第16話 遺跡の誘惑と三つ目の証
仮面男との死闘から一夜が明け、島の中央へと歩みを進める俺たちの足取りは、昨日よりもどこか慎重だった。
森の木々の隙間から差し込む朝日が、昨夜の惨劇を嘘のように塗り替えていく。だが、俺の身体に刻まれた疲労と、脳裏に焼き付いた「魔王」という言葉は、消えることなく重くのしかかっていた。
歩き始めて一時間ほど経った頃、小休止のために立ち止まった。レンが肩の傷を確認している隙を見て、俺は意を決して口を開いた。
遥斗「レン……昨日言っていた俺の力のことだが、隠さずに話しておこうと思う」
レンは包帯を直す手を止め、鋭い視線を俺に向けた。隣で水筒を片付けていたフィオナも、その真剣な空気に動作を止める。
遥斗「俺の能力は『ERROR』……簡単に言えば自分自身のステータス、例えばATK(攻撃力)やMP(魔力総量)を一時的に数倍、数十倍に跳ね上げることができる」
レン「……ステータスを書き換える、だと? 今までの異常な動きは、それだったのか」
遥斗「ああ。だが、代償がデカすぎるんだ。その能力を一度でも使えば、俺のHP(体力)は強制的に『1』に固定される。文字通り、かすり傷一つで死ぬ状態だ。昨日、俺がバタリと倒れたのはその反動だよ」
レンは絶句した。隣のフィオナは、顔を青くして俺の手を握りそうになったが、辛うじて堪えている。
レン「……正気か。命を削って戦っているってことじゃないか。昨日もそれを使ったのか?」
遥斗「昨日は新しく使えるようになった能力、『プログラム変更コード』を使った。自分のステータスだけじゃなく、他人のデータの根幹――『魂』に糸を伸ばして、相手の数値を直接書き換える。昨日はあいつのATKをゼロにして無力化した」
レン「……凄まじいな。だが、それほどの権能、タダで済むはずがない。遥斗、あまりその力に頼りすぎるなよ。お前が『1』になった時、俺たちが守りきれる保証はないんだからな」
遥斗「わかってる。だからこそ、お前たちを信頼してるんだ」
俺がそう言うと、レンはふん、と鼻を鳴らして前を向いた。だが、その背中は昨日よりも少しだけ頼もしく、二人の間の距離が縮まったのを感じた。
◇◇◇
能力の正体を明かしたことで、パーティ内の風通しは良くなった。
サバイバル開始から4日が経過。島の中央部へ近づくにつれ、遭遇する魔物の気配は消え、代わりに不気味なほどの静寂が辺りを支配していた。
フィオナ「……接敵がありませんね。他の受験生の方たちも、どこへ行ってしまったんでしょうか」
レン「死んだか、あるいは逃げ出したかだ。昨日みたいな奴がうろついているなら、賢い選択だろうな」
そんな会話をしながら、俺たちは原生林を抜け、開けた場所へと出た。
そこには、周囲の樹木を圧倒するほどの威容を誇る、石造りの巨大な遺跡が鎮座していた。壁面には蔦が絡まり、精緻なレリーフは風化して剥げ落ちているが、その重厚な佇まいは、かつてこの島を統治していた文明の残滓を強烈に放っている。
遥斗「……遺跡か。いかにも何かありそうだな」
俺の心臓が、ドクンと高鳴った。
本来、俺たちの目的は最後の一つ、三つ目のアーティファクトを手に入れることだ。最短距離で島を脱出するべきだというのは頭ではわかっている。
しかし、俺の奥底に眠る「ゲーマーの魂」が、この状況を黙って見過ごすことを拒絶していた。
遥斗(……この規模。間違いなく、最深部には伝説級の装備か、あるいは隠しイベントがあるはずだ)
遥斗「レン、ここ……中に入ってみないか?」
レン「……はあ!? お前、昨日あんな目に遭ったばかりだろ。最短でゴールを目指すんじゃなかったのか」
遥斗「考えてみてくれ。この島で一番大きな建造物だぞ? アーティファクトがここに隠されている可能性は高いし、何より、昨日の仮面男のような奴に対抗するための『切り札』が眠っているかもしれない」
俺は必死に理由を並び立てる。半分は戦略的な判断だが、残りの半分はただの「ワクワク感」を抑えきれない好奇心だ。
レンは呆れ果てて天を仰いだが、俺の「一度決めたら動かない」頑固さを知っている彼は、最終的に溜息をついて同意した。
レン「わかった、わかったよ。ただし、少しでも危ないと思ったら引き返す。いいな?」
遥斗「ああ、約束する!」
俺は意気揚々と遺跡の石段を駆け上がった。
その時。
遺跡の入り口の脇にある茂みで、何かが一瞬、ぎらりと銀色に光った気がした。
フィオナ「……? 今、何か光りませんでしたか?」
遥斗「あ、太陽の反射だろ。それより早く行こうぜ!」
俺は逸る気持ちを止められず、フィオナの疑問を背中に受けたまま、遺跡の暗い奥底へと足を踏み入れた。
◇◇◇
遺跡の中は冷気に満ち、外の陽光は届かない。俺たちが数十メートルほど進んだその時――。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
背後で凄まじい音が響いた。振り返ると、巨大な石扉が猛烈な勢いで降り、唯一の出口を完全に遮断していた。
レン「クソっ! やっぱり罠じゃないか!」
遥斗「いや……これは『ダンジョン』の開始合図だ。一度入ればボスを倒すまで出られない、お約束の展開だよ」
レンは「お約束とか言ってる場合か!」と毒づいたが、閉じ込められた以上、進むしかない。
この遺跡は、予想以上に過酷な「死の迷宮」だった。
床のスイッチを踏めば天井から無数の棘が降り注ぎ、暗闇からは魔法によって動くガーゴイルが襲いかかってくる。
俺は『ERROR』を使わず、素の身体能力と、これまでの経験を頼りにトラップを回避していく。
フィオナ「『加速』! 遥斗さん、左です!」
遥斗「サンキュ、フィオナ!」
フィオナの精緻な補助魔術が俺の隙を埋め、レンの封印術が魔物たちの動きを制限する。
パーティとしての完成度は、この数日間で極限まで高まっていた。
俺たちは地下へと深く潜り続け、やがて異様なプレッシャーを放つ巨大な扉の前に辿り着いた。
遥斗「……ここが、最深部だ」
俺は両手を扉にかけ、全力で押し開いた。
◇◇◇
扉の先は、広大な円形の広間だった。
中央の石の玉座に、身の丈三メートルはあろうかという、重厚な鎧を纏った銅像が座っている。その傍らには、地面を砕いて突き立てられた巨大な大剣が置かれていた。
遥斗「……来るぞ」
俺が呟いた瞬間、銅像の眼窩に青白い魔力が灯った。
ガシャリ。
銅像はゆっくりと立ち上がり、大剣を引き抜くと、地響きを立てて俺たちの方へ歩みを進めてくる。
レン「あれもエラーで倒せるのか、遥斗!」
遥斗「やってみる価値はある。だが、まずは普通に叩いてみる!」
俺は魔法陣を展開し、炎魔術を放った。だが、銅像はその爆炎を意に介さず、煙を切り裂いて突っ込んでくる。
俺は短剣でその腹部を斬りつけてみたが、刃は硬い金属音と共に弾かれた。
遥斗「硬すぎる……。こいつ、物理も魔術も通さないのか!?」
銅像が大剣を振り下ろす。
フィオナの防御結界がギチギチと悲鳴を上げながらそれを防ぐ。
レン「『鎖縛の封印』!!」
レンが放った三本の鎖が、銅像の腕と脚を捉えた。一瞬だけ動きが止まる。
遥斗「……出し惜しみは無しだ。レン、フィオナ! 守ってくれ!」
俺は右手を突き出し、掌から紫色の光り輝く『糸』を射出した。
糸は銅像の装甲を無視し、その内部にある魔力核(疑似的な魂)へと絡みつく。
Target: Guardian Golem (Bronze)
HP: 1000 / 1000
DEF: 2000 (Absolute Armor)
遥斗(……DEF 2000だと!? ふざけんな、まともに通るわけがない!)
俺は迷わず、自分のMPを全開で注ぎ込み、システムの奥底へ干渉した。
遥斗「プログラム変更……書き換えろ! DEFを『500』に上書き!!」
視界が真っ白に染まる。
書き換えが完了した瞬間、銅像を包んでいた絶対的な硬度の輝きが消えた。
遥斗「はあああぁぁ!!」
俺は全速力で踏み込み、短剣を一閃させた。 だが一撃じゃだめだった。なので俺は、何度も斬りつけることでその防御をついに突破した。
銅像は光の粒子となって砕け散り、静寂が戻る。
◇◇◇
銅像が座っていた玉座の後ろに、小さな隠し扉が現れた。
俺は荒い息を整えながら、その奥の小部屋へと進む。中央の台座には、装飾の施された美しい宝箱が鎮座していた。
遥斗「……よし。苦労した甲斐があったな」
俺はワクワクしながら宝箱を開けた。
中に入っていたのは、一本の長剣だった。刀身は透き通るような青い魔力を湛え、俺の持つ短剣と同様の密度で魔力が刻まれている。
遥斗「……これは、すごい武器だ。でも……」
レン「……おい、アーティファクトは?」
遥斗「……入ってない。武器だけだ」
俺たちは絶句した。
苦労してダンジョンを攻略したのに、試験をクリアするためのアイテムが入っていないなんて。
レン「……とりあえず、外に出るぞ。ここにいても埒が明かない」
俺たちは転移陣に乗り込み、遺跡の外へと吐き出された。
夕暮れの風が頬を打つ。
遥斗「……そういえば、入る前にあそこで何かが光ったのはなんだったんだ?」
俺はそれを思い出し、遺跡の入り口横にある茂みへ向かった。
草をかき分け、その「光」の正体を確認する。
フィオナ「……あ」
そこには。
三つ目の証、最後の一つのアーティファクトが、まるで道端の石ころのように無造作に転がっていた。
レン「………………遥斗」
遥斗「………………すまん、レン」
俺たちが命懸けで攻略したダンジョンの「外」に、目的のブツは落ちていた。
どうやら、遺跡の崩落か何かで外へ弾き出されていたらしい。
レン「……お前の『ゲーム魂』とやらに付き合ったおかげで、死ぬほど無駄な時間と労力を使ったわけだ」
遥斗「ま、待てよ! でもこの長剣、絶対役に立つから! ほら、攻撃範囲も広がるし!」
俺は手に入れたばかりの長剣をぶんぶんと振り回して言い訳をする。
レンは呆れ果てて肩を落とし、フィオナは「あはは……」と苦笑いしていた。
しかし、俺の手には確かに三つの証が揃った。
島を脱出するための準備は整ったのだ。
遥斗「……あとは3日耐久するだけだ」
俺たちは、今日の出発地点である拠点に、再び歩き出した。
第17話に続く――。




