第19話 狂気の産声と血塗られた洞窟
無人島行きの魔導船が島へと接岸し、俺とレンは作業員の波に紛れて島へと降り立った。
一度は死にかけたこの忌まわしき島に、わずか一日で戻ってくるとは皮肉なものだ。潮風にはまだ、昨日までの死闘の残滓が混じっているような気がして、肺の奥がチリつく。だが、今の俺たちには、この島に隠された「汚物」を引きずり出すという明確な目的がある。
俺たちはタイミングを見計らって静かにこの場を離脱した。
原生林の巨大な影に身を潜め、海岸の様子を伺う。そこでは大勢の作業員たちが、船の荷台から巨大な鉄のコンテナを運び出し始めていた。その中からは時折、ズシンという重い振動が響いてくる。
レン「……あいつだ。あの船長、コンテナと一緒に動き出したぞ」
レンが指差した先には、冷徹な空気を纏った船長が、作業員たちを先導して森の奥へと向かって歩き始めていた。
俺たちは距離を保ちつつ、気配を完全に殺して追跡を開始した。しばらく進むと、一団はある巨大な岩壁の前で足を止めた。そこは地図にも載っていない、切り立った崖の行き止まりだ。
船長が岩壁の前に立ち、複雑な魔力の軌跡を空中に描き始めた。
俺たちの位置からは距離があり、何を呟いているのかまでは正確には聞き取れなかったが、それは明らかに現代の魔術体系とは異なる、古臭く禍々しい詠唱だった。
ゴゴゴゴ……ッ!!
その瞬間、ありえない光景が広がった。
何もないはずの地面が、まるで巨大な怪物の顎が開くように隆起し、地下へと続く石造りの階段が姿を現したのだ。
遥斗「……地下への入り口か。」
船長が作業員にコンテナを持たせ、その暗い穴の中へと入っていく。俺たちは、彼らの姿が地下へと消えたのを確認してから、吸い込まれるようにその後を追った。
◇◇◇
階段を下りきった先に広がっていた光景は、俺の想像を絶するものだった。
遥斗(……なんだ、これは。俺が前世のゲーム知識で知っていたどんな拠点よりも、遥かに巨大で、そして禍々しい……)
そこは、魔法と科学が歪に融合した、巨大な地下研究所だった。
天井は高く、魔石を動力源とした不気味な青白い照明が、果てしなく続く通路を照らしている。通路の至る所には、俺の身長を優に超える透明なカプセルが林立していた。
カプセルの中は、脈打つような粘性を持った淡い緑色の液体で満たされ、その中には、本来ならこの島の各地に生息しているはずの魔物たちが、ぐったりとした様子で浮いている。
レン「おい、遥斗。あれを見ろよ……」
レンの声が震えていた。
一つのカプセルの中で、本来は温厚なはずの魔物が、全身の筋肉を異常に肥大させ、激しく暴れ出していた。その瞳は理性を失い、ドロドロとした血のような赤色に染まっている。
遥斗「……ここで『凶暴化』させていたんだな。自然の災害なんかじゃない。すべては、人の手で作られた人工的な狂気だ」
俺たちはさらに施設の奥へと潜り込んだ。
やがて、船長が入っていった「管理室」と思われる重厚な扉の前に辿り着く。扉は完全には閉まっておらず、中から冷徹な話し声が漏れ聞こえてきた。
船長「……『凶暴化実験』の進行状況はどうなっている? 魔王様の計画までには間に合うんだろうな?」
研究員「……ご安心を。プロトタイプは既に完成しております。すべては計画通りに。現在は、投与した薬液の定着率を高める最終調整の段階です」
「魔王」という単語が出た瞬間、俺の背筋に氷のような寒気が走った。
船長「新しい魔物を持ってきた。鉄のコンテナの中にある。これも即座に処置しておけ。……それから、バルモンド魔剣術学校の選別用に、生徒を効率よく殺すための、より凶暴化した魔物を用意しておけ。次回の選別では、脱落者の数をさらに増やす必要がある」
研究員「承知いたしました。学園側の要望通り、最上級の『処刑人』を仕立て上げましょう」
その言葉を聞いた瞬間、隣にいたレンの殺気が爆発しそうになった。
俺は慌てて彼の肩を掴み、必死に抑え込む。
レンとフィオナの村を襲った魔物。この無人島で俺たちを追い詰めた魔物。そのすべては、この暗い地下室で製造され、実験動物として放たれていたのだ。
遥斗(……こいつらだ。こいつらが、レンの故郷を……フィオナの大切な人たちを奪ったんだ……!)
俺は隣を見るとレンは力強く拳を握り締め、爪が掌に食い込んで血が滲んでいた。
俺たちはさらなる証拠を求めて、研究所の探索を続けた。
◇◇◇
俺たちは、一際厳重に警備されている(といっても、作業員のふりをしていれば通り抜けられたが)薬品保管室に入った。
そこには、凶暴化した魔物たちが個別の頑丈な牢屋の中に、一匹ずつ閉じ込められていた。
彼らは、鉄格子を噛み砕かんばかりの勢いで咆哮し、憎悪を剥き出しにしている。
遥斗「……地獄そのものだな、ここは」
ふと、入り口のすぐ横にある実験机に目が止まった。
そこには、不気味な赤色の液体が入った数本の注射器が無造作に置かれていた。
俺は、何かに導かれるようにその一本を手に取った。
遥斗(これを持ち帰れば、何かを突き止められるかもしれない。こいつらが世界に撒き散らそうとしている絶望の正体を……)
俺は慎重に注射器を懐に回収し、バレないうちにこの場所を立ち去ることにした。
再び作業員の雑踏に紛れ、大船へと戻る。
心臓が早鐘を打つ中、俺たちは船長が戻ってくるのを待ち、再び魔導船がバルモンドの港へと動き出した時、ようやく短く息を吐いた。
◇◇◇
船はバルモンドの港へと着岸した。
だが、そこでの出迎えは、俺たちが期待していたような「解散」ではなかった。
案内人「……ご苦労だった。今回の作業の報酬を渡す。全員、こちらへついてこい。人目に付かない場所で、一人ずつ精算する」
案内人と呼ばれた冷徹な顔つきの男は、俺たちを含む数十人の作業員を、街の中へとは誘導せず、港の裏手にある、波の音だけが不気味に響く巨大な洞窟へと案内した。
遥斗(……いくら隠したいことだからってここまでするか?)
嫌な予感が確信に変わるまで、時間はかからなかった。
洞窟の奥、潮の香りが立ち込める暗がりに行き止まったその時。
ドシュッ!! ズガガガガ!!
背後から、無慈悲な殺戮の風の斬撃が放たれた。
何事かと振り返った瞬間、俺の視界に入ったのは、魔術の直撃を受けて肉の塊となって崩れ落ちる作業員たちの姿だった。
作業員B「な、何をしやがる……! ぎゃあああ!!」
案内人が、無表情のまま右手を突き出し、次々と作業員たちを殺していく。
なるほど、この作業員たちは「研究所」に入ったことで、機密を知りすぎたのだ。だから、誰にも目がつかないここで口封じか。
遥斗「レン!! 防御を固めろ!」
レン「……わかってる! クソ、どいつもこいつも!!」
俺は即座に防御魔術を展開し、飛び散る魔法の礫を弾いた。
気がつくと、俺たち以外の作業員は、一人残らず無惨に殺され、洞窟の床は血の海と化していた。
遥斗「……なぜ、俺たちまで殺そうとした? 理由を言え」
俺は低く、しかし鋭い声で案内人に問いかけた。
だが、案内人は答えない。ただ、虫ケラを見るような瞳で俺たちを見据え、次の魔術の構成を開始した。
案内人「……邪魔だ。死ね、家畜共」
会話が成立しないと悟った俺は、即座に戦闘態勢に入った。
遥斗「レン、いくぞ!!」
◇◇◇
俺は魔法陣を展開し、高火力の炎魔術を叩きつけた。
案内人もそれに合わせるように、黒い霧のような闇魔術を放つ。
ドォォォォォン!!
お互いの魔術が中央で衝突し、洞窟内に凄まじい爆発と衝撃波が起きた。
舞い上がる土煙。視界が真っ黒に染まる。
だが、俺はこの状況を利用する。
遥斗「……そこだ!!」
俺は風魔術を自分自身に使い、自分をぶっ飛ばす。
爆煙を切り裂き、高速で突進する。
相手は爆煙に惑わされ、俺の接近に気づくのが一瞬遅れた。
案内人「なっ……!? 速い――」
俺は全力で、案内人の顔面を殴りつけた。
バキッ!!
鼻骨が砕ける音が洞窟に響く。
案内人はふらつきながら後退し、顔を血で染めながら、無理やり強力な魔術を放とうと腕を突き出した。だが、その背後から、3本の鎖が飛来した。
レン「『トリプル・チェーン・バインド』!!」
レンの封印魔術だ。三本の魔力の鎖が、案内人の両腕と胴体を完璧に縛り上げる。
案内人は壁に叩きつけられ、十字架にかけられたように固定された。
案内人「……クッ、たかが封印魔術ごときが! 俺の魔素でお前の術式ごと、内部から食い破ってくれるわ!!」
案内人が全身からどす黒いオーラを放ち、自身の魔素をレンの鎖に逆流させ始めた。
力技で破壊しようというのか。
遥斗「……悪いが、俺の前でそんな真似はさせない」
俺は案内人の胸元に右手をかざした。
手のひらから、不気味な紫色の『糸』が伸びる。
遥斗 (プログラム変更……ターゲットのMP(魔力値)を『0』に書き換え)
シュン……ッ。
案内人の身体から溢れ出していた黒いオーラが、まるで火が消えるように一瞬で霧散した。
案内人「……え? 魔力が……一滴も……感じられない……!? お前、何をした……!!」
魔力を失った案内人は、ただの拘束された男に成り下がった。
これで、術式を無効化する手段は完全に失われた。
◇◇◇
俺とレンは、息を切らしながら案内人に歩み寄った。
こいつを尋問すれば、学校の、そして魔王の計画の全貌がわかるはずだ。
レン「さあ、喋ってもらおうか。あの地下で何を作っている? 誰の指示だ?」
レンが短剣を案内人の喉元に突きつける。
だが、案内人は絶望の表情を見せるどころか、狂信的な笑みを浮かべた。
案内人「……ふふ、ふふふ。お前たちは、何もわかっていない。この世界のは、すべて壊されるのだ……。魔王様に……栄光あれ!!」
案内人が叫んだ瞬間、その口の端から黒い血が溢れ出した。
奥歯に仕込んでいた毒か、あるいは心臓にかけられた制約魔術か。
遥斗「またか……! あの時と同じだ!」
案内人の身体はぐにゃりと崩れ落ち、二度と動かなくなった。
情報を漏らすくらいなら、迷わず自らの命を絶つ。その洗脳の深さに、背筋が寒くなった。
レン「……チッ。どいつもこいつも、狂ってやがる」
遥斗「……レン、急ぐぞ。ここにこれだけの死体があることがバレれば、すぐに追手が来る。俺たちが潜入していたことも筒抜けだ」
俺たちは血の海と化した洞窟を後にし、夜のバルモンドの街へと急いだ。
俺たちの手元には、一本の不気味な注射器。
そして、耳に残る「魔王」という名前。
フィオナに、船の事、無人島での異常な研究所、そしてこの洞窟での惨殺を教えなければならない。
俺たちには、もう時間が残されていない。
遥斗「レン、早くここから立ち去るぞ。……戦いは、ここからが本当の本番だ」
俺たちは、影に紛れるようにしてバルモンドの街を駆け抜けた。
本当の闇は、今この瞬間から、学園全体を飲み込もうとしていた。
第20話に続く――。




