第17話 帰還の船と疑惑の影
遺跡の外、あの茂みの中に転がっていた「三つ目のアーティファクト」を手に入れた時、俺たちの間には何とも言えない脱力感が漂った。だが、そのおかげで俺たちの心には、このサバイバル始まって以来の、真の意味での「余裕」が生まれていた。
俺たちは、かつて仮面男に襲撃された場所から遠く離れた、クリスタルに近い透明度を誇る海の畔へと戻り、そこを最終的な拠点に定めた。
サバイバル開始から4日が過ぎ、残りはあと3日。
俺たちは、この3日間をただ耐え忍ぶのではなく、心身を万全の状態に整えるための「休息」に充てることに決めた。
遥斗「よし、残りの3日間を生き抜くため、役割分担をしよう。俺たちが無事に学校へ戻るまで、油断は禁物だ」
俺の言葉に、レンとフィオナが力強く頷く。
レン「食料は俺に任せろ。この海、見たところかなり型のいい魚が泳いでやがる。昨日の仮面男との戦いで肩を少しやったが、これくらいなら魔力で補強すれば朝飯前だ」
レンはそう言うと、手近な枝を魔法で鋭く削り出し、即席のモリを作った。彼の封印魔術は、対象の動きを止めることにも長けている。逃げ足の速い魚であっても、レンの封印魔術がかすりさせすれば、その魚の動きを封じることができてしまう。
フィオナ「私は、森の浅い場所でキノコや木の実を探してきます。……昨日の戦いで、遥斗さんがどれだけ命を削って私たちを守ってくれたので。せめて、温かくて美味しい食事を用意させてください」
フィオナは、自身のトラップ探知能力を応用して、植物の毒性を瞬時に見極める術を身につけていた。彼女が選ぶ食材に間違いはない。
遥斗「水については、俺がなんとかする。……前世の、というか、俺が独自に編み出した知識を使ってな」
俺は、海の水を真水に変えるため、この前やった蒸留をすることにした。
遥斗(……この世界じゃ、水魔術で出した水をそのまま飲むことはできないからな。こういう泥臭い科学知識が意外と生存率を分けるんだよな)
夕暮れ時。
レンが仕留めた銀色に輝く大魚が焚き火で香ばしく焼かれ、フィオナが摘んできた薬草とキノコの旨味が凝縮されたスープが湯気を立てる。
俺たちが作り上げたのは、単なるキャンプではない。この過酷な島の中に築かれた、小さな、しかし強固な「聖域」だった。
◇◇◇
夜が完全に更け、あたりを支配するのは薪が爆ぜる音と、遠くで時折響く魔物の遠吠えだけになった。
腹を満たした俺たちは、焚き火を囲んで、これまでの数日間を振り返っていた。
遥斗「……明日で5日目か。あと2日か」
俺がポツリと漏らすと、スープの器を持ったフィオナが、ふと手を止めて夜の森を見つめた。
フィオナ「……あの、遥斗さん。レンさん。少し、変なことを聞いてもいいですか?」
レン「どうした。食い足りないのか?」
フィオナ「違いますよ。……私、なんだか、ここでサバイバルをしたことが、ずっと昔にあるような気がするんです。昨日のあの遺跡を見た時も、この海の畔を歩いた時も。初めて来たはずなのに、景色が、足の裏の感覚が……身体に馴染んでいるんです」
その言葉に、レンが目を見開いた。彼は自分の拳を握り締め、困惑したように声を絞り出した。
レン「……お前もか、フィオナ。実は俺もさっきから、同じことを考えていた。……まるで、過去に俺たちがここでサバイバルをしたことがあるような」
俺は二人の顔を交互に見た。
俺にはそんな感覚は一切ない。この島に来たのは一週間前が初めてだし、前世の記憶に照らし合わせても、ここは見知らぬ異世界の島だ。俺は常に、手探りで、ゲームの知識を現実に適応させながら必死に生きてきた。
遥斗「既視感……か。もしかして、島に充満している濃密な魔力のせいで、脳が一時的に錯覚を起こしてるんじゃないか? あるいは、仮面男たちが仕掛けた幻惑魔術の残滓とか……」
レン「いや、そんな不快なものじゃない。もっと……根源的な感覚なんだよ。遥斗、お前は感じないのか?」
遥斗「……悪いが、俺にはわからない。俺はここに初めて来て、初めてサバイバルをしている。」
俺の言葉に、レンは少しだけ寂しそうな、あるいは納得のいかないような表情を浮かべた。
フィオナもまた、自分の胸に手を当てて、消えかかった焚き火を見つめている。
フィオナ「私はこの島のもっと暗い場所で、もっと絶望的な戦いをしていたような……。」
遥斗はその気持ちに共感してやりたかったが、どうしても理解が追いつかなかった。
だが、この二人が同時に同じ感覚を抱くというのは、偶然で済ませるには出来すぎている。
この『バルモンド魔剣術学校』。そして、この『無人島』。
この場所には、俺たちの知らない、そして俺のゲーム知識にもない、世界の『ERROR』が隠されているのではないか。
その夜、俺は一人で夜番をしながら、眠りについた二人の寝顔を見つめていた。
もし、二人の言う「既視感」が真実だとしたら。
俺たちは、今この瞬間も、誰かの手の上で踊らされているだけなのだろうか。
◇◇◇
運命の7日目。
俺たちは、最後に手に入れた三つのアーティファクトを布に包み、一週間前に放り出された、あの始まりの海岸へと辿り着いた。
潮騒の音が聞こえてきた時、俺は初めて「終わったんだ」という実感を抱いた。
波打ち際を見下ろすと、そこには迎えの巨大な魔導船が停泊していた。
白亜の船体は朝日に照らされ、神々しくさえ見える。だが、その船の前に集まっている受験生たちの姿を見て、俺たちは言葉を失った。
遥斗「……おい、嘘だろ」
レンが絶句するのも無理はなかった。
ここに来た時、船を降りた生徒は200人近くいたはずだ。だが、今この砂浜に立っているのは、せいぜい80人か70人程度。
生き残った者たちの姿も、およそ「合格者」とは呼べないほどに無惨だった。
腕を失い、仲間に肩を貸している者。
泥にまみれ、虚ろな目で砂浜を掘り返している者。
中には、恐怖で精神を病んだのか、奇声を上げて海へ飛び込もうとしている者さえいた。
フィオナ「……ひどい。何があったんですか、みんな……」
レン「……俺たちが遭遇した仮面男みたいな連中が、島中で狩りを行っていたとしたら、この数字も納得がいっちまうな。……畜生、これは試験なんて呼べるもんじゃない」
重苦しい沈黙が広がる中、船のタラップから、規則正しい「コツ、コツ」という靴音が響いてきた。
現れたのは、バルモンド魔剣術学校のトップ、フェリクス校長だった。
彼は白銀の長髪を完璧に整え、埃一つついていない豪華な法衣を纏っている。その表情には、生徒たちの凄惨な状況に対する同情も、驚きも、一片すら存在しなかった。
フェリクス校長「……素晴らしい。この過酷な選別を乗り越え、真の『強者』としての資格を証明した諸君。私は君たちを、心から歓迎しよう」
校長は、力なく立ち尽くす生徒たちを見下ろし、慈愛に満ちているように微笑を浮かべた。
フェリクス校長「諸君らは、この島で多くを失い、同時に多くを得たはずだ。……合格だ。我が校は、君たちのような『生き残る才能』を求めていた。さあ、船に入れ。温かい食事と清潔なベッドが待っている」
校長は、脱落した半数以上の生徒……この島で命を落としたであろう若者たちの安否については、一言も触れなかった。まるで、最初から「この人数になるのが正解だった」と言わんばかりの平然とした態度。
レン「……あいつ、絶対何か知ってやがる。あの目は、人間を見てる目じゃねえ」
遥斗「ああ。……選別、と言ったか。つまりこれは、最初から俺たちをふるいにかけるための、巨大な実験場だったってわけだ」
俺は拳を強く握りしめた。
校長への、そしてこの学校への拭い去れない不信感が、俺の胸の中で炎となって燃え上がった。
◇◇◇
魔導船が島を離れ、水平線の彼方へと向かう間、船内には不気味なほどの静寂が流れていた。
豪華なサロンには贅を尽くした料理が並べられていたが、それに手をつける生徒はほとんどいなかった。
フィオナもまた、食欲がないと言って隅のソファで膝を抱えていた。
レンは窓辺で腕を組み、近づいてくる本土の景色を険しい表情で睨んでいる。
俺たちの手元には、合格の証であるアーティファクトがある。本来なら、これで俺たちは「冒険者」への第一歩を踏み出したはずなのだ。だが、手に入れた力や武器(遺跡の長剣)の重みは、俺たちの心を明るくするどころか、より深く、出口の見えない闇へと引きずり込んでいくようだった。
数時間の航海の後、船はバルモンドの港へと着岸した。
下船した生徒たちは、教師たちに促されるようにして馬車に乗り込み、学校へと戻っていく。
俺たちは、その喧騒から逃れるようにして、街の裏通りへと足を向けた。
遥斗「……一度、落ち着ける場所へ行って話そう」
レン「賛成だ。色々話したいことがある」
◇◇◇
俺たちが向かったのは、冒険者ギルドの酒場だった。
ここは学校の息がかかっていない、この場所が居心地が良かった。
店内の喧騒を背に、俺たちは一番奥の、光の届かない隅の席に陣取った。
目の前には、レンが注文した強い酒と、フィオナのための温かい果実水、そして俺のビールが並んでいる。
遥斗「……とりあえず、生きて帰ってこれたことに。乾杯」
レン「……乾杯だ。クソ、喉が焼けやがるが、まあいい」
フィオナ「乾杯です……。……本当に、皆さん無事でよかったです」
フィオナは、少しだけ安堵したように微笑んだが、その瞳の奥には依然として深い影が落ちていた。
酒を数口飲み、人心地ついたところで、俺は声を落として本題を切り出した。
遥斗「……さて。本題に入ろう。あの『S級パーティー』の件だ」
その言葉が出た瞬間、二人の表情が引き締まった。
俺たちは、無人島の中央部で、学校の支援者であるはずのS級パーティーが全滅しているのを発見していた。それは明らかに、仮面男たちによる組織的な殺戮の跡だった。
レン「普通に考えりゃ、学校に報告して調査を依頼すべき事案だ。……だが、あの校長のツラを見た後じゃ、その選択肢は消えたな」
遥斗「ああ。校長は怪しすぎる。あの選別を楽しんでいるような態度、そして生徒が半分死んでも動じない異常性。……もし、あの仮面男たちの黒幕、魔王がこの学校に通じている場合、俺たちが『あいつらの死体を見た』と報告するのは、自殺行為だ」
フィオナ「……『自分たちが犯人です』と言いに行くようなものですよね。私も、校長先生には話さない方がいいと思います。あの人は、私たちの味方ではない気がします」
俺は頷いた。
学校側は、俺たちがどこまで真相に近づいたかを探っているはずだ。
もし俺たちが、仮面男を倒し、S級パーティーの最期まで知っているとバレれば、この学校の中で消されることになる。
遥斗「決まりだ。校長になにか聞かれても『運良く生き延びただけだ』と報告する。俺たちは、何も気づいていない『幸運な落ちこぼれ』を演じるんだ」
レン「……腹が立つが、それが一番賢明だな。だが、いつまでも黙ってるわけにはいかないだろ」
遥斗「ああ。明日から本格的に、バルモンド魔剣術学校の裏側に隠された『真相』を確かめる。……この学校が何を目的として生徒を集めているのか、俺たちの手で暴いてやる」
遥斗「レン、フィオナ。明日の昼、またこのギルドに集まろう。それまでに、学校の周辺で変な動きがないか、怪しい噂がないかを探っておいてくれ」
レン「了解だ。……この学校のメッキ、一枚ずつ剥がしてやろうぜ」
フィオナ「はい。……私も、もう逃げません。みんなを守るために、真相を知る義務があります」
俺たちは、それぞれの決意を胸に、残りの酒を飲み干した。
ギルドを出ると、空には冷たい満月が浮かんでいた。
その白銀の光は、あの校長の瞳のように、俺たちの行く末を無慈悲に照らしているように感じられた。
バルモンド魔剣術学校の真相解明。
俺たちの本当の『復讐譚』は、ここから始まる。
第18話に続く――。




