第3話 はじめての魔術訓練と1週間
目を覚ますと、見慣れない木の天井があった。
遥斗(そうだ……トラックに轢かれて、この世界に来て、ゴブリンに追われて、ルミナに助けられて、そのまま泊めてもらったんだったな)
昨日の出来事を思い出していると――
ルミナ「遥斗ー? 起きてる? 朝ごはんできてるわよー」
階下から、澄んだ女性の声が聞こえた。
遥斗「(夢じゃなかったか)」
布団から出て階段を降りると、テーブルの上にはパンとスープ、サラダ、焼いた肉が並んでいた。
遥斗「おはよう。……って、朝から豪華だな」
ルミナ「おはよう。ちゃんと眠れた? 初めての場所だし、疲れてたでしょう?」
遥斗「ぐっすりだったよ。というか“異世界初日”で頭がパンクしてて、逆に即寝だった」
ルミナ「ふふ。それはそれでよかったわ。いっぱい食べて、今日からちゃんと鍛えないといけないからね」
遥斗「え、今日から?」
ルミナ「もちろん」
そんな他愛もない会話をしながら朝ご飯を平らげると、ルミナがぱんっと手を叩いた。
ルミナ「じゃあ、ご飯も食べたし、さっそく始めましょうか」
遥斗「……何を?」
ルミナ「もちろん、魔術の訓練」
遥斗「マジで!? いきなりゲームで言う“魔法修行編”スタートか!」
テンションが勝手に上がる。
前の世界では“ゲームを作る側”だったのに、今は“魔術を撃つ側”になれるのだ。ワクワクしないわけがない。
ルミナ「その“げーむ”っていうのは、またあの“遊びの世界”の話ね?」
遥斗「あー、うん。俺の世界の遊びなんだけどさ。“ゲーム”の中で最初に基本操作を覚えるための“練習用の戦い”があるんだよ。それを“チュートリアル”って言う」
ルミナ「ふむふむ。“本番の戦いの前に、安全な場所で練習しておく”ってことね?」
遥斗「そうそう。昨日みたいに、いきなり本番で死にかけるのはもうこりごりだし」
ルミナ「……確かに、あなたはもうちょっと基本から覚えた方がいいわね。じゃあ、さっそく“ちゅーとりある”始めましょう」
こうして、俺の魔術チュートリアルが始まった。
◇ ◇ ◇
家の裏手。木々の間が少し開けた場所に、簡易的な訓練スペースがあった。
遥斗「おお、いかにも訓練場って感じだな」
ルミナ「昔、軍関係の仕事をしてた時期があってね。その時に“家の近くで魔術を撃っても怒られない場所”として整備してもらったの」
遥斗(やっぱりこの人、相当ヤバい経歴持ちだよな……)
ルミナ「じゃあまずは、“属性”の説明からいきましょうか」
ルミナは、指を一本立てて説明モードに入る。
ルミナ「この世界の魔術には“属性”があるの。
大きく分けると、火・水・風・土・光・闇の六つ」
遥斗「お、王道なラインナップ」
ルミナ「でも、今のあなたが扱えるのは“ごく一般的なもの”だけ。
初級と下級の段階で学べるのは、基本的に『火・水・風』の三つだけ」
遥斗「え、土とか光とか闇は?」
ルミナ「中級魔術からね。土と光と闇は、扱いが難しい“特殊寄り”の属性なの。
才能も必要だし、制御も難しいから、まずは“基礎中の基礎”から」
遥斗「なるほど、基礎属性と上位属性的な感じか」
ルミナ「そう思ってくれていいわ。
ざっくり役割を言うと――
火は完全に攻撃向き。
水は防御・補助寄りだけど、応用次第でいろいろできる。
風は汎用型。攻撃にも防御にも、移動にも使える。
――まずはこの三つから、しっかり身体に覚えさせる」
遥斗「もう聞いただけでワクワクするラインナップだな!」
ルミナ「じゃあ今日は、“火”から。
最初に覚えてもらうのは、火属性の初級魔術――《ファイアショット》」
ルミナは一歩前に出て、右手を軽く前に伸ばした。表情がきりっと引き締まる。
ルミナ「よく見ててね。――《ファイアショット》」
手の前に、テニスボールほどの火球がふっと現れ、そのまま前方の地面に飛んでいった。
ボンッ、と小さな破裂音とともに土が焦げる。
遥斗「おおおおお! 完全にファンタジー!!」
ルミナ「これが火属性の初級魔術、《ファイアショット》。
火属性は、とにかく攻撃に特化した属性よ。威力を上げやすい代わりに、制御を間違えると危ないから、ちゃんと外で使うこと」
遥斗「攻撃特化か……一番“それっぽい”やつ来たな」
ルミナ「じゃあ今のを真似してみて。“火のイメージ”を強く思い浮かべて。あなたの世界にも、火はあったんでしょ?」
遥斗「もちろんある。ガスコンロ、ライター、焚き火、花火……」
ルミナ「がすこんろとらいたーて言うのは知らないけどそう、それをできるだけ“リアルに”思い出して。
この世界での共通の詠唱は――
《火よ、その身を小さく燃やし、敵を射抜け――ファイアショット》
……こんな感じ。細かい言葉は多少ズレてもいいけど、“最後の術名”だけははっきり言って」
遥斗「了解。詠唱が文章で、最後の術名がエンターキー的なやつね」
ルミナ「えんたーきーは分からないけど、イメージは伝わったからよし。はい、やってみて」
俺は右手を前に出し、深呼吸する。
遥斗(火、火……。コンロの青い炎、キャンプの焚き火、線香花火……)
遥斗「――火よ、その身を小さく燃やし、敵を射抜け……《ファイアショット》!」
……何も起きない。
遥斗「はい、知ってた」
ルミナ「最初はこんなものよ。はい、もう一回。今度は“ここ”に火を出すって、場所をちゃんと意識して」
ルミナが、俺の手のひらの少し前を指さす。
ルミナ「魔術は“イメージのズレ”で失敗することが多いの。
炎の大きさ、形、出る位置、飛ぶ方向――最初は一つひとつ意識して」
遥斗「仕様が細かい魔術システムだな……」
俺は再び目をつむり、イメージを固める。
遥斗(手のひらの前、テニスボールサイズ、前に飛ぶ)
遥斗「火よ、その身を小さく燃やし、敵を射抜け――《ファイアショット》!」
ボッ。
しょぼいが、確かに火の玉が生まれ、ふにゃっと飛んで地面に当たった。
遥斗「出た!! 今、出たよな!?」
ルミナ「ええ。威力は弱いけど、ちゃんと“魔術”になってたわ。初日でここまでできるなら上出来よ」
遥斗「よし、これで俺も“何も出来ない人”から“火球ちょっと飛ばせる人”にランクアップだな」
ルミナ「細かいわね……。でも、そうやって少しずつ進歩していくのは大事よ」
◇ ◇ ◇
――それから。
訓練を始めて、1週間が経った。
朝はルミナの家で朝食。
そのあと裏の訓練場で魔術練習。
昼は簡単なご飯を食べてから、魔術理論やこの世界の常識を教わり、午後もまた基礎訓練。
そんな生活が続いた。
まずは火属性。
《ファイアショット》の威力と安定性を上げる練習をひたすら繰り返し、三日目には的に当てられるようになった。
ルミナ「火は基本的に“攻撃に全振り”の属性。
その分、狙いを外したり、暴発させたりすると危険。
だからこそ、“狙った場所に、狙った大きさの火を出せること”が大事」
遥斗「火力厨はちゃんとエイム鍛えろってことだな」
ルミナ「その“えいむ”は知らないけど、多分合ってるわ」
次に水属性。
ルミナ「水はね、“防御や補助が得意な属性”。
初級では攻撃にも使えるけど、本領を発揮するのは“守る時”や“支える時”ね」
ルミナは手をかざし、前方に透明な水弾を生み出す。
ルミナ「水属性の初級魔術は《ウォーターショット》。
こうして飛ばせば攻撃になるし――」
間髪入れず、今度は自分の前に薄い水の膜を展開した。
ルミナ「こう使えば、簡易的な“水の盾”にもできる。
それに、水は“形を変えやすい”から、応用すれば――」
水の膜が形を変え、細い流れになって地面に落ちる。
水の筋が土を削って、小さな溝ができた。
ルミナ「上級になれば“水の檻”とか“滑る床”とか、“視界を奪う霧”なんかも作れるわ。
**水は、防御と妨害と補助に向いた“器用な属性”**なの」
遥斗「うわ、絶対楽しいやつじゃん、それ」
実際に《ウォーターショット》を練習してみると、火よりもイメージが掴みやすく、二日ほどで安定して撃てるようになった。
そして今は――風属性の初級魔術の練習中だ。
◇ ◇ ◇
訓練場の中央に立ち、俺は深呼吸をする。
ルミナ「最後は風属性。
風は“汎用型”。攻撃にも、防御にも、移動にも使える便利な属性よ」
遥斗「便利属性きた」
ルミナ「初級で覚えるのは、《ウィンドカッター》と、簡単な“風の吹き出し”ね。
まずは攻撃としての《ウィンドカッター》から」
ルミナが手を振ると、目に見えない何かがスパッと前方の木の枝を切り落とした。
遥斗「え、今のだけで切れるのか?」
ルミナ「ええ。“刃の形になった風”を前に飛ばしてるの。
初級だから、分厚い木の幹までは切れないけど、枝くらいなら十分」
もう一度、今度は別の使い方を見せる。
ルミナ「それから、風は“距離を取る”のが得意。
――《ウィンドバースト》」
足元から前方に向かって強い風が吹き出し、地面の葉っぱや小石が一気に押し流された。
ルミナ「今のは簡易的な“押し出し用の風”。
接近してきた敵を押し返したり、
自分の背中側に風を吹かせて、一瞬だけ前に飛び出して急接近することもできる」
遥斗「風魔術で“ブースト移動”ができるってことか」
ルミナ「そう。“ぶーすと”が何かは知らないけど、多分そう。
それと、タイミングを合わせれば、“攻撃を避けるための緊急回避”にも使える。
自分の体に風をぶつけて横に吹き飛ばす、とかね」
遥斗「それめちゃくちゃやりたい」
ルミナ「ただし、今のあなたがやると、転んで怪我して終わるから、今日はやらせないけど」
遥斗「ですよねー」
俺は右手を前に出し、“風の刃”をイメージする。
遥斗(空気の流れを細く、鋭くまとめて、前に飛ばす……。薄い刃みたいに)
遥斗「――風よ、その身を薄く研ぎ澄まし、敵を切り裂け。《ウィンドカッター》!」
スッ。
何かが走った感覚。
視線を追うと、前方の細い枝が、少し遅れてポトリと落ちた。
遥斗「やった!? 今の、俺のだよな!?」
ルミナ「ええ。ちゃんと風が刃になってたわ。
最初から枝を切れるなんて、本当に飲み込みが早いわね」
遥斗「マジか……! 一週間前まで“ゴブリンから必死に逃げるだけのモブ一般人”だったのに」
ルミナ「今は、“一般人を卒業した駆け出し冒険者候補”くらいかな」
遥斗「ランクアップきた!」
調子に乗ってもう一度を放つ。
今度は少し狙いがずれ、枝にかすっただけだった。
ルミナ「そう簡単にはいかないわよ。
でも――これで火・水・風の初級魔術は、一通り“形になった”と言っていいわね」
ルミナは満足そうに頷いた。
ルミナ「まとめると――
・火属性:攻撃特化。威力は高いけど、扱いには注意。
・水属性:水弾。盾や妨害への応用もしやすい、防御・補助寄り。
・風属性《簡易風魔術》:汎用型。攻撃・距離取り・一時的な移動補助に使える。
――この三つを、今のあなたは“最低限、戦闘に使えるレベル”で扱えるようになった」
遥斗「うおお……一週間でこんなに覚えられるとは」
たしかに、身体の中の“何か”の流れを感じるのは、もう怖くない。
詠唱も、最初のぎこちなさが少し抜けてきた。
遥斗「……うん。まだ全然自信満々ってわけじゃないけど、
“ゴブリンに遭遇した瞬間、何もできずに死亡”コースは、だいぶ避けられる気がする」
ルミナ「そのくらい思えるなら上出来。
――そろそろ、次の段階に進んでもいい頃ね」
遥斗「次の段階?」
ルミナ「この一週間で、あなたが“最低限自分の身を守る力”を持ったことは確認できたわ。
なら、今度は“実際に魔物と戦ってみる”必要がある」
遥斗「ついに実戦か……!」
その言葉に、胸が高鳴ると同時に、少しだけ怖くなる。
でも――
遥斗(この世界で生きるって決めたんだ。
それに、どこかに湊がいるかもしれない。このまま何もできないままじゃ、絶対に会いに行けない)
拳を握ると、ルミナがふっと笑った。
ルミナ「焦る必要はないわ。
今日はここまでにして、体を休めること。魔術の訓練は“休むこと”も大事だからね」
遥斗「了解、先生」
訓練場から家へ戻る道すがら、ルミナがふと思い出したように言った。
ルミナ「そういえば――この森の奥に、ゴブリンの小さな集落ができてるって話を聞いたの。
もし本当なら、放っておくと町の方に被害が出るかもしれない」
遥斗「それって、もしかして……」
ルミナ「ええ。明日、バルモンド城下町の冒険者ギルドに行ってみましょう。
簡単な依頼が出ているなら、あなたの“初クエスト”にちょうどいいと思う」
遥斗「ついにきた、初心者クエスト編……!」
ルミナ「その“くえすと”っていうのも、依頼のことね?」
遥斗「そうそう。依頼=クエスト。覚えておくとちょっとカッコいい」
ルミナ「ふふ。
じゃあ明日は、“かっこよく依頼を受ける遥斗”を見せてもらおうかしら」
遥斗「ハードル上げるのやめて!? 噛まずに喋れる自信ないんだけど!」
そんなやり取りをしながら、俺たちは家へ戻った。
この一週間で、俺はこの世界に少しずつ馴染んできている。
それでも、弟・湊のことはずっと頭の片隅にある。
遥斗(湊、お前もどこかで生きてるならさ。
兄ちゃん、ちゃんと強くなるからさ――また笑って会えるといいな)
そう心の中で呟きながら、俺は明日の“初クエスト”に向けて、早めに寝ることにした。
第4話に続く…
こんにちは、くるまえびです。第3話はどうでしょうか。
気になった所は教えて欲しいです。
これからもFATAL ERRORをよろしくお願いします




