉あげないからな」
獣人はその言葉を聞いた瞬間、こっちへ走ってくるのを辞めた。
獣人「肉!?肉はいやなのだぞ」
そんなやり取りをしているうちに、たどり着いたのは、一見すると頑強な石造りの広場だが、その一角に隠された重厚な鉄の扉があった。
レンが特定の暗号を刻むように扉をノックすると、観察窓が「ガラッ」と開いた。
国民「無事でしたか、レン様、フィオナ様! ……今、鍵を開けます。お待ちください!」
「ガチャ、ガチャリ」と何重ものロックが解除される音が響き、扉が開かれた。地下へと続く階段を降りると、そこには外の地獄絵図からは想像もつかないほど広大な、自給自足用の農園すら備えた巨大なシェルターが広がっていた。
遥斗「……へぇ、かなり気合の入った避難所だな」
レン「レスタリア王国は、過去の魔力災害の教訓から地下施設の拡充を急いでいた。ここなら数千人が数週間は耐えられる設計らしい。……おい、エルナ王女はどこにいらっしゃる?」
レンは門番をしていた国民に問いかけた。彼は王族に対して、相応の礼節と距離感を持って接している。案内されたのは、シェルターの最奥にある清潔な個室だった。
◇◇◇
扉を開けると、白く清潔なベッドの上に、全身を痛々しい包帯で巻かれた少女がいた。この国の象徴、エルナ王女だ。
王女「……レンさん、フィオナさん。無事だったのですね……。それと、そちらの方は……?」
彼女の声は弱々しいが、その瞳には王族としての気品と意志が宿っていた。
遥斗「俺は一ノ瀬 遥斗。……まぁ、こいつらの仲間だ。で、この後ろにいる獣人は……まだ名前はねぇ」
王女「初めまして、遥斗さん。そして……獣人さん。私はレスタリアの王女、エルナです。この度は、我が国のために尽力いただき、感謝の言葉もありません」
エルナ王女は深々と頭を下げようとしたが、フィオナが慌ててそれを止める。
レン「エルナ王女、無理をなさらないでください。……報告します。この国を襲っていた凶暴化した魔物の群れ、およびそのリーダー格はすべて排除しました。当面の安全は確保されています」
遥斗 (レンって敬語使えたんだ)
レンの報告を聞き、エルナ王女は安堵の溜息を漏らした。だが、彼女の視線が、俺の横に堂々と立っていた「白猫」の少女に止まった。
王女「……ところで。私が戦場で刃を交えた、あの恐ろしい『黒い獣人』はどこへ……?」
遥斗「ああ、それは……」
俺は無造作に、背後の少女を指差した。
遥斗「そこの、肉ばっかり食うこの白い奴だ」
エルナ王女は絶句した。当然だ。殺戮の化身だった黒い影が、今は俺にベッタリと甘える白い猫のようになっているのだから。
獣人「ん? 我のことなのです? リーダー、我は何か褒められるようなことをしたのです?」
王女「……それは、本当なのですか? すみません、そこの獣人さん。……あなたに聞きたいことがあります。何故、この国を襲ったのですか!?」
エルナ王女の問いに、獣人の少女は呆けた顔をして首を傾げた。
獣人「我は、目が覚めたらリーダーに倒されていたのだぞ!! 襲った記憶なんて、これっぽっちもないのだぞ!」
王女「……ふざけないでください! 真面目に答えてください。あなたは、何故……!」
王女が少し声を荒らげると、獣人は面倒臭そうに俺の腰にしがみついてきた。
獣人「我は真面目なのだぞ! 嘘はついていないのだぞ! 本当に、暗闇の中で目が覚めたら、リーダーにボコボコにされて倒されていたのだぞ!」
そう言って獣人は俺に抱きついてきた。
遥斗「何回も言ってるだろ。俺はお前のリーダーになった覚えはねぇ。離れろ、重い」
獣人「嫌なのだぞ! リーダーがリーダーだと認めないから、我はこうして抱きついているのだぞ!」
遥斗「リーダーじゃないて言う前から抱きついてきてただろが!」
この不毛なやり取りを前に、エルナ王女は怒りや悲しみを通り越し、困惑と呆れに包まれていた。
◇◇◇
見かねたレンが、エルナ王女の前に進み出た。
レン「エルナ王女、俺が代わりに説明しましょう。……今、世界各地で魔物を魔力暴走させ、凶暴化させる特殊な薬が出回っています。この獣人の少女も、自我を奪われ、その薬の被害者となっていた一人に過ぎないのです」
レンは語る。かつて自分の村が滅んだ理由。フィオナが抱えるトラウマ。そして、その黒幕である「研究所」の存在を。
レン「俺たちは、各国にあるその研究所をすべて破壊し、この悲劇の連鎖を断ち切るために旅をしています。……この国の近くにも、必ず奴らの拠点があるはずです。俺たちはそれを探し出し、根絶するために……。」
王女「……なるほど、そういうことだったのですか。……であれば、私も連れて行ってください」
エルナ王女の言葉に、レンは目を見開いた。
レン「何を仰るのです、エルナ王女! お体もその有様で、何より国民を導く立場でしょう!」
王女「国民は大勢殺されました。……許せないのです。私の無力さも、そして、人々を虫ケラのように薬で狂わせる元凶も。……私は、自分の目で真実を見届けたい」
レンは悩み、葛藤した。だが、エルナ王女の瞳に宿る不退転の決意が、彼の反対を押し切った。
レン「……分かりました。ですが、くれぐれも無理はなさらないでください」
◇◇◇
数刻後、エルナ王女は包帯姿のままシェルターの広場へと立った。
集まった国民たちの前で、彼女は凛とした声で宣言した。
王女「現在、我々を襲った魔物の群れは全滅しました。レスタリアの夜は明けました! 皆さん、安心して自由に行動してもらって構いません。……そして、私は、この事件の元凶を討伐しに行きます。この国に再び平和な陽光が差すまで、どうか皆さんで支え合ってください!」
わぁっ、という歓声と、王女を心配する声が広場に満ちる。
エルナ王女は振り返ることなく、俺たちの元へと歩み寄った。
王女「行きましょう、一ノ瀬さん、レンさん。私たちの戦いはこれからです」
遥斗「……ったく、また賑やかになりそうだな。ほんで、リーダーって呼ぶのやめろって言ってるだろ、あと抱きついてくんな白猫!」
獣人「嫌なのだぞ、リーダー! さぁ、次の肉……じゃなくて、悪者を倒しに行くのだぞ!」
地下シェルターの重厚な扉が開き、朝日が俺たちの顔を照らした。
「ERROR」の力が導く、世界のバグの深淵へ。
一ノ瀬 遥斗と、復讐と救済を掲げる仲間たちの旅は、一国の王女と一匹の獣人を加え、さらなる混迷へと突き進んでいく。
第36話に続く――。




