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FATAL ERROR ―HP1の代償に神を屠るバグを得た俺、復讐の果てに世界を書き換える―  作者: くるまえび
破壊の女王と王国の王女

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第27話 狂爪の少女と崩壊する魔法陣

 「ガギィィィィィィィン!!」

 金属と爪が激突し、火花が俺の鼻先で散った。視界の端で火花が明滅するたびに、死がすぐ傍らに張り付いていることを実感させられる。

 俺は今、右手にバルモンドで新調した重厚な長剣を、左手に旅の始まりから使い古してきた短剣を握る、急造の二刀の構えで、目の前の「ナニカ」と対峙していた。


 そこにいたのは、小柄な一人の少女だった。

 ボロボロに引き裂かれた、元は何色だったかも判別できない布切れのような衣服を纏い、乱れた髪の間からピンと立った獣の耳。そして臀部からは、意志を持っているかのように激しく、かつ不規則に揺れる尻尾。

 だが、その少女の瞳に宿っているのは、幼子らしい無垢さでもなければ、戦士らしい誇りでもない。

 瞳はどろどろとした、煮え繰り返るような濁った赤。口の端からは絶えずよだれが垂れ、喉の奥からは獣特有の低い唸り声が漏れている。理性を完全に消失し、ただ目の前の動くものを「肉の塊」へと変えることだけに特化した、狂った「獣」そのものだ。


遥斗「……っ、この、野郎……ッ!」


 彼女の攻撃は、これまでの旅で出会ったどんな剣士の剣技とも、あるいはどんな凶暴な魔物の爪撃とも、根本的に質が異なっていた。

 鋭い五本の爪による、引き裂き攻撃。地を這うような低空姿勢から放たれる、物理法則を無視したような急加速の突進。そして、最も厄介なのは、彼女の尻尾に巻き付けられた一本の錆びた長剣だ。

 それが彼女の第三の腕として、俺の死角である左側から、鞭のようにしなりながら、生き物のような軌道で襲いかかってくる。


 俺は左手の短剣を盾代わりにし、なんとかその多角的な猛攻を凌いでいた。だが、正直言ってこの二刀流は今の俺には枷でしかなかった。短剣のリーチの短さが、今のメイン武器である長剣の旋回半径を邪魔し、さらに意識が左右に分散するので、攻撃を防ぐので精一杯だ。だが長剣1本だけで戦うと、次は獣人の攻撃を防ぎきれない。

 何より、俺の左耳は聞こえない。左側から迫る尻尾の剣の風切り音を捉えるのが一瞬遅れるたびに、冷や汗が背中を伝う。


少女「ア、アガ……ルガァアアアアッ!!」


 獣の少女が吠える。それは言葉ではなく、ただの排気音に近い叫びだった。

 彼女は四足で地面を蹴り、爆発的な加速で俺の懐に潜り込んできた。

 左からの爪、右からの尻尾の剣、そして正面からの牙。逃げ場のない三方向からの挟み撃ち。


 俺は風魔術を自分に放ち、回避行動を取る。首筋を狙った錆びた刃が、わずか数ミリの差で空を切る。

 頬をかすめた風が、摩擦で熱を帯びているのがわかる。HP 1という呪いを背負った俺にとって、今の掠り傷一つが即、ゲームオーバー……死を意味する。心臓がうるさいほどに脈打ち、アドレナリンが脳内を駆け巡っていた。


 その時、視界の端でレンが王女を担ぎ、フィオナが黄金の多重結界を展開しながら後退していくのが見えた。

 あいつらは、王城の安全な区画まで王女を避難させることに成功したようだ。


遥斗(……よし。これで、後ろを振り返る必要はなくなったな)


 俺は一度、大きく後ろへ跳んで距離を取った。

 そして、あえて左手の短剣を、迷いなく鞘へと収めた。


遥斗「……悪いな。二刀流はやっぱり、俺の性に合わねえ。これからはこっちから行く」


◇◇◇


 俺は右手の長剣を両手で握り直し、正眼に構えた。

 今の俺の状態は、俺の「ERROR」能力によって、攻撃力(ATK)を数値上の極限まで引き上げている。

 力は十分だ。いや、過剰ですらある。必要なのは、この狂った少女の「速さ」を完全に無力化する一撃を叩き込むこと。


遥斗(来い。お前の突進は速いが、単調だ。今の俺なら……捉えられないはずがない)


 獣の少女が再び地を蹴った。

 凄まじい脚力だ。踏み込んだ場所の石畳が爆ぜ、放射状にめくれ上がる。彼女の姿が残像となり、視界から消えるほどの神速。

 普通の人間なら、自分が何に殺されたかも理解できずに絶命していただろう。

 だが、限界まで引き上げたステータスのおかげで、彼女の軌道が見える。


遥斗「『プロテクト・ヴェール』」


 俺はあえて自分の目の前に、脆い防御魔術を展開した。

 案の定、思考を放棄した少女は、その障害物を避けることなく、正面から拳を叩き込んでくる。

 「パリンッ!」と、小気味良い音を立てて防御魔術が次々と砕け散る。

 生身のパンチで魔術を物理的に粉砕する。そのデタラメなパワーには背筋が凍るが――そこには、一瞬の、しかし絶対的な「硬直」が生まれていた。


遥斗「……そこだ。隙だらけだ」


 俺は剣を振るう動作を最小限に抑え、代わりにその内懐へと思い切り踏み込んだ。

 防御魔術を突き破り、拳を振り抜いた直後の彼女の身体は、慣性に逆らえず宙に浮いている。

 その無防備な腹部に向けて。


遥斗「食らえっ!!」


 「ドゴォォォォォォォン!!」

 空気が爆ぜ、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

 手加減はした。殺してしまえば、レスタリアを襲ったこの惨劇の真相が、彼女と共に闇に葬られてしまうからだ。

 だが、手加減したとはいえ、ATK 2000。それは通常の冒険者が束になっても届かない「暴力」の数値だ。


少女「――ッ!? ガ、ハッ……!!」


 獣の少女の身体が、くの字に折れ曲がった。

 彼女は悲鳴すら上げられず、まるで大砲の弾丸のように後方へと吹き飛んでいく。

 背後にあった王城の分厚い石壁が、彼女の衝突によって巨大な蜘蛛の巣状の亀裂を作り、そのまま轟音と共に崩落した。


遥斗「……ふぅ。これで、大人しくなるか?」


 壁にぽっかりと開いた大穴から、もうもうとした砂埃が舞い上がる。

 いくら強靭な獣人の身体とはいえ、あのキックをまともに腹部に食らえば、内臓を揺さぶられ、数分間は立ち上がるどころか呼吸すらままならないはずだ。俺は少しだけ肩の力を抜き、長剣の剣先を地面に向けた。


◇◇◇


 だが、俺の常識はこの場では通用しなかった。

 崩れ落ちた瓦礫の山が、内側から凄まじい力で爆発したように吹き飛んだのだ。

 そこから這い出してきたのは、頭部からどろりとした鮮血を流し、全身を煤と泥で汚した、あの少女だった。


遥斗「……まじか。あの一撃を食らって、まだ立てるのかよ。……お前、本当に生き物か?」


少女「……ル、ルゥ……ガガ、アガガガガッ……アハッ!!」


 少女の額から流れる血が目に入り、彼女の視界を赤く染めているはずだが、彼女はそれを拭おうともしない。

 それどころか、その瞳に宿る赤光は先ほどよりも深く、どす黒く輝きを増し、放たれる殺気は肌をピリピリと焦がすほどの密度へと変貌していた。

 俺の「加減した攻撃」が、かえって彼女の奥底に眠っていた「獣」の凶暴性を、さらに高い次元へと加速させてしまったのだ。


遥斗(……チッ、甘かったか。だが、今さら後悔しても始まらねえ。レンたちが王女の処置を終えて戻ってくるまで、俺がこいつをここに縛り付ける)


 俺は再び、重い長剣を両手で構え直した。少女の様子をミリ単位の精度で見定める。

 次の一撃はどう来る? 爪か、尻尾の剣か、それともまたあの神速の突進か。


 だが、少女は接近してこなかった。

 彼女は、血に濡れた両腕をだらりと力なく下げ、その手のひらを静かにこちらに向けたのだ。


遥斗「……魔法? いや、おかしい。こいつの体内に、魔力なんて……」


 その直後、周囲の空気が一変した。

 大気が悲鳴を上げるように震え、周囲に漂っていた魔力の残滓が、ブラックホールに吸い込まれるように彼女の手のひらへと集中していく。


遥斗(物理攻撃じゃない……魔術攻撃か!? この短時間で、戦闘スタイルを切り替えたっていうのか!?)


◇◇◇


 俺は瞬時に、そして本能的に判断した。

 物理攻撃力(ATK)に極振りしていた全ステータスを、防御魔術を展開するために再構築する。


遥斗「『ERROR』起動――ATKを全てMPへ変換!!」


 全身の力が一気に抜けるような、独特の脱力感。血の気が引き、筋肉の張りが失われた。その代わり、魔力が体中を巡る感覚が襲う。

 その書き換えが完了した、直後だった。


 俺の目の前に、これまでの人生で一度も見たことがない、複雑怪奇な文様の魔法陣が展開された。

 それはレンが使うような、あるいは王宮魔導士が描くような、幾何学的で整然とした円ではない。

 まるで、血を吐きながら地面に書きなぐったような、歪で、ひび割れた、不吉極まりない魔法陣だ。


遥斗 (……なんだ、魔法陣自体が、内側から『崩壊』してる……)


 魔法陣の中央に、真っ黒な亀裂が入り、

 一瞬、すべての音が消えた。


 ――そして、世界が真っ白に染まった。


 「ズガァァァァァァァァァァァン!!!!」


 大爆発、なんて言葉では到底形容できない。

 魔法陣が構造を維持できずに「崩壊」した瞬間、そこに封じ込められていた純粋なエネルギーの濁流が、一気に解放されたのだ。

 王城の広場全体を飲み込むほどの、圧倒的な光と熱。

 俺は咄嗟に防御魔術を展開したが……


遥斗「ぐ、あ、あああああぁぁぁっ!!!」


 熱風が皮膚を焼き、衝撃波が内臓をきしませる。

 足元の地面ごと身体が後方へと吹き飛ばされるのを感じた。

 背中の皮が焼けるような感覚。肺の中まで熱が入り込み、呼吸が止まる。


 炎。

 舞い上がる煤。

 そして、白く濁る爆炎の向こう側で、なおも不気味に、しかし確実に輝き続ける、獣の少女の赤い瞳。


 俺は冷徹に理解した。

 こいつはただの「狂った獣人」なんかじゃない。こいつには特別な何かがある……。


第28話に続く――。

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